第19話 Oneway Generation
国立東京第一高等学校を含む対妖魔特設高校の2026年度の入学試験願書受付は12月7日から12月11日までの1週間弱である。
対妖魔特設高校の受験資格として、妖魔研究科と普通科を除くと個性持ちであると言う条件の他に、入学年度の4月1日に15歳である事が条件とされている。
つまり、入試に不合格だった場合に浪人して翌年再度受験する、と言う事が出来ない、一発勝負と言う事である。
剛は願書提出の前にやることがある。
トーイチを受験するには、個性を獲得した事を約束した父に対して証明する必要があった。
今日は12月5日、願書提出開始の2日前となる土曜日。仕事が休みの父を伴い、剛は法力を発現させた小金井公園の高橋是清邸前に来ていた。
既に冬の風が凍てつくような冷たさであり、全国チェーンのワーカーショップで購入した防寒ブルゾンに手袋と言った出で立ちで、竹刀袋に入った竹刀……ではなく、手拭いで巻いた木刀――竹刀では重さが足りないため、あの日すぐに父親に頼んで買ってもらい素振りに使用していた――を左手に持っている。
「ここでやるのか?」
父親の豊から声を掛けられ、剛は頷いて竹刀の手拭いを取る。
近くの工務店から貰った切り揃えられた端材を父親は5枚重ねて、大きめの石と石の間に橋渡しさせる。
橋渡しされた端材の前に立ち、剛は静かに息を整える。
2回、3回と息を吸って吐き、心を鎮めた剛は片手で持った木刀を上段に構え、振り下ろすと同時に心の中で唱えた。
(〈発動しろ!!〉)
すると振り下ろす木刀は仄かに緑色を纏い、一気に加速して端材に当たり……いとも容易く端材を5枚とも真っ二つに割ると木刀の先端は10cmほど地面にめり込んだ。
10秒……20秒……沈黙の中北風の音のみが響く。
はっと我に返った豊は自分が息をしていなかった事に気付き、大きく息を吸ってから漸く声を出すことに成功する。
「……で……出来たんだな、剛……?」
剛は地面に先端が突き刺さった木刀を引き抜き、父に向き直ると真剣な表情で無言で頷く。
はぁーーーーーっと長い溜息を吐き、豊は顔を上げて剛に語り掛けた。
「まさか、本当に個性を身に着けるとは……我が息子ながら驚かされるよ」
「じゃあ、トーイチには……」
豊は優しく微笑み、黙って頷いた。
その父の姿を見て、剛はやっと希美の横に並び立つ、そのスタートラインに立つまでの予選に辿り着いた事に喜びで顔を綻ばせるのであった。
年は明けて2027年1月下旬。
剛は国立市にある国立東京第三高等学校――トーサン――ではなく、西新宿の国立東京第一高等学校――トーイチ――の正門前に来ていた。
トーイチの場合一学年10クラス、定員320人。その内トーフ――国立東京第一高等学校附属中学校――からエスカレーター組が80人程いるため、募集人数としては240人に対して2,000人以上が受験し、その倍率は8倍を超えてトーサンとは比べ物にならない程の途轍もない狭き門となっている。
トーイチの入試には剛と同じクラスからは剛と翔のみで、小金井三中から他に何人か来ているはずであるが、それ以外にはっきりと知っている顔と言えば剣道部で一緒だった桐野くらいである。
(確か桐野はトーイチに合格してたよな……俺と翔が来たから押し出されて落ちる、って事は無いよな……)
自分の事を心配しないのは傲慢にも思えるのだが……何しろ剛は対妖魔特設高校の入学試験は60回以上受験しており、全国の対妖魔特設高校で統一された試験内容である以上、学科試験は全科目の回答を熟知している。
今回も一字一句、想定通りの試験問題となっており、剛は何の差し障りも無く答案用紙に答えを書き込むと受験番号、氏名、解答欄の全てを二度見返し、問題用紙と答案用紙を裏返すと終わったとばかりに机に突っ伏して終了のチャイムまで目を閉じる。
これを五教科繰り返す間に昼食の弁当を翔と食べ、何事も無かったかのようにトーイチの入試を終わらせるのであった。
入試から一週間ほど経った1月末の三中の教室内。
その日だけ特別に――普段は持込禁止になっているが――対妖魔特設高校の受験者のみ持込を許可されたスマートフォンで、剛たちは合格発表をインターネットで確認する。
トーイチ以外もトーニ、トーサンを受験した生徒が同じクラスに何人かいるが、皆一様にスマホを操作して入試結果を確認し――喜ぶ者もいるが、やはり落胆する者が多い。
剛は――今回ばかりはトーサンではなくトーイチの受験のため、当然とは言えないが――合格していることに安堵した。そして翔も大きな声こそ出していないが、自身の合格を喜んでいる。
翔の方を見ていると目が合い、剛は軽く微笑みを浮かべると翔はニヤリと言うかニヤニヤと言った感じの笑顔を浮かべながら近付いて来た。
「剛ちゃん、堂々とストーカーできるようになるんだねぇ」
その言葉にニヤリと剛も笑い返す。
「返り討ちに合わないように鍛えないと、だな」
入試が終わると3年生には殆どやることが無い。
剛たち対妖魔特設高校に合格した生徒にとっては所謂消化試合であり、友達に会いに来たり、体育の授業で体を動かしたりと言ったそれぞれの目的で登校しているか、特に目的も無く惰性で登校している状態だったりする。
剛としては――トーイチに通うことになっても格技訓練が必須になるため――既に引退している剣道部に足を運び、竹刀を振るい下級生たちと一緒に汗を流すのを目的としていた。
木刀を使用した素振りはマンションの空きスペースでも行えるのだが、対人戦――ひいては対妖魔戦――を考えると素振りだけでは充分とは言えず、下級生の剣道部員と修練を行うのがより良い経験となる。
特に剛は今となっては経験者を含めた1年生とそこそこ渡り合える程向上しており、試合稽古を行う事も度々あったのは非常に経験として貴重であった。
一月往ぬる二月逃げる三月去る――
ふと剛は嘗て思い立った言葉を頭に浮かべていた。
何度も見慣れた卒業式の光景、そらで口にする事ができる程聞いた校長先生の祝辞、神妙な面持ちの担任の先生。
転生を重ねる毎に一月が、一年が、徐々に短く感じるようになった。だが、それはこれまでほぼ同じ事を繰り返してきたからと言えよう。
個性を獲得するようになったり、部活に入ったりするようになったが、ここまでは今までの60回以上の人生と大差無い。
だが、トーイチに入学する事で明らかに違う世界線を辿る事になる。
(バタフライエフェクト、だったかな。アニメなんかで良くあるシナリオの分岐点みたいな……それとも歴史の修正力とか言うやつの方が強いのか……)
それを知る事ができるのは剛一人と言えるであろう……
「ちゃんと歯を磨いて顔は洗った?ハンカチとティッシュは持った?提出する書類はカバンに入れた?それから……」
「姉ちゃん心配し過ぎだよ」
4月になり、剛はトーイチの入学式に出席するために玄関に向かったところで、姉の恵があれこれ言ってきた。
(母さんじゃないんだし……ってウチの母さんだと逆に「あらあらまぁまぁ」とか言うだけだろうけど……)
学校指定の靴を履いてカバンを持ち、玄関のドアを開けるとリビングの方に向かって声を掛ける。
「じゃあ、行ってきます!」
「気を付けて行くのよー」と言う母の声を背に、剛は武蔵小金井駅へと向かって行った。
「お、剛ちゃんおはよう」
「翔おはよう。同じ電車だったんだな」
駅の改札付近で翔と顔を合わせると、翔はニヤッと笑いかける。
「いよいよだな」
剛も翔にニヤッと笑い返す。
「ああ、いよいよトーイチだ」
第19話 『Oneway Generation』 本田美奈子




