第36話 異種を誇る「時」
『バケモノと呼ばれようが、誰一人味方になる人がいなくなろうが……強くなって、君の隣で戦う。そのために……そのために、俺はここにいる!』
まだ午後の授業が行われている時間にも係わらず、希美は自宅のベッドに仰向けに倒れ込み、剛の言葉を思い返していた。
(……やっぱり……事実、と言う事なのね……何度も……今を繰り返している……)
だったらどうする……その剛の問いに、希美は全く答えが見つからない。
じゃあ剛だったらどうするのか……その答えでまた先程の剛の言葉を思い返すと言う、出口の見えない無限ループに陥っているようであった。
「えっ?星野さん早退した?」
今日は月曜日――模擬戦の日なので、剛と翔が模擬戦用の武器を手に第8格技室で希美と奈緒を待っていると、奈緒が一人でやって来た。
奈緒の話だと、昼休みが終わった後に教室で顔を合わせたが、生気の無い顔で虚ろな表情をしており、何年も一緒に居た奈緒にとっても、これまでに見た事も無い希美の姿だったと言う事だった。
「彼ぴっぴ~~、希美んみんと夫婦喧嘩でもしたの~~?ダメだぞ~~、希美んみん虐めちゃ~~」
言葉こそ茶化しているが、奈緒は剛の事を刺すような目で睨んでいる。
思い当たる事がある……と言うより、思い当たる事しか無い剛は、鋭い視線を投げ掛ける奈緒から目を逸らす。
「……俺と星野さんが、乗り越えなきゃいけない……壁、なんだろうな……」
はぁ?と頭にハテナを10個ぐらい乗っけたような、意味分からんと言わんばかりの表情を奈緒は浮かべる。
結局その日は模擬戦は行わず、剛と翔は模擬戦用の武器を片付け、3人は帰宅の途に就く。
誰も話し始めない……重い沈黙が続いたまま、新宿駅ビルが見えてくる。
「俺は……星野さんの隣で、戦う事を決めた。それを……今日の昼休みに彼女に伝えた」
その言葉に翔と奈緒は驚きの表情を見せるが、直ぐに立ち直った奈緒が茶化す。
「彼女に~~伝えた~~♪彼ぴっぴ、希美んみんを彼女と認めた~~~♪」
「違えぇだろ。話聞けや」
奈緒の頭に軽くチョップをして翔が突っ込む。
頭割れたーー!死ぬーー!と喚く奈緒を余所眼に、翔は剛に向かって話し始める。
「……今更じゃね?星野さんのストーカー、止める気は無いんだろ?」
その言葉に、剛はニヤリと笑う。
「ああ、そうだね……たとえ彼女が嫌がってもね」
彼女~~♪彼ぴっぴ~~♪と独りで盛り上がってる奈緒を抜きに、剛の決意を感じ取っている翔は拳を突き出し、剛もその拳に自分の拳を合わせるのであった。
翌朝――
希美はいつもより――昨日と同じくらいの時刻に――少し早く家を出て、剛が来るのを待っていた。
(必ず……必ず、伝えないと……)
希美は覚悟していた。剛が、自分の隣で戦う、と言った決意に対し、星野希美としてどう受け止めるのか。だとしたら……剛と並び立つには、どうすれば良いのか。
険しい顔をした希美を幾人かは何事かと気にしながらも、次々とトーイチの正門を通り校舎に入って行く生徒達。
数分程待つと、新宿駅の方から剛が、翔と奈緒と一緒にやって来るのが見えた。
「お?昨日の痴話喧嘩の続きかな?剛ちゃん、覚悟してるぅ?」
「彼ぴっぴ~~、希美んみんとちゃんと仲直りするんだよ~~♪」
希美が待ち構えている事に少し緊張気味であったが、気の抜けるような事を言う二人のおかげで、剛は肩の力が抜ける。
だが……希美の覚悟に、軽い気持ちで応じる事は許されない。剛は、何があっても受け止めるつもりで、希美に向かって歩みを進めた。
「星野さん、おはよう」
「神野くん……おはようございます」
手を伸ばせば触れられる距離に近付いた剛は、10cm程の身長差がある希美を正面から見据え、希美も剛を見詰め返す。暫しの間二人は見詰め合うが、そこに存在する音は登校中の生徒の騒めきや行き交う車の走行音。
10秒ほどの――二人にしては何分も続いたような――沈黙の後、剛が軽く頷く。
「昼休み、で良いんだね?」
「はい。お願いします」
目を伏せて頷いた希美は顔を上げるともう一度剛を見据え、軽く頷くと踵を返して校門を通り、教室へと向かい始めた。
「俺達も教室行こうぜー」
剛は希美の後姿を目で追うが、翔から声を掛けられて現実に引き戻される。
昼休みになり、剛が教室を出て希美が居るAクラスの教室に向かうと、前方から同様に剛が居るCクラスの教室に向かっている希美の姿が見えた。
お互いに歩み寄りながら1m程に近付いたところで二人は足を止める。
「丁度良いタイミングだったかな」
剛は微笑んで希美に語り掛けると、希美も僅かに微笑んで答えを返す。
「ええ。行きましょうか」
剛と希美は肩を並べて学食に向かう。
今日の学食のA定食は縞ホッケの塩焼きで――剛と希美は同じA定食をトレーに乗せ、席に向かった。
トレーをテーブルに置き、椅子に座ると二人は静かに昼食を食べ始める。
剛がホッケを半分程食べた頃、希美がぽつぽつと話し始めた。
「私は……親に捨てられたの。6歳……小学校に入学するタイミングで、母方の祖父母に預けられたのよ……」
その言葉に続き、希美はこれまでの身の上を語り始める。
最初は祖父母の家に遊びに行く感覚で、いつかは両親の住む家に戻れると思っていた事。
母親から言われた「バケモノ」と言う言葉の意味が良く分かっていなかったが、小学3年生の時に意味を理解し、両親から疎まれていると理解した事。
両親から捨てられたと言う事実を受け入れられず、役に立つ人になればまた会えると思い、トーフを目指し、トーイチに入学する事を決めた事。
だが、両親は小学校の卒業式にも顔すら見せず……それどころか、祖父母の家に預けられて以来、一度も会った事も、声を聞いた事も無い事。
トーフでもバケモノ扱いされ、誰も近寄ろうとせず――奈緒と言う例外は居たが――両親も、祖父母も、クラスメイトも、誰も信じる事が出来なくなった事。
「だから……トーイチに入学したら、わざわざ声を掛けてくるおかしな人がいた、と思ったわ」
「おかしな人……そんな人がいたんだね……」
剛がそう答えると、希美はぷっ、と噴き出し、くすくすと笑い始める。
「自覚が無さ過ぎでしょ」
そう言われても剛は全然分かっていない。何の自覚だ?と自分の事を言われていると思っていなかった。
「貴方の事よ、神野くん。奈緒以外は私の事を遠巻きに見る人ばかりなのに、毎日毎日、何度も何度もクラスに来て模擬戦の相手してくれって、しつこい位に私に関わる人なんて、他には居ないわ」
希美は笑みを浮かべてすっきりした顔で剛を見ていた。
おかしな人が自分である、と指摘されて剛は少しムッとするが、希美はふっと笑みを消し、真顔で構わず話を続ける。
「神野くんは私に、『君の隣で戦う』って言ってくれましたよね……でも、分かってますか?私は……バケモノなのよ……?」
「構わないよ。吉祥寺で星野さんに助けられた命……死んでてもおかしくなかったんだ。それを考えたら……少しでもキミの力になりたいって……不思議じゃないよね?」
剛の答えを聞いて、軽く溜め息を吐いた希美は目を伏せる。
「家族も……友達も、失うかも知れないのよ……」
その言葉を聞いた剛は、僅かに笑みを浮かべて希美に答える。
「言ったはずだよ。『バケモノと呼ばれようが、君の隣で戦う』って。そのためなら、どんな事も厭わない」
その言葉を聞いた希美は、顔を上げて哀しそうな笑顔を浮かべる。
「貴方も……貴方も、私も、この世には異端過ぎるわね……」
第36話 『異種を誇る「時」』 平沢進




