第3話 Turn Back
業火と崩落が続き、幾多もの妖魔が徘徊し、人々が逃げ惑っている吉祥寺の中心街。その吉祥寺の駅北口へと続く路上で二人の女性が激しく打ち合っていた。
一人は青を基調としたスカートと白の長袖ブラウスを纏い、長剣を振るう黒髪をポニーテールに纏めた少女、星野希美。
もう一人は白のロリータ調に身を包み、鋼鉄製のメイスを振るう銀髪をショートボブに切りそろえた女、天道光。
既に五分……いや、十分以上にわたり何十合と打ち合っていて、天道はともかく希美は顔に疲労感を窺わせるようになっていた。
天道が振るうメイスを紙一重で躱しながら、希美は長剣を神速の突きで抗う。
いとも容易く天道はメイスで弾き、大上段から振り下ろすのを希美は長剣を斜めに受け流した動きから、手首を返して長剣で切りつける。
武術の知識が無い剛には分からないが、その一撃一撃が相手の命を刈り取るための天道のメイスを希美は真っ向から受けるのではなく、力を逃がすように受け流しては流れるように剣戟を見舞う。
力勝負にならないように立ち回っている希美ではあるが、そこは普通と思われる人間の少女――女子中学生か、少し上に見ても女子高校生――にとって、生死を賭けた真剣勝負などと言う非現実的な事をやったことがあるとは思い難く、徐々に体力を奪われていく。
【修羅】……剛が思い至った、異形を上回る人外の存在。
それは、妖魔の在りうべからざる非尋常的――非人間的とも言える――力を得るために、正気とは思えぬ……妖魔を喰らうという……行動を行ったものが辿り着く境地。
長剣を振るう希美と激しく打ち合う天道は狂気と思しき状況ではあるが、それは表面上のな者だと思えない。
表面下……すなわち精神的な面でこそ――妖魔を喰らうという行動をとったと思われる――天道は極めて“異常”なのだと、剛は直感している。
そうしている間にも、天道のメイスは無慈悲な破壊を求めて振るわれ続ける。
真っ当に受ける愚を察した希美は体を半回転させながら、神速の突きで天道に襲い掛かり、身を翻した天道はメイスを遠心力を使って大きく振り回して、希美を打ち砕こうとする。
吉祥寺駅北口の路上では、激しい火花を散らした命の遣り取りがまだも続く。
もはや剛には何十回目か分からない鎬ぎ合いの末、剛力で振るわれた天道の一撃で希美は弾き飛ばされる。
隙を見せるのは命取りとばかりに、希美は左手を地面に突いて立ち上がり、再び天道に斬りかかる。
天道はメイスを横薙ぎに振るい、希美を弾き飛ばして地面に転がす。
二回、三回と地面を転がった希美は再び左手を地面に突いて跳ねるように立ち上がり、天道に上段からの剣劇を見舞う。
(これは……まさか、あの時の……)
剛の記憶が呼び戻される。
知っている――いや、見た――あの事が、この場でまた起こるのか。
(そう、あと五合打ち合ったその時に……俺には理解できないアレが起きる……)
剛が見ている中、希美は三度、いや、四度、天道のメイスで打ち据えられるが、その都度左手を地面に突いて跳ね起きるように立ち上がる。
希美と天道は剛が知りうる限りの記憶の中で、全く同じ動き、同じ台詞をここまで剛に見せている。
歴史が、時間が繰り返している。
だとすると、この先に起こり得ることは……剛の想定内のことであった。
何度も弾き返され、地面に転がった希美は満身創痍……とまでは行かないが、かなりの傷を負っていた。
長袖ブラウスのため上半身はあまり分からないが、膝丈スカートの下の脹脛、脛、見える部位に幾多もの擦過傷を多数負っている。
だが、希美の瞳には全く諦めた様子は見受けられない、鋭く強い光を感じさせた。
転がった先で二歩右に動き、希美はまたもや全速で天道に迫り剣を振るう。
「あははははぁっ!何度も同じ攻撃ばかりで、アタシを倒せると思っちゃってるの?!」
突進してきた希美の長剣を軽くメイスで往なした天道は、追い打ちとばかりにメイスを横薙ぎに振るう。
自らに襲い掛かるメイスを希美は体を捻じって長剣で受け止めるが、天道に向かって突進していた勢いと合わさって殴り飛ばされ、路上に叩きつけられて数メートル背中を擦りつかせる。
「がっ……!」
希美の口から数条の鮮血が迸る。
修羅として人間との圧倒的な力の違いを見せつけた天道は、希美の命を刈り取るべくゆっくりと歩を進め、体勢を変えて四つん這いのような状態の希美に近づいていく。
一歩、二歩……そして三歩目を天道が踏み出した時、両手を――正しくは右手を地面に着けた状態の希美の目が煌めき、その口から声が発せられた。
〈深淵の監獄〉
天道の周り――正しくは天道を中心に四ケ所――に黒い渦が巻き上がり、その渦が高さ3メートル程の黒い柱に変化する。
その黒い柱を繋ぐように水平の糸が多数――20cmほどの間隔で――発生して、天道の周りを瞬く間に覆う。
天井とも言える上部も同じような黒い水平の糸が張り巡らされ、人外の修羅を捉える[檻]が完成する。
「なぁに、コレ?……こんなのでアタシが捉えられるとでも……〈神の光弾〉!!」
天道が構えるメイスの先端に真っ白な光球が発生し、その大きさが両手で掴むより大きく――バレーボールほどに――成長したタイミングで、天道は前方に向かってメイスを突き出し、神々しい光球をその身を囲う檻に向けて放つ。
天道が放った光球は檻にぶつかると同時に目が眩むほどの光の爆裂となり、檻に穴を穿った……かのように見えた。
だが、天道を囲う檻はその光の爆裂の威力を受け止めると、天道に向かってその爆裂を弾き返す。
その時初めて天道は驚愕の表情を浮かべる。
「なぁっ?!」
天道は自らが振るった特技の威力を自らの体で体感することとなる。直撃を受けた天道は己の圧倒的な力を己自身で受け止め、そのまま檻の反対側に激しく叩きつけられることとなった。
「……ふっ……ふふふっ……やって、くれるじゃないのぉ……くくっ」
自らの高威力の特技を受けてロリータ風の服はボロボロになった状態の天道は、陽炎が揺らめくように立ち上がる。
相も変わらず、狂気の笑みを浮かべながら。
「終わりだ、天道光」
希美が静かに告げたのとほぼ同時に、駅側から10名ほどの男性が駆け寄ってくる。
その制服から見て、SUAD――防衛省妖魔対策特別部隊――の隊員であった。
先頭の男性――この部隊の隊長であろうか――が希美に近づき、敬礼する。
「ご協力感謝します。この者が何者か分かりますでしょうか」
その言葉に希美は軽くお辞儀をして答える。
「捕らえているのは重警戒対象修羅第255号の天道光と思います。後の処置はお任せしてよろしいでしょうか」
「重警戒対象修羅……分かりました。この先は当方で対応します。おい!捕縛準備急げ!」
隊長と思しき30代半ばの男性は希美に答えた後、隊員たちに行動を促す。
魔力の――いや、“法力”の檻から出されて特殊な拘束具で拘束された天道は、周囲をSUAD隊員に囲まれて装甲車のような車に連行されるが、希美の近くを通った時に顔を向け、ニヤリと笑う。
「あたしを殺さなかった……違うわね、殺せなかった事を後悔させてあげるわぁ」
その言葉を聞いたはずの希美であるが、何事もなかったかのように天道を連行していくSUAD隊員に向けて、習ったわけでもなく背筋を伸ばして敬礼をする。
吉祥寺の街も火災はほぼ鎮火し、妖魔の姿は見えなくなった。
それでも剛はまだ動くことが出来ない。
何故なら本当であれば1年半ほど前に見た光景を――さながら一度見た映画をまた見るかのように――目の当たりにしたからである。
「……な、なぁ、翔……ね、念のために聞くけど、今って……何年何月何日、なん……だ……?」
漸く現実に戻りつつある本田翔が剛の問いかけに応える。
「今日……は……3月31日――2026年3月31日、だ」
第3話 『Turn Back』 TOTO




