第27話 君の知らない物語
『彼女を……星野希美さんを、俺が独り占めにして良いか?』
奈緒に対して、翔の前で、そう宣言した剛ではあったが、その発言の真意に自分で悩むことになろうとは思っても見なかった。
(いや、独占するって……男女の関係じゃないし、男女の間柄でも独占とか……何て言うんだっけ、こう言うの……)
これまで翔とつるんでいる事が多く、身近な女性と言えば母親と姉の恵、他にはたまに翔の妹の翼と遊ぶ程度だった。
要するに身内かそれに類する女性以外とコミュニケーションを頻繁に取るような事は、剛の記憶に存在していなかった。
幸いにして今日は4月30日、金曜日である。
明日からゴールデンウイークの5連休となるため、暫くは希美や奈緒と顔を合わせる事は無い。
だが連休明けとなると既に木曜日。その日は週1回のペースで実施すると決めた――勝手に奈緒から決定事項として押し付けられてはいたが――模擬戦の日になる。
(……考えてもしょうがない、か。なるようになれ、だ。)
剛は取り留めも無い思考を止め、SUADによる研修動画――長柄武器の基礎と応用――をスマホで見始める。
ゴールデンウイークの連休が明けて5月6日――
連休前と同じように徒歩で駅に向かい、武蔵小金井駅からJR中央線快速で新宿駅まで行き、徒歩で西新宿のトーイチを目指す。
トーイチの正門を潜り、昇降口から1年Cクラスの教室に向かった剛は、教室に入ると机の上にカバンを置き、すぐさま教室を出て1年Aクラスの教室に向かう。
1年Aクラスの教室のドアは登校してくる生徒のために開け放たれており、そのまま教室に入ると席に座ってカバンから教材などを取り出している希美のところに真っ直ぐ歩いて行く。
「星野さん」
剛が声を掛けると希美は顔を上げ、剛の姿を捉える。
「神野くん……おはようございます」
入学から色々――大体は剛のやらかしなのだが――有ったが、先週の模擬戦辺りで何となく慣れてきたのか、僅かばかり微笑んで希美は剛に挨拶を返す。
「おはよう。少しお願い……と言うか。二人で話がしたいから、昼の食事の時に時間取って貰いたいんだけど……良いかな?」
剛は希美を真っ直ぐ見据えて手短に用件を伝える。
「本田くんや奈緒が一緒じゃダメなの……?」
「うん。二人には話すにしても別のタイミングで話したい」
希美は剛から視線を外して少し俯き、顎に手を当てて数秒考える。
「……分かったわ。昼休みになったら私の方からCクラスに行きます」
良い返事が貰えた剛はほっとした表情で「ありがとう」と希美に礼を言い、自分のクラスに戻って行った。
昼休みになって1分程経った頃、1年Cクラスの教室が騒めき立っていた。
「(おい、あれって新入生代表挨拶した……)」
「(ああ……学年1どころか校内1の噂高い、星野希美だ……)」
Cクラスから見たらかなり格上のAクラス――全員トーフからのエスカレーションのAクラスと、半数以上がトーフ以外からのCクラスでは差があるのは当然だが――その中でも圧倒的な実力を誇る希美が教室に入って来たのだから、何事かと騒めくのも当然であった。
その希美はと言うと周りの雑音を全く気にせず、剛の座る席を確認したら真っ直ぐに歩み寄る。
希美の姿を見止めた剛は椅子から立ち上がり、微笑みを浮かべて軽く右手を上げる。
「星野さん、来てくれてありがとう」
席を立った剛の言葉に希美は軽く頷く。
「じゃあ、行きましょう」
トーイチの食堂は様々なタイプの席が存在している。
基本の4人掛けの正方形や長方形のテーブル、向かい合って何人もが座れる長テーブルや、窓に向けて並んだ1人向けの席。
その中で剛は二人で話ができるように、ブース状になっている体面2人掛けのテーブルを探して……何とか1つ空いてるのを見付けて二人で席に着いた。
二人がテーブルに今日のB定食――おろしハンバーグに豚汁のセット――を置くと、希美が早速切り出してくる。
「話って何かしら?」
その問い掛けに対して剛はどこから話したら良いか少し思案して、希美に話し始める。
「星野さんは、生まれ変わり……いや、アニメとかだと『死に戻り』って呼ばれてるけど、そう言うのってどう思う?」
どう思う、と言われたところで荒唐無稽過ぎる、ファンタジー世界の話である。
面食らいながらも素直に答える。
「どう思う、と言われても正直物語の中の事で、そんなお話があるんだね、としか思わないわね」
剛としてもある程度想定していた答えである。何度も[転生]している剛であるが、1回目はまるで頭が付いて来なかった……今でこそ慣れてしまったが、信じろと言われても経験していなければそんな事を言い始めた奴の頭がおかしくなったとしか思わないだろう。
「お話……そうだね、実際俺も知ってるのはアニメとかライトノベルとか、そう言う架空の話でしかないからね」
(何が言いたいのかしら……全然話が見えて来ないわね……)
そう思いながら昼休みも時間に限りがあるので、希美は定食のハンバーグに箸を付ける。
それを見て剛も豚汁を啜り、椀を下して話の続きをし始める。
「ここから先はそう言う架空の話、と思って聞いて貰えると良いかな」
剛はある少年の話を始めた。
吉祥寺で起きた妖魔の大群による厄災で、一人の少女に命を救われた事。
その少女は中学3年生――正しくは中学2年生の最後の日――であるにもかかわらず妖魔の大群に立ち向かい、何十体もの妖魔を倒しただけで無く、特技を駆使して修羅を捉えた事。
命を救われた少年は個性を持たなかったためトーイチに進む事が出来ず、トーサンの普通科に進学した事。
トーサンに進学した年の夏休みの終わり際に――少女が捉えた修羅が何らかの形で収容施設を抜け出し、その修羅に少女と共に殺された事。
殺されたと思ったら――また厄災の吉祥寺に戻っていた事。
そして、少年はまた中学3年生を過ごし、死んだはずの世界と同じ事が繰り返され……高校1年生の夏休みの終わりに殺され、また厄災の吉祥寺に戻っていた事。
話を聞いている内に、希美は自分の手が少し震えている事に気付いた。
(何、これって……吉祥寺で妖魔を倒して、修羅を捉えた……?!少女って……私って事?!そしてその少年と言うのが……まさか、神野くん……?!)
希美が震えるのも当然だろう。剛の話の中に出てくる少女が希美であれば、半年もたたずに去年捉えた修羅――天道光――に殺される、と言うのだ。
(そんな訳無い……これは神野くんの……作り話……)
不吉な未来を打ち消すように、希美は頭の中の悪い想像を架空の物であると、そう考えようと必死に自分に言い聞かせようとしていた。
「……と言うのが、俺が描いた妄想……いや、見た悪夢、と言ったところかな」
そう言って剛は話を終わらせる。
「……神野くんは……小説家にでもなるつもり……?」
その希美の問い掛けに剛は答えず、逆に希美に問い掛ける。
「星野さんがその少年だったら、どうする?」
話の中で何度も、何度も死んでは同じ日の同じ場所に戻される。そうなったら……自分ならどうする?
繰り返し頭の中で反芻させて、希美は険しい顔で剛を睨み付ける。
「死なないように、生き残れるように、鍛えて、力を付けて、その少女と一緒に戦ってその修羅を倒す……」
そこまで答えて、希美はある事実に気付く。
(個性が無くてトーサンに進学していたのに……?個性が……無かったの?それなのに、トーイチに……?!)
希美はある結論に辿り着く。
(神野くんは世界を……未来を変えようと言うの?!)
第27話 『君の知らない物語』 supercell




