第18話 チカラノカギリ
夏休みが近付くと、剣道部を含めた運動部は中学校総合体育大会――いわゆる中体連――のブロック大会が始まる。
剣道部は団体と個人で大会に参加するのだが、団体は3回戦敗退で都大会へは進めず、個人では主将である桐野が準決勝まで進出して都大会へと駒を進めた。
都大会は7月20日と21日に実施され、男子個人は20日に試合が行われて桐野は3勝したのだが次に当たった相手が結果優勝した猛者で、流石の桐野も無念の敗退となった。
中体連の大会が終了すると、3年生は基本的に部活は卒業となるのだが、桐野を含めた数人――その中には剛も含まれる――は引き続き部活の練習のために体育館に通っていた。
「神野、そろそろ立ち会ってみるか?」
主将――は中体連で敗退した段階で卒業となり、元主将となった桐野から剛は声を掛けられた。
「それはありがたいが……何でこんな時期に?」
素朴な疑問を返す。
「馬場にそろそろ試合稽古つけさせたいと思って、岡田と相談したら神野が適任じゃないかという話になったんだ。経験と言う意味では神野は馬場と同等だし、神野も折角入部したのに基本打ちで終わりじゃ面白くないだろ」
岡田と言うのは桐野の後任で新主将となった2年生部員である。
そう言われて思案顔になっている剛に、桐野が言葉を続ける。
「まあ心配せずに一回やってみろ。本当に危なそうだったら俺達が止めるから」
そこまで言うのなら、と剛は納得し、試合稽古の準備を始めるのであった……
面、胴と垂、小手を身に着け、竹刀を帯刀した状態で白テープで引かれた場内手前まで歩くと、剛は同じく準備を整えた馬場と正対する。
3歩ほど前に進み、審判を務める桐野の「礼!」の掛け声で一礼し、そこから3歩前に進んでから竹刀を中段に構えて蹲踞の姿勢をとる。
「始め!」
桐野の掛け声で立ち上がると、剛はまずは静かに正眼に構えたまま馬場の動きを見極めようとするが、対する馬場は打ち込む隙を伺おうと竹刀を小刻みに動かし、声を上げながら細かく左右にステップする。
(どうする……打たせて反撃……いや、そんな高度なことは初めてでできるとは思えないな……)
そう考えると剛は馬場に向けて半歩スイっと前に進み、いつでも打ち込めるように剣先を少し上げる。
すると打たれると思ったのか馬場は大きく一歩下がり、更に激しく左右にステップを踏む……と言うよりは半ば飛び跳ねるような動きを見せた。
(これはどう打ち込めば良いか分からない状態か……?なら……)
剛は馬場の姿を見据えながらゆっくりと息を吐き出し、吐き切ったタイミングで大きく息を吸って跳ねるように左足を大きく踏み出し、竹刀を振りかぶり馬場の面に向けて素早く振り下ろした。
「メエェェェェーーーーーン!」
剛の振り下ろした竹刀は馬場の面に……やや掠るように当たり、打った姿勢のまま馬場の左を剛は駆け抜けようとするが、馬場の方も慌てたように声を上げて竹刀を振るい、剛の胴を薙ぐように打つ。
数歩離れたところで振り返って改めて竹刀を正眼に構え直すと、剛はチラと審判の桐野を見ると、旗2本を素早く交差させていた。
(無効、か……)
そう思って目線を下げていた剛が正面を見ると、既に馬場が全力で詰め寄って竹刀を振り上げていた。
(え?マジかよ?!)
「キエエェェェェェェーーーーーーーー!!」
掛け声とともに馬場が振り下ろした竹刀を身を反らした辛うじて躱した剛は、胴に竹刀が掠った感覚に対して体を起こし、踏み込みながら竹刀を振り下ろした。
「ヤエェーーーーーーーー!!」
「一本!!」
桐野が旗を上げた。上げた旗の色は――赤――剛の面が決まった。
剛は竹刀を正眼に構え直し、開始位置まで進むと再び蹲踞の姿勢になり、竹刀を納刀する……のだが、馬場は竹刀を振り下ろした状態で固まったかのようにその場から動いていない。
桐野から小声で最初の位置に戻るように促され、馬場は慌てて開始位置に戻ると作法もおざなりに竹刀を左手に持ち替えて蹲踞の姿勢をとる。
蹲踞の姿勢から立ち上がり、3歩下がってお互いに礼をして場外までお互いに向き合ったまま下がる……のだが、馬場は礼をした後ふわふわした足取りで普通に――武道としては失格な行為だが――歩いて場外に出る。
(まあ、最初だし仕方ないか……って俺も初めてなんだけどな……)
体育館の壁際まで移動した剛は床に正座し、小手を外してから面を取ると、桐野が近寄ってきた。
「後の先とはな……よっぽど筋がいいのか目がいいのか……」
買い被り過ぎの言葉に剛は苦笑いをする。
「焦って竹刀を振り下ろしただけだよ。ビギナーズラックと言うかまぐれと言うか」
その答えを聞いてふーんと納得したようなしてないような顔をした桐野。
「だけど神野、お前緊張とか恐怖心とか無かったのか?」
あれ?そう言えば。
「始め」の掛け声までは覚束ない感じだったが、その後は馬場の反撃に慌てたと言っても単に予想外と言う程度で、足が震えたり竦んだりと言うことも無く、しっかりと馬場の動きを見て対応できていた――言われてみると剛としては不思議な感覚である。
(あれか……これまで50回以上天道に殺されてるし、最近は希美や天道の動きをじっくり見るようにしていたから、戦闘とか立ち合いとかそう言うのに慣れた……のか?)
とは言え、死んで1年半前に戻るタイムリープの事を桐野に言ったところで信じてもらうどころか、頭のおかしい奴認定されるのがオチだろう。
説明のしようが無いため、剛としては苦笑いしながら曖昧に桐野に答えるのであった。
「剛ちゃん終わったーーー?……って臭っ!!」
「いきなりディスるか?」
近づいてきた途端仰け反る様な態度の翔に向かい、剛は不満を口にする。
とは言え、剣道の防具は桐野ら一部の部員を除いたら学校の――と言うか部の――備品であり、長年使い回されたものであり、体育館にエアコンが設置されているから真夏の暑さは緩和されているが、それでも激しく動き回ることで汗が防具に染み込み、中々の臭いを放っている事は剛も理解していた。
道着は洗濯することができるのでそこまで臭くなることは無いが、防具は丸洗いする訳にも行かないため、使い終わった後に乾いた布で拭く程度しかできず、臭いが蓄積していくのである。
「あー……早くシャワー浴びたいなぁ……」
「うん、帰ったら真っ先にそうした方がいいと思う」
晩夏の夕日を浴びながら、他愛の無い会話をしながら家へと二人は歩いて行く。
夏の暑さが過ぎ去り、心地よい風を感じるようになった10月の昼下がり。
剛は小金井公園内の高橋是清邸前に来ていた。
(ここなら……あまり人もいないから大丈夫かな……)
辺りの様子を伺い、そして徐に右掌を上に向けて胸の前に構える。
ゆっくりと大きく息を吐きながら目を瞑り、目を開けると同時に大きく息を吸って心の中で唱える。
(〈発動しろ!!〉)
すると剛の右掌から薄らとした緑色の靄が立ち上がり、掌の上10cm程で野球ボール位の緑色の球体を形成する。
「よしっ!」
これまでの繰り返しの人生で何度も成功してきたが、想定通りに個性――緑の法力――を発生させることに剛は成功した。
(そうしたら……本来なら特装器になるんだろうが、実際に「得物」に乗せてみる……上手く行くのか……)
自宅から持参した竹刀を竹刀袋から取り出し、鍔は付けずに鍔止めがあるはずの個所を右手で掴み、片手で中段に構える。
これまでの部活での練習……ではやってこなかった、片手で上段に竹刀を上げ、法力を漲らせる。
(〈発動しろ!!〉)
剛は法力を竹刀に乗せるように念じ、同時に上段に構えた竹刀を振り下ろす。
(うわあぁぁぁぁ!!重てえぇーーーーーー!!)
力で捻じ伏せる以上に、法力から得た[個性]の力が剛の腕を持って行く。
生命力や、大地の息吹を顕現する緑の個性の法力は、剛の想像以上の力で竹刀に籠められ、その重さで肩が千切れそうになる。
「こんなの……天道にヤられるに比べたらーーーーー!!」
強引に竹刀を振り下ろす剛は、たったこれだけの事に額から滝のように汗をこぼす。
ハァ、ハァ、ハァ……
何度も荒い息を吐き、再度竹刀を構える。
発生させた法力を使用した特技の発動を、剛は日が傾くまで何度も繰り返すのであった……
第18話 『チカラノカギリ』 GENERATIONS from EXILE TRIBE




