第125話 最高到達点
剛はその日から天道を倒すための修練を始めた。
当たり前だが準備など何もできていない状況。その中で、剛は入間が製作したハルバードにバランスが一番近い折れた桜の枝を見付け、夕食後振るい始めた。
それを、前世までは1時間程度行っていたのを、2時間以上。更なる高みに辿り着かないと、天道を倒せないと、必死の思いで重い枝を振り続けた。
翌月に小遣いが入るとホームセンターで木材を買い込み、これまで使ってきたハルバードの重さに合わせて加工し、毎日それを限界まで振るい続けた。
(これでも……まだ足りない!天道を倒すには、もっと、もっと、もっと!このレベルじゃない!!)
剛はそれこそ、自身の修練が終わり風呂に入って自室に戻ったら、ベッドに倒れ込んで3秒後には眠るような日々を続けていた。
天道を倒すため。それこそ、1秒を惜しまず体が悲鳴を上げ続けるような過酷な試練を課し続けていた。
その年の4月8日――
剛達が5年生に上がって初めての登校日、即ち始業式の日。
式とそれに続く教室での自己紹介やクラス委員決めなどが終わった放課後、剛は翔を人気の少ない裏庭に引き連れて来ていた。
「お?アレか?男同士が拳で語り合うと言うヤツ」
剛はフッと笑うと、直ぐに真顔に戻り翔を真っ直ぐに見つめる。
「翔、国立東京第一高等学校附属中学校に行くぞ」
お、おう、と答えた翔は暫し思案した後、剛の言っている意味に気付く。
「え?俺もって事?」
「当然だよ。そのために、翔にも色々鍛えてもらうからな」
マジかよ……と言う顔をする翔に、剛が追い打ちをかける。
「道具は昨日の内に用意しておいた。今日は気持ちの整理付かないだろうから、明日から始めるぞ」
うへぇ、と言ったうんざり顔の翔だが、ある事に気付く。
「でもトーフに入るって、剛個性は……」
翔が剛を見遣ると、右手に緑の、左手に白の靄を発生させる剛が居た。
「え……2色持ち……?」
その言葉に剛は黙って頷いた。
翌日放課後から、剛と翔の特訓は始まった。
剛の住むマンションからも翔の家からも程近い本町さくら公園で、翔は木刀、剛は自作の木製ハルバードで素振りを始める。
100回の素振りを終えた翔は早くも地面にへたり込む。
「剛……コレ、マジでキツイわ……」
転生した1月からずっと続けていた剛は汗も殆どかいてない様子で翔に目線を向ける。
「大丈夫だよ。1か月もしたら慣れるから。じゃ、あと4セットやるよ」
「鬼かよ!!」
その翌日の水曜日は、週1日の特技訓練の日に当てていた。
幸いにして徒歩10分程の小金井公園にはSUAD指定の屋外修練場があり、特技を発動しても咎められることは無い。
「翔の個性は青だったよね。だとしたら……空気矢から試すのが良いんじゃないかな?」
まるでサッカーで言えばパスから練習すれば良いみたいな軽いノリで言われた翔は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「簡単に言ってくれるけどなぁ……特技発動なんてした事ねぇぞ」
その言葉に、剛は丁寧に説明をし始める。
「先ずは空気を圧縮して矢を作る事をイメージするんだ。飛ばすのはその後で全然問題ない」
言われて眉間に皺を寄せながら天を仰ぎ、翔は空気を圧縮するイメージと矢の形のイメージを膨らませる。
暫しイメージトレーニングをした翔は、剛の方を向いて頷く。
「んじゃ、やってみる」
右掌を前に突き出して、発露した青の法力に対して先程イメージした圧縮と成型を実現させる。
「薪、かな……?」
「薪……だな……」
発動させた何かは地面に落ちるが、矢の10倍位の太さで、鏃も何もない只の棒であった。
あからさまに落ち込む翔であったが、一方で剛はその成果に感心していた。
「いやぁ……取り敢えず棒状の物を発動できただけでも凄いよ」
その剛の声に胡乱な視線を送る翔。
「じゃあ、剛は何ができんのよ?」
そう言われて、右手を前に差し出して緑の法力を練り上げる。
〈岩石弾!〉
剛が特技を発動すると拳大の岩石2個が発生し、瞬く間に飛び去って行く。
「……ぅゎ……」
翔はどこからとも知れない声を上げるのが精一杯であった。
3か月もすると翔も大分様になって来ていた。
「じゃあ、今日からは型稽古を始めようか」
剛は具体的に説明をする。模擬戦のイメージではあるが、速度が半分どころか10分の1程度のゆっくりとした動きで、動きを確かめながら攻撃と防御を行う。
先ずは翔から攻撃を始めるが、今までは丁寧ながら素振りと言う勢いをつけた振り方をしていたため、まるで筋肉の使い方が違ってフルフルした動きになる。
「翔、力を入れ過ぎだ。もっと楽に」
そうやって、5分型稽古したら5分休憩して剛から翔にダメ出しが行われ、また5分型稽古をすると言うルーティンを繰り返していった。
「てかさぁ。剛っていつの間にそんな武器の使い方覚えたんだよ?」
至極真っ当な疑問である。今年の1月までは、解りやすく言えば鼻を穿りながら走り回っていたような間柄である。
それがいつの間にか、特技にしても格闘技にしても、素人レベルでは無い事を成し遂げている剛に、翔は違和感しか覚えなかった。
「んー……俺って、転生者だから」
剛は敢えて、翔も見ている異世界転生物をモチーフにお道化たように言う。
(転生じゃなくて、転生、なんだけどね……)
6年生になり、特技訓練を行ってきた翔に変化が訪れる。
「おぉ……おおおおおおおおおおおおおお!!」
翔の手から、青では無く白い靄が立ち上る。
「これが……白の個性の法力……」
その様子を見ていた剛は満足そうな顔で頷く。
「少なくとも、トーフ3年間の間にはもう1つ個性獲得してもらうぞ、翔」
(希美は……どうしているんだろう……)
あの日以来会っていない希美の事を、剛はぼんやりと考えていた。
トーイチで出会った15歳の時、トーフで出会った12歳の時とも違う、10歳の時の、まだあどけなさが残りながらも美術品のような美しさは損なわない希美の面影を剛は思い出していた。
(あと1年だ……あと1年で、また希美と肩を並べる事ができる……)
(剛は……強い。私が、ここで止まっていられない……!)
希美は警察署で行われている剣道教室を、小学生の部の週2日だけで飽き足らず、中学生の部を週2日参加していた。
最初は体格が違い過ぎて力負けしていた希美であったが、最近では往なし、躱し、受け流すと言う、体格が圧倒する相手でも戦える道筋を探っていた。
(きっと剛も……私以上に必死に鍛錬している……なら、私も!)
希美は上級生と戦い、全身痣だらけになりながらも、剛との約束の地へ向かうために自らを追い込んで行くのであった。
2023年の2月中旬――
既に剛と翔は昨日の学科試験を通過し、今日は実技試験の日であった。
第3格技室に剛と翔が移動すると、剛は凛とした姿でポニーテールを揺らす少女を見付けた。
「希美!」
ポニーテールの少女は、前回小学4年生で会った時に比べて少し大人びて、美しさを引き立てていた。
「剛……来たのね」
黙って頷いた剛は、希美を正面から見据える。
「俺はキミに会いに来た」
「私は貴方を待っていた」
二人の輝く目は、この先のどんな困難も乗り越えていく意思を湛えたものであった。
例え死しても、必ずまた巡り合う運命。
剛と希美にとっては、何度命を散らしても成し遂げなくてはならない目的が、合致してシンクロしていた。
「じゃあ、行くよ。覚悟はできてる?」
「はい。剛こそ、死んでも食らい付く覚悟はできてますか?」
二人は不敵な笑みを浮かべながら、実技試験の順番を待つのであった。
第125話 『最高到達点』 SEKAI NO OWARI




