第2話 REINCARNATION
― 人類個体識別番号 281474976710655、転生を開始します。 ―
落命したはずの神野剛の頭なのか心なのか、不思議と言うより理解不明な謎の声が響く。
― 初回につき記憶領域を signed char で確保……成功しました。 ―
― 記憶領域を0で初期化し、increment します……成功しました。 ―
剛にとっては呪文にしか思えない意味不明な言葉が次々と流れ込んでくる。流れ込んでくるのだが、何が起こっているのかまるで理解できない。
(てんしょう……そう言ったよな……天正?天象?点鐘?……いや、さっぱり分からない……)
剛に流れてくる謎の声は次々と“何か”をやっているのだが、五感を失っている剛には見ることも触ることも聞くことも……謎の声は聞こえているようだが、聴力で聞いているのかどうかすら判然としない。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
数秒だったのかもしれない。逆に数時間、数日経っているのかもしれないが、剛にはそれを知るすべがなかった。
すると何度目かの謎の声が響き渡る。
― 転生準備完了。人類個体識別番号 281474976710655、出生名『神野剛』の転生を実行します。 ―
― 出生名『神野剛』の転生に成功しました。転生を終了します。 ―
謎の声のアナウンスが終わると、突如湧き上がる肌を焼くような灼熱と鼻腔を強く刺激するきな臭さを剛は感じ始めた。
目には明るさ……いや、まだ瞼を閉じているのだろうか、赤い世界が広がっているのを視力が感じ取る。
(一体……何が、ホントに何が、起こったんだ……)
剛は自分の身に生じた謎の現象に疑問を感じながら、瞼を開いて視界にその世界を捉える。
(なっ!……こ、ここはっ?!)
剛の視界に飛び込んできたのは、業火と爆発、ビルの崩壊と言う大災害。
渦巻く炎の熱さとそれにより巻き起こる轟轟たる熱風。
その厄災を引き落としている妖魔が我が物顔で町を蹂躙し、破壊の限りを尽くしている。
死んだはずのあの場所に酷似している場所に、剛は再び放り出されていた。
(じょ、じょ、じょ、冗談じゃないっ!!)
銀髪の女から胴体を真っ二つにされて死んだはずの自分。その死んだはずの自分がまた同じ場所に戻った……とあれば、想像し得るその先に起こることは――死。
恐怖により剛の体は再びガクガクと震えだし、歯の根が合わない状態となる。
両手で腕を抱えるように震える剛だが、その時少し離れた左側で何か……人が動いたのを視界の端で捉える。
(あ……あの子は!!)
漆黒の長い髪をポニーテールに束ね、右手に1メートルを超える細身の長剣を携えた美少女が歩み出てきた。
少女が歩み出たのは幾多の――それこそ数百と言う妖魔が我が物顔に闊歩するビル群の方。
細剣を下して敵と対峙するその背中は敵を殲滅する確たる意思を感じさせ、凛と輝く瞳と引き締まった顎、固く結ばれた口元はその意思が強固であるものを示すかのように。
だが、手にする長剣は同じだが……近未来的なアーマー、特装具は着用していなかった。
そしてその少女は心なしか、先ほど見たのに比べて少し幼い感じの顔立ちをしていた。
(まさか?!)
辺りを見回すと、そこは西新宿ではなく吉祥寺。1年半ほど前に大厄災に襲われた地である。
剛は驚愕に目を見開いたまま周囲を……そして自分を見る。
(この服は!)
擦り切れてしまったため高校入学と同時に捨てた、中学時代によく来てたお気に入りのトレーナーである。
(待て……待てまてマテMATE待て!理解が追い付かん!!)
剛が何となく感じ取ったのは、ここは確かに1年半ほど前に友達と遊びに来て、大厄災に巻き込まれた吉祥寺の街並み。
そして長剣の少女により、九死に一生を得たその時、その場所。
右隣を見ると確かにその時一緒に吉祥寺に遊びに来ていた小学校時代からの親友で中学のクラスメイト、本田翔が腰を抜かしたように地面にへたり込んでいた。
その時の記憶を剛は思い返していると……
「姿を現しなさい!天道光!!」
長剣を持つ少女が妖魔の群れに、よく響く澄んだ声を張り上げて天道とやらに向かって呼び掛ける。
それからどのくらいの時間が経ったのか――実際は数秒程度しか経っていないのだが――妖魔の群れの中から一人の女が歩み出る。
身長150センチにも満たない小柄な体に青みがかったショートボブの銀髪、白を基調としたロリータ風の衣装に身を纏い、真っ白にも見える顔に輝く金色の瞳は大きく見開かれてどこに焦点があるのか定かでない。
「覚えて頂いて光栄だよ、星野希美チャン。でも、もっとゆーーーーーっくり遊ばせてよぉ」
「戯るな!!」
星野希美と呼ばれたポニーテールの少女は右手に持つ長剣を中段に構え、天道光と呼ばれた女を視線で射殺すがごとく怒りに満ちた顔で睨み付ける。
「あらぁ?……前はそんな物騒なモノ、持っていなかったじゃーん。どうしちゃったのぉ?」
お道化た口調で天道が言い返す。
天道の言葉に対して希美が返したのは……言葉ではなく、剣の一閃。
〈飛翔斬〉
希美が振るった剣から衝撃波のような半月状の灰色の風の刃が天道に向かって凄まじい速さで飛んでいく。
目の前に来た風の刃を天道は手に持つ鉄のメイスで弾き飛ばすと、その風の刃は軌道を変えて傍にいる妖魔を何体も切り裂いていく。
「ギギャギャギャグガギャ!!」
不意に体を切り裂かれ、手足を切り飛ばされた妖魔たちが断末魔の叫び声をあげる。
中には切り裂かれたことに気付かないまま命を失い、地面に倒れ込んだ妖魔も少なくない。
その予想外の威力に天道は僅かに眉を顰めるが、すぐにニヤッと形容するのが相応しい笑みを浮かび上がらせる。
「なーかなか面白いことしちゃうのねぇーー」
〈破砕光球〉
言いながら天道がメイスを振るうと今度は野球のボールほどの大きさの光球が生まれ、希美に向かって音を超える速さで向かっていく。
転がるように光球を避けた希美は地面に左手を突いて、何かを呟きながらすぐさま立ち上がり再び剣を振るい、風の刃を天道に向かって飛ばす。
希美の背後では避けた光球が5階建てのビルの中ほどに吸い込まれると――
ドゴォ!!!!!!
3メートルほどの穴をビルのコンクリートの壁に穿ち、ビル内を直進して破壊を続け、反対側の壁を抜けてさらにその先にあるビルの壁に穴を穿つ。
希美が再び飛ばした風の刃はまたもや天道のメイスにより軌道を変えられ、ビルに取り付けられた看板を根元から切り落とすと落下した看板により何体もの妖魔が潰され、血肉や内臓と思われる物体を辺りにまき散らす。
天道は張り付いたような不気味な笑みを浮かべながら、何度もメイスを振るって光球を飛ばす。
希美はそのたびに転がるように光球を避け、地面に左手を突いては何かを呟きながら立ち上がり、剣を振るって風の刃を飛ばす。
こうして膠着状態を続けていれば、SUAD――防衛省妖魔対策特別部隊――の増援が駆け付け、周囲の妖魔は刈り取られるだろう。
そんな詰み筋を感じとった天道は忌々し気に舌打ちし……メイスを肩に担ぐような体勢で希美に突進した。
「小賢しいのよ……ねっ!!」
瞬く間に希美に肉薄した天道はメイスを振るい、希美が長剣でメイスを弾き返す。
細かく立ち位置を変えながら、希美も長剣を振り下ろし、突きかかる。
天道は不気味な――不吉な、とも言える笑みを浮かべながら、希美は射殺すような真剣な眼差しに額に汗を浮かべながら、何合も激しく打ち合い、その度に長剣とメイスから火花が飛び散り、甲高い金属音が響く。
その光景を剛はその場から動くこともなく、ただひたすらと凝視し続けるのであった。
第2話 『REINCARNATION』 奥井雅美




