第14話 One Step
「アンタ、バカだバカだとは思っていたけど、それは姉として他と贔屓しちゃいけないと思ったから言ってたけど、個性無しのアンタが特技科とか!ホント!バカと言うよりアタマ可笑しいとしか言えないわよっ!!」
正しい。恵の判断は間違えていない。
「……個性を……個性を身に付ければ、受験資格は問題ない、ん、だろ……?」
剛は想いを絞り出す。
「ホント、バカなの?!……そんなの、1億人に1人とか、そんなレベルでしか存在してないって知ってるの?!」
「知ってるさ!!」
思いがけない剛の強い返答に恵は思わずのけぞる。
「だけど……それでも、やるしか……ないんだよ!!」
恵は目の前にいる弟が、誰だか分からなくなった。理は自分にある。なのに、それを聞き分けない弟は、今まで見たことが無かった。
「あ……あんた……」
声を絞り出す。いや……絞り出せた声は、ほぼ意味を成して無い。
「姉ちゃんの心配は分かる……かも、知れない。だが、このままじゃ何も変わらないんだよ!!」
更に恵は剛が言っている事が分からなくなった。
変わらないって何なの?このままって何に対してこのままなの?貴方が言っている事って何を言ってるの?
「あらあら、ご飯冷めちゃうじゃないのー。先ずは食べましょー」
母さんだ。
剛からすると、この人ほど揺らぎが無い人は知らない。多分、嘗ての東日本大震災が今起きても、母さんなら「あらあらまぁまぁ」と言いかねない、と思った。
「でもさ、剛」
父親の豊が話始める。
「個性を身に付ける……出来たら勿論良いんだけど、簡単じゃないのは分かってるんだよね。いつまでに、どうやって、個性を身に付けるんだい?」
真っ当な指摘である。
ただ、剛にはそれに対する裏付けが――60回以上の1年半の人生を繰り返してきた、その中で反復して徹底してきた個性獲得の方法。
それを恐らく、この世界で唯一知っている剛だからこそ、答える。
「やり方は……本やネットで調べて、こう……嘘っぽいのも多かったけど、これなら俺にもやれそうな方法が有ったから。いつまで……願書提出前の……12月頭までに個性を獲得出来てたら、トーイチを受験していい……よね?」
「……分かった。やってみなさい」
その声がした方を剛が見ると、難しそうな顔をしながら微妙な笑みを浮かべている豊がいた。
「ダメな事は止めるのが親の仕事だけど……そうだな、多分……先の事はどうであれ、トーイチに受験する……受かるって、剛はそう言う未来を思い描いたんだよね?だったら、父さんは反対する事は違うと思ってるよ」
あらあらまぁまぁと良く分からない反応を示す母親と、忌々し気ながらも反論の余地が無い恵。
「あり……がとう……」
剛は絞り出すように豊に返事を返すと、顔を上げる事が出来ないまま、静かに涙を流すのであった……
翌日の放課後。
「……剛ちゃん何か本格的に運動やったことあったっけ?」
翔を連れて――別に来てくれと言った覚えも無いのだが――剛がやって来たのは、三中の体育館。
その一角で活動しているのは――剣道部である。
「運動は……学校の体育とか昼休みのサッカーとかバスケ、くらい……かな?」
「いや何でそこで疑問形で答えるのよ」
呆れる翔。その時、活動をしている剣道部の方から声が掛かる。
「神野に本田じゃないか。何だ見学か?」
道着袴の上に胴と垂、手には小手を付け、頭に手拭いを巻き付けている剣道部の主将……確か、桐野と言う苗字だったはずだが、剛たちの方に近付いてきて声を掛ける。
近寄って来た桐野に剛は向き直る。
「いや、入部したい」
「ほぇ?」
翔が何処から出たか分からないような声を上げる。
桐野も剛の申し出に流石に困った表情を浮かべて答える。
「まあ……ダメ、じゃないが……ダメじゃないが、神野は小学校の頃に剣道やってたとか聞かないんだが。経験あるのか?」
「いや、無いよ」
「即答かよ」
剛の答えに即座に翔が突っ込む。そして桐野は剛の答えに呆れる。
「さっきも言ったが、入部するのは駄目じゃない。構わないよ。ただ……2年生も殆どが経験者で、3年生になると半数以上が段持ちだ。大会なんかは勿論、練習試合や……それこそ紅白戦すら、基礎ができるまで出られないと思うぞ。それでも良いのか?」
桐野の言葉に剛は黙って頷く。
「何でまた……」
桐野の言葉に剛は目に強い光を湛えて答える。
「トーイチに行こうと思っているんだ。特技科」
その言葉に桐野はああ、と納得する。とは言え、名前こそ知ってたが桐野は剛が無個性であることまでは知らなかったのだが。
「模擬戦とか、戦闘訓練……場合によっては本当に妖魔との戦闘を行うことになる。だから、少しでも剣に……戦い方に慣れておきたいんだ」
「大丈夫か?生兵法は大怪我の基とも言うぞ」
翔が本気で心配して声を掛ける。
「トーイチの先生が生兵法の学生を戦場に出すことは無い、と信じたいな」
桐野はマネージャーなど居ないので2年生の部員に入部届を持ってくるように指示しながら、そう答える。
「で、明日から俺は一人で帰る事になるのね」
徒歩での帰り道、翔が口を尖らせながらぼやく。
「悪いな。でも……出来る事はやっておきたいんだ。あの……」
あの西新宿での惨劇と言いかけて、剛は止めた。当たり前である。剛と違って翔には前世の記憶など無いため、そんな事実は知る由もない。
「……あの吉祥寺みたいな事が、何時起こるか、分からないから……」
辛うじて言い換えて言葉を繋ぐ。
「まぁ、それは分かるけど……で、結局俺は一人で帰る事になるのね」
「翔もやってみればいいじゃないか、剣道」
「無茶言うなよ。母ちゃんにこれ以上無理させられねぇよ」
消防士であった父親を妖魔の襲撃で喪った翔は母子家庭だった。
それまで専業主婦だった翔の母親は、妖魔の出現を原因に相次いだ配偶者の死亡で未亡人となった女性を支援するために成立した、災害寡婦雇用特例法により正社員として登用されて仕事をしているが、あくまで一般職であり生活に余裕がある訳ではない。
「じゃ、翔はヒキニートやってて」
「そだねー、ゲームやってゴロゴロして。って、おいこらマジギレするぞ」
こう言うノリだから翔とは安心して話せる。剛は翔の存在を有難く思った。
「ふっ……ふふふっ……」
変わらない翔に安堵する剛。
「麩?麩か。いいなぁ。フーチャンプルなんて、チャンプルーで一番美味しいって言うからなー」
「何言ってんの?」
「あれ?剛ちゃんウチのばーちゃんのフーチャンプル食べた事無かったっけ?マースーが効いて、昆布出汁を麩が吸って、野菜の旨味と合わさってどんだけでもメシ食えるおかずだぞ」
「すまん何言ってるのかよく分からん」
「酷い!剛ちゃん酷いわ!アタシの事もう愛してないの?!」
「悪いが最初から愛は無いぞ」
与太話をしていると、翔とは家の方向が分かれる交差点に来ていた。
「じゃあ、明日」
「じゃあな」
「ただいまー」
「おかえり剛。今日は遅かったじゃないの、何かあったの?」
廊下のドアが開いていて、キッチンにいるであろう母親から声が掛かる。
剛は玄関で靴を脱ぎ、自分のスリッパに履き替えて廊下からリビングへ向かいながら母親に対して答える。
「うん、部活を見に行って……入部する事にしたんだ」
「あらあら、何の部活?将棋部とか書道部とかそう言うの?」
カバンを置いて、剛は詰襟の制服を脱ぎ左手に掛けるようにして持つ。
「違うよ。剣道部」
剛の答えに母親はやはり、あらあらまぁまぁと言うのであった。
第14話 『One Step』 PEARL




