第35話 It’s My Life
剛達4人は戸山公園を後にして西早稲田駅の方に歩いて戻っていた。
ちょうど昼頃になるので、明治通りに出て直ぐのファストフード店――朝の集合時に奈緒がハンバーガーを買って食べていた――に揃って入店する。
それぞれ注文して出来上がった商品を受け取り、2人掛けテーブル2つをくっ付けてからベンチ側に希美と奈緒、椅子に剛と翔が座り、商品の乗ったトレーをテーブルに置いてから昼食を取り始める。
「しかし、星野さんのアレはマジでビビったわ。あれだけ離れてても肌がヒリヒリして火傷するんじゃないかと思ったよ」
翔の発言に剛も同意して頷く。
「星野さん、あんな凄い特技使えたんだね。羨ましいよ」
希美はポテトを食べる手を止めて、剛の問いに答える。
「今年の頭くらいかな……使えるようになったのは分かったんだけど、今まで使う場面が無かったから実際に使ったのは初めてなの」
「使う場面って、先月の特務実習で使えば良かったんじゃないの?」
奈緒が悪気も無く希美に疑問を投げるが、呆れたような顔で希美が答える。
「あんなの市街地で使ったら周辺に火が燃え広がって大惨事よ。それに、代々木林道の下は京王線走ってるのよ。奈緒、通学出来なくなっちゃうわよ?」
あー、と剛と翔は納得し、奈緒はふーん、と言った表情でダブルチーズバーガーに齧り付く。
食事を終えた4人は店を出て、西早稲田駅の入口から地下に降り、改札を通り抜けるとエスカレータで駅ホームに向かう。
「……知ってたの?」
エスカレータに乗る時に剛と並んだ希美が、剛に対して声を掛ける。
「ん?……星野さんがあんな特技使えるっての、初めて知ったよ」
「違う!あの場所に……戸山公園に今日、妖魔が現れるって事よ!」
明らかに笑って誤魔化すような事を言う剛に対して、希美は声を荒げて反射的に応える。
それに対して剛は軽く苦笑いするような表情で、希美に言葉を返す。
「まさか……ね。俺は予知能力持ってる訳でもないし。分かる訳ないよ」
「っ!……神野くん、貴方タイムリ……」
タイムリープ、と言い掛けて希美は口を噤む。エスカレータの後ろには翔と奈緒が居るためこの場で話す事でないと思い改めるが、忌々し気な顔で剛を睨む。
剛と希美はその後話す事無く、副都心線の電車に乗り込んで帰宅の途に就くのであった――
週明け月曜日の朝、トーイチ正門前――
希美はいつもより少し早く家を出て、剛が来るのを待っていた。
(必ず……聞かないと……)
希美は確信していた。他でもなく戸山公園を、土曜日の模擬戦の場に選んだのは剛である。だとしたら……妖魔が出る事を知っていたとしか思えない。
険しい顔をした希美を幾人かは何事かと気にしながらも、次々とトーイチの正門を通り校舎に入って行く生徒達。
数分程待つと、新宿駅の方から剛が、翔と一緒にやって来るのが見えた。
「おい、剛ちゃん……あの後何かやらかしたのかよ……?」
仁王立ち、とまで言わないが、明らかに自分達を待ち構えている希美の姿を見止め、翔は剛に非難めいた言葉を口にする。
(まあ、土曜日の話の続きだろうな。途中で止めてたし)
「どうだろうね?」
翔にはそう答えたが、剛は希美が待っている理由を察して、ふっ、と諦めたような顔を翔に見せてから、歩いて近づいて行く。
「神野くん、本田くん、おはようございます」
「おはよう、星野さん」
「星野さんおはよー」
(やっぱり神野くん、本田くん、の順なんだな……ま、仕方ねぇか……)
そんな翔の割とどうでも良い考えを余所に、希美は剛に向かい話し掛ける。
「神野くん。今日の昼だけど、二人で話したい事があります」
有無を言わさない態度に剛は頷いて答える。
「翔と、鈴木さんも居ない方が良い、と言う事だね?」
剛の言葉に希美は黙って頷く。
「……分かった。今日は昼休みになったら俺の方からAクラスに行くよ」
ん、と頷いた希美は剛達と教室に向かうが、剛と希美は今は話をする場では無いと思い、翔は二人の雰囲気から話し掛ける事を避け、3人は沈黙を保ったまま教室まで歩いて行くのであった……
「星野さん、お待たせ」
昼休みになると剛は直ぐにAクラスの希美のところに一人で向かった。
いつもなら自然と学食で集合していた剛達4人であったが、今日は二人きりで話をするため、2カ月ぶりくらいに剛はAクラスの教室に足を踏み入れていた。
クラス内ではまだ4月の剛の何度も希美に振られ続けたイメージが残っており、騒めく者も存在していた……お待たせって、断られるんじゃ……そんな思いの生徒が居たのも事実。
「大丈夫です。行きましょう」
一部のクラスメイトのまた振られるんじゃないかと言う心配……期待も含まれていたが……を余所に、希美は立ち上がり剛に学食への移動を促す。
奈緒は二人を見て「ふぇ?」と言う声が口を突いて出たが、いつものように茶化したり間に入れる雰囲気ではない事を察し、椅子に座ったまま剛と希美を見送る。
希美の言葉に頷いて先に学食へ歩き出した剛の後を、希美は歩調を合わせてついて行く。
学食のパーティションで区切られた2人席テーブルに昼食――二人ともカツオの叩きと筑前煮のA定食――を置いて、向かい合って座る。
席に座ると希美は食事に手も付けずに、剛の事を真っ直ぐ見据えて話し始めた。
「神野くん、貴方は……土曜日に戸山公園に妖魔が出現するのを知ってたんですね」
質問ではなく断定口調で希美は剛に言い放つ。
その言葉に剛は苦笑いで答える。
「そんな訳無いよ。言ったでしょ?予知能力を持つ訳でも無いって……」
「――タイムリープ――」
希美の言葉に剛は2、3回瞬きをするが、ふっと息を吐く。
「そんなの……小説とかアニメとかのファンタジーの世界、だよね。あり得ない話だって事は、星野さんも理解してるんでしょ?」
「じゃあ何故戸山公園?近場なら代々木公園や井の頭公園、それこそ神野くんの家から近い小金井公園に、SUADが指定した屋外修練場がありますよね。そこを選ばないで、SUAD指定でない戸山公園を選んだと言うのが答えなんじゃないですか?」
希美は鋭く剛を見つめる。嘘は許さない――そう言う目付きだと、剛には感じられ、そして軽く溜め息を吐いて、希美の問い掛けに答える。
「……もし俺にそう言う事が起きているとして……星野さんはどうするの?」
剛は滅多にしない、射貫くような目で希美を見詰めた。
「……が……る、の……」
俯いた希美の小さな声は震えていて、剛ははっきりと聞き取る事は出来なかった。だが、何も言わず希美の言葉を待つ。
希美の体も小刻みに震え、何かに耐えている様子で……そして顔を上げると、薄らと涙を浮かべながら剛に訴える。
「何が、何がこの後起きるの?!そして……2か月後、私は死ぬの?!……ねえ、教えて……教えてよ!神野剛!!」
希美の言葉を聞いた剛の顔から険しい表情は消え、希美の目から見ても悲しそうな、苦しそうな顔になっていた。
暫しの沈黙の中、泣き出しそうになるのを堪えている希美に向かい、剛が決意を語る。
「そんな事……絶対……絶対に許さない。君を……星野希美を、独りで死なせるもんか。そのために、俺は強くなる……強くなると決めた……バケモノと呼ばれようが、誰一人味方になる人がいなくなろうが……強くなって、君の隣で戦う。そのために……そのために、俺はここにいる!」
剛の言葉を聞いた希美は驚いたような表情に変わり、そして……その瞳から一筋の涙が流れていた。
第35話 『It's My Life』 Bon Jovi




