第23話 Complicated
剛との模擬戦を終え、着替えた後に徒歩での帰宅の途に就いた希美は薄ら寒いものを感じていた。
(『何度も……一年前に吉祥寺で助けられた時に……何度も見た、から。ね』……何度も?……吉祥寺の時は確かに何度も剣を振るったけど……たった1回だけのはずなのに、“何度も”って一体どう言う事なの……?見られてた?でも格技棟は特別許可が無い限り部外者は入れないし……いつ?……どこで?……)
考えれば考える程に、希美は神野剛と言う人間が、その発言が、理解できない気味が悪いものとなっていった……
「何無茶したんですかっ!肋骨2、3本折れてますよっ!!」
トーイチの保健室で剛は保険教諭から診察を受け、取り合えずの痛みを軽減するために湿布を張られてその上からパシーンと響く音で叩かれ、痛みで悶絶する。
その様子を見た翔はうわぁ、とドン引きして引き攣った顔で剛に同情する。
「ま、こう言う学校だから模擬戦で怪我する生徒は少なくないけど、本来は寸止めするのが当たり前でこんな本気でぶん殴られるって何やってるのか……」
映画の主演女優を張れそうな整った顔に肩甲骨までのウェーブが掛かった髪を後ろで束ねた、ロイド眼鏡の奥に切れ長の目を持つ真田と言う養護教諭は呆れたように言う。
「で……俺のこの怪我、何日位で治りそうですか……?」
「何日?!バカなの?骨折してるって言ったでしょ!全治3週間くらいよ!後はちゃんと医者に診てもらいなさい!!」
事前に電話連絡してもらい、紹介状を書いてもらった剛は、トーイチから徒歩3分ほどにある東都医科大学付属病院に来ていた。
流石に付き合ってもらうのは悪いと思い、翔とは西新宿の駅入口で別れている。
保健室で言われた通り、1階の初診受付で紹介状を提出して氏名を告げ、今度は受付で言われた通りに4階の整形外科の目の前の椅子に座っていると、程なくして名前を呼ばれたので診察室に入る。
簡単な問診を受け、看護師が採血した後3枚程角度を変えてレントゲン撮影を行い、念のために臓器に損傷が無いかの確認でMRI検査も行われた。
(何だこの至れり尽くせりな感じは……)
剛が不思議に思ったのも当然だが、トーイチは国立の対妖魔特設高校であり、学内における格技授業や放課後の模擬戦における怪我は任務中の負傷として医療費は全額国の負担となっている。
「うん、綺麗に細かく折れてるね。2週間は運動禁止かな」
慣れているのか整形外科の担当医師は日常会話の如く剛にそう告げた。
「えっ?運動もダメなんですか?」
「当たり前だよ。肋骨って回復促進の薬を飲むのと安静以外で治る方法無いんだから」
そう言われて剛はがっくりと項垂れる。
「回復促進の薬と痛み止めと湿布を出しておくからちゃんと飲んでね。それとバストバンドも出しておくからお風呂の時以外は着けて過ごしてね」
担当医師からそう言われた剛は別室に案内され、下着代わりのTシャツの上からバストバンド――胸部保護用のコルセット――を着けられるのであった。
本来であれば定期券の終点であるJR新宿駅から中央線に乗るのだが、西新宿駅前から徒歩で15分以上かけて戻るのは元気な時ならいざ知らず、骨折して歩く度に振動が響く今の状況では歩くだけで拷問のように感じる。
そう考えた剛は西新宿駅から東京メトロ丸ノ内線で終点の荻窪まで向かい、そこからJR中央線に乗り換えると言う手段で帰宅した時は既に夜7時を回っていた。
玄関のドアノブに手を掛けようとした瞬間、剛は思い出していた。
(やべっ……遅くなる事電話もメールもしてなかった……)
恐る恐る……と言った感じでドアを開け、玄関を見ると――誰も居ないので安心して廊下から自分の部屋に行こうとすると、リビングのドアが勢い良く開き、恵が目を吊り上げて近づいて来る。
「剛!」
「はいっ!ただい…ぐぁ……」
勢い良く返事をしたのは良いが、折れた肋骨にもろに響いて剛は右脇腹を押さえて蹲る。
「ちょ、剛、何?どうしたの?!」
「で、模擬戦で右脇腹強打されて病院に行って診察と治療を受けてたらこの時間になった、と?」
「……はい、間違いありません……」
夕飯の食卓では恵による剛の尋問が行われていた。
「……はぁ……もう呆れて言葉が出ないわ……」
目を閉じてやれやれと言った感じで頭を振る恵に対し、言葉出てるじゃんと突っ込もうとして剛はその後の10倍の反撃を想像して言葉を飲み込んだ。
「でも恵はそう言う国費で病院に行くって事、今まで無かったよね?」
父親の豊が口を挟むが、それに対して恵は苦笑いしながら当然とばかりに返す。
「あたしは特技科じゃなくて特装科だから、格技授業も最低限で模擬戦みたいな事はやらないからね」
剛はベッドの上で痛む脇腹を抱えながら、今日の模擬戦を頭の中で反芻していた。
(相手があれだけ何度も繰り返し見てきた希美だから何とか凌げたけど、他の相手じゃ全然通用しないって事だな……最後のあの変化はこれまで見た事が無かったし……)
そう考えると早くもう一度……いや、可能なら何度も希美と模擬戦を行って実力を上げたかった。
だが2週間は安静……運動は禁止されている。
左手の素振りも反動から激痛に襲われていた。そうなると上体を動かすのは無理と判断した剛は、このタイミングしかないと思い、脇腹に響かないように静かにベッドから降りて、スクワットを始める。
(今日は……現れないわね……)
翌日の始業前の教室で希美は毎日のように顔を見せて、模擬戦を頼み込んでいた剛が姿を見せない事を訝しく思っていた。
その様子を見て取った鈴木奈緒はニヤニヤ笑いながら茶化すように希美に声を掛ける。
「ほぉほぉ、想い人来ず、と言ったところですかねぇ~」
「ちょっ!奈緒!何バカな事言ってるの!」
半ば図星を突かれて希美は狼狽えながら奈緒を睨み、即座に否定の言葉を口にする。
(想い人とかそんなんじゃないし!)
むしろ希美にとっては嫌悪感や不快感……不気味な奴と言う想いこそ剛に対しては存在していた……
その剛は苦悶の表情で額から汗を流しながら、何とか1年Cクラスの教室に辿り着いていた。
「剛ちゃんマジ痛そうだわ……見てるこっちまで痛くなりそう……」
事情を知っている翔が心配そうに声を掛けてくる。
「ま、まあ授業は大人しく受けてれば問題ないし……体育や格技の授業は見学するしかないよ。診断書も病院から届いているはずだし」
ふーん、と納得したのかしてないのか微妙な様子で翔は自席に戻り授業の準備を始める。
4限目のCクラスは格技の授業のため、格技棟へと移動することになる。
剛達も移動を始めると、渡り廊下の辺りでその前の時限に格技の授業を行っていた1年Aクラスと入れ違う。
(……!神野剛!!)
希美は遠目に剛の姿を見止めて顔を険しくし、剛の突撃に身構える。
身構えたのだが……剛はチラっと希美の顔を見ただけで、そのまま擦れ違って格技棟の方へ歩いて行く。
(……あれ?何で……声すら描けなかったの……?)
呆気に取られた表情をしている希美に対し、奈緒がニヤニヤと言うよりニヨニヨとした顔で話しかける。
「あらまー、あんさん振られてもうたなー」
「これでいいの!あと、その下手な関西弁のマネ止めなさい!」
奈緒を睨んで答える希美であるが、その頭の中は更に混迷を深めていた。
(何?……何で今度は声すら掛けずにスルーなの……?)
希美は神野剛と言う人物がこれまで以上に理解できなくなっていた……
第23話 『Complicated』 Bon Jovi




