第15話 Keep the Faith
「「イチ!ニ!イチ!ニ!……」」
放課後の体育館に声が響く。剣道部の初心者――剛と、未経験の1年生新入部員3人の4人が、先輩部員――剛にとっては同学年――の指導の下、学校指定のジャージを着て素振りをしていた。
竹刀なんて持った事も無かったようなドが付く素人がいきなり打ち込み稽古や試合稽古――一対一の試合形式の、柔道などでは乱取りと呼ばれる――なんて危なくてさせられる訳も無く、前、後ろ、前、後ろと一歩ずつ動きながら、動くタイミングで上段から面打ちのイメージで真っ直ぐに竹刀を振り下ろすと言う、基礎中の基礎の練習を行っていた。
剛は既に一週間以上、1年生でも3日程、毎日同じ練習を続けている。勿論それだけではモチベーションも上がらないので、3年生や2年生の試合稽古を見学する、所謂見取り稽古も行ってはいたが、竹刀を使えるのはあくまでも素振りのみであった。
「剛ちゃんやってるねー」
剛が外の手洗い場で顔を洗ってタオルで拭いていると、ニヤニヤしながら近寄って来たのは……勿論翔である。
「翔かぁ。うんまあ、筋肉痛も無くなってきたし、大分慣れてきた、かな?」
「お、頼もしいねぇ、未来のSUAD隊員どの」
一言茶化すと、翔は剛に顔を近寄せて小声で囁く。
「なあ……見てたけど、アレ、面白いのか……?同じ事の繰り返しで、見ててフラストレーション溜まるんじゃないかって」
そう言う翔の視線の先には――剛と一緒に素振りをしていた、未経験の1年生達である。
剛は軽く首を振る。
「気持ちは分かるんだけど……竹製とは言え武器を持つ訳じゃない?そう考えると基礎をちゃんとやっておかないと大怪我しかねない、って事だと思うよ」
ふーん、と言いながらも翔は1年生達の様子を見続ける。
「ただなぁ……夏まで続けるヤツ、何人いるかな……」
翔の懸念も当然と言える。例えばサッカー部だったら既にパス練習やシュート練習に参加したり、ゲームに近い感覚で練習できている。
剛も目で後輩達を追いながら、1人でも残るかな……と思うのであった……
剛が剣道部に入部してから1か月近くが経ったゴールデンウィーク直前。
2週目辺りから、左右の面打ちが加わった。
今週からは、跳躍しながら面打ちのイメージで竹刀を振っていた。
「「イチ!イチ!イチ!イチ!……」」
前に跳躍するタイミングで振る。そしてすぐに後ろに跳躍する。また前に跳躍して振る。後ろに跳躍する。
(これは……かなり足に来るな……今までは摺り足だったが、こう跳び続けていると……)
竹刀を振る腕の筋肉痛は1週間もしたら収まった。だが、これだけ跳躍を続けているのは宛ら縄跳びを跳び続けているような物で、かなりハードなトレーニングと言える。
休憩時間となり、剛は外の手洗い場で頭から水を被る。
すると、一緒に素振りをしている1年生の一人が近付いて声を掛けてきた。
「神野先輩、先輩はこんな単調な練習ばかりで良いんですか?」
山本と言うその1年生は剛に向かってそんな不満を言い放つ。
「……こんな練習って言っても、経験者たちもこう言う基礎練習をやって来たんじゃないかな?」
「でも僕は、もっとバンバン戦って、一本取ったりしたいんです!」
そう言われても……と剛は困り顔になる。
そんなバンバン打ち合うなんてのは剣道じゃなくて、スポーツチャンバラって奴じゃないかと思うが、その事は言葉にせずに飲み込む。
「まぁ……気持ちは分かるけど。だからこそ、今は基礎をしっかり練習する時だと思うよ」
そう言うと剛は不満そうな顔をしている山本から離れ、体育館に戻って行った。
翌日放課後。
(……山本が居ないな……)
体育館に集まった部員を見て――経験者は道着袴姿なので、ジャージで集まっている未経験者は却って目立つだけに、人数が少ないのがすぐに分かった。
全員が集まると、学年ごとに横一列に並んで正座で座り、正面に主将の桐野が座る。
「礼!」「「「よろしくお願いします!!」」」
剣道は「道」が付くだけに武道であり、礼に始まり礼に終わる――正にそれを体現するのが、開始と終了時の礼である。
「神野、ちょっと」
立ち上がり、それぞれ練習の場所に移動しようとしたところを桐野に呼び止められる。
察した剛は桐野が誘う方に進む。
部員たちから少し離れたのを確認して、桐野が切り出す。
「山本って何かあったのか?今日は来てないみたいだが」
そう言うのは1年部員に言ってくれ、と思わないでも無いが、昨日の事があったので剛はそれを桐野に話すとあぁ、と言った顔をする。
「分からなくも無いけど……危険、なんだよな……?」
桐野は頷いて答える。
「神野が言ってくれた通りだ。スポーツチャンバラなら怪我する方がおかしいレベルだが、竹刀だとささくれとか色々あるからな。それに意図せず激しくぶつかったりする事もある。ある程度慣れていても、怪我しないとは言えないな」
「でも、1年生……残るかな?」
剛は真剣に心配して桐野に言う。すると、桐野は首を横に振りながら答える。
「残念ながら、残らない……残れない、のなら、剣道は難しい」
経験者は語る、か。剛は何かで見た言葉を思い浮かべる。
「神野は大丈夫なのか?」
「何が?」
いきなり桐野に聞かれて剛は答えに困る。
「前にも言ったが、試合には出せるとは思わないし、暫くは……素振りとか、そう言う事しか出来ないぞ」
申し訳なさそうに桐野は言うのだが……剛としては、そんな事は大前提に過ぎなかった。
「だって……俺は止める訳には行かないよ」
そう、剛はトーイチに行く事を決めた。
そうである以上、トーイチに行ったら今の練習以上に厳しい修練が待っているのは想像に難くない。
そんな剛に桐野は溜息を吐きながら応える。
「無理はするなよ」
そう言うと踵を返して遠ざかる桐野の背中に向けて、剛は溜息を吐きながら答える。
「無理しないと出来ない事ってあるんだよ」
「剛ちゃん終わったーーー?」
誰かと問うまでも無い。
「パイセンお疲れっす!今日は何か良いこと有ったっすかーーー?」
顔を観るまでも無い。
「剛ちゃ~~ん、無視なんてワタシ悲しいわ~~~」
「うるせーーー!!!」
剛が振り向くと想像通りの人物。
「ま、何だかんだで元気そうで何より何より」
「何だよそのじーさんみたいな言い方。それに、手の皮も足の皮も何度も剥けて痛かったんだよ」
実際、剛の両掌はマメが出来ており、皮が剥けた痕が見て取れる。
「うわっ……マジかよ。よく頑張れるな」
剛の掌を見て若干引き気味の翔が応える。
「頑張る……って言うか、やらない訳には行かないからな。そうしないと、トーイチに行って……ストーカー出来ない、だろ?」
翔の顔を見て剛はニヤッと笑う。
その剛の顔を見て、翔もふっと笑うのであった。
帰宅後、入浴と夕食を済ませた剛は自室のベッドに仰向けになり、自身の右掌を見つめていた。
(1か月程度でまだ素振りか……それを考えると、あの子は……希美は、どれだけ訓練してきたんだろう……)
繰り返される人生の中で何十回も見た天道光と渡り合う希美の姿を、剛は瞼を閉じてトレースする。
動きに無駄が無い程に洗練されていて、とても1年や2年で辿り着ける境地とは思えなかった。
(だが……)
剛は目を開け、ゆっくりと右の掌を堅く閉じる。
(何回でも、何十回でも、彼女の隣に立つのに相応しくなるためなら、どれだけでもやってやる!!)
剛の目の奥には決めた覚悟を示すような炎に似た煌めきを湛えていた。
第15話 『Keep the Faith』 Bon Jovi




