第121話 FANTASTIC STORY
戸山公園箱根山地区に妖魔が出現してからの週明け月曜日の放課後――
希美は担任である御魂に職員室まで呼び出されていた。
「いやまぁ困りましたねぇ。別に私は怒ってる訳じゃあないんですよ。ただ、トーイチとは言え1年生の星野さんが妖魔に突っ込んでいって、万が一の事があったら大変ですからねぇ」
前に奈緒から言われた事を柔らかく言い換えられただけで、希美としては僅かばかりの納得すらできない言葉であった。
「……でも、生きてます……」
「死んで同じ事を言えますか?」
御魂は眼鏡のブリッジを押し上げると、ただでさえ細い眼を鋭く細め、かつて無い程の眼力で希美を視線で射殺す。
(一度……死んだのです……)
だが、それを口にする事はできない。誰も理解すらできない事象であるからである。
そして死んで何が起こったか……希美としては、無残としか言いようが無いこの現状。
自分は弱体化し、パートナーであるはずの剛もいない。
万全に戦える要素など一つも無かった。
前世において妖魔と戦う時は、いつも剛がいた。だが、現世では剛は姿すら見せない。
「だから、貴方はみんなを護るためにいつも無茶してたのね……」
希美は遠い過去のように思いながら、思わず口に出しながら呟くのであった……
(ふむ……星野さんは私にすら分からない、何かどこからか降って湧いたような、そういう感情があるようですね……)
今のところ御魂が今までに見た事が無い『サンプル』であった。
取って憑かれたような者はこれまでも御魂は何人も見て来た。
だがそれは単に狂気に触れて、誇大妄想を振り回す只の逝かれた人間ばかりであった。
だが、希美は違う。本能的に御魂は察した。
(何かの手掛かりになるかも知れないんですけどねぇ……困ったもんです……)
希美は続く東京大学駒場キャンパスでの特務実習でも目覚ましい――トーイチ生としては、であるが――活躍を見せた。
狭い空間を活かした細氷や広い目抜き通りでの隕石群など、最後は法力を使い果たして意識はあるものの両脇を抱えられて装甲輸送車に押し込まれる。
そんな戦いを見せる希美に対して、御魂は珍しく真剣な顔で思索を巡らせていた。
(何でしょうか、この彼女の『知っている』雰囲気……まるで時を渡って来たような……む、そんな幻想世界に私も毒されてるのでしょうか……)
戸山公園箱根山地区の後の希美の言葉。その後の希美の行動。そう言うのを体験すると、御魂としては彼女が特異点なのではと考え始めていた。
刻と言うのは誰にでも平等に、そして無常に過ぎていく。
気が付けば8月25日。都内の対妖魔特設高校の三校合同夏季特別講習が行われる日である。
それは即ち、前世において希美が天道に殺された日と言う事である。
(でも、剛も翔もいない……それに、私も前世に比べて話にならない程戦えない……兎に角、天道の攻撃を徹底的に凌いで、SUAD本隊が到着したらスイッチするしかない……)
これから起きるであろう天道との戦いをシミュレートしながら、希美は三校合同夏季特別講習の開会の挨拶と説明を聞いていた。
「……美……希美!」
奈緒の声で希美ははっと気付かされる。周りを見回すと既に説明は終わっていたようで、三校の生徒は座学講習を受講するために割り当てられた教室や格技室に向かっているところであった。
「あっ……ごめんなさい。少し考え事してました……」
俯きがちになる希美に咎めるような目を向けた奈緒は、教室への移動を促す。
「何あたしにその言い方?早く行くよ。あたし達が講習に遅刻って洒落にならないんだから」
座学講習は恙なく終わり、第1格技室に戻っての模擬戦が行われていた。
希美もトーニ・トーサンの特技科生徒と模擬戦を行うのだが、トーイチ3年生との模擬戦を繰り返して来た希美にとっては一方的で得る物が無い時間であった。
(こうしている間にも天道は……)
次の模擬戦まで控えている間に考える事は、この後発生するであろう西新宿の大厄災。
戸山公園箱根山地区の対妖魔警報発令時は、妖魔の出現数が300体であったから希美一人で何とか出来た――かなり無茶な事ではあったのだが――。だが、今度は少なく見積もっても10,000体の妖魔が出現し、更には天道まで存在する。
希美一人でどうにもならない事態に対し、希美は取り留めも無く考え込むのであった。
希美が5人目の相手――1年生では余りにも相手にならなかったため、トーニ3年生を相手にしたのだが――を15秒程で退け、待機場所で他の模擬戦を眺め、それらも終わりに近づいた頃――
≪対妖魔特別警報発令!!対妖魔特別警報発令!!妖魔出現場所は新宿区西新宿!推定妖魔出現数は8,000から10,000体!!東京第一高校の特技科生徒は特装具を着用、特装器所持の上、第1格技室に再集合せよ!!繰り返す!対妖魔特別警報発令!!対妖魔特別警報発令!!妖魔出現場所は新宿区西新宿!――≫
けたたましいサイレンと鬼気迫ったアナウンスを受けて、希美は奈緒と顔を見合わせてお互い無言で頷くと、直ぐに格技棟内のロッカールームに駆け出していく。
(8,000体から10,000体、って言ったわね……12,000体から15,000だったのが、減っている……)
特装具を装着しながら希美は先程のアナウンスを頭の中で振り替える。
だが減ったとは言え圧倒的な数の妖魔である事には変わりはなかった。
(兎に角混戦になる前に徹底的に数を減らさない事には……)
希美は特装器である長剣を掴むとロッカールームを出て再び第1格技室に向けて駆けて行くのであった。
第1格技室に再集合したトーイチ特技科生徒約460人は学年ごと、クラスごとに整列し、上級生から順次西新宿の街に駆け出して行く。
校外に出たトーイチ生は3年生・2年生は5人1組、1年生は10人1組となり、夥しい数の妖魔に当たり始める。
そんな中、希美は奈緒と2人1組で妖魔の集団に突入する。
〈飛翔斬!〉
希美は目に付いた小型妖魔の集団に向けて風の刃を放つと、10体程のゴブリンやコボルドが切り裂かれて塵となり消え去って行く。
〈火炎矢!〉
違う集団に向けて奈緒は特技を発動させると、15本程の炎の矢が妖魔に向かって放たれて周辺の妖魔を巻き込んで炎上して灰となり消し去って行く。
地道に妖魔を削って行くが、その数は10,000体近く。際限の無い作業のような妖魔との戦いを続ける事は、気力も体力も徐々に奪われる事になる。
希美はトロル数体を含む大集団を見付けると、特装器を天に掲げて赤の法力を込める。
〈隕石群!〉
西新宿の高層ビル群を包み込む空に10個を超える黒い点が発生して瞬く間に赫灼たる熱と光を放ち始めると、希美が特装器の長剣を振り下ろしたタイミングで音を超える速さで落下し始め、忽ちの内に地面に衝突すると周辺を爆熱と劫火と衝撃波が襲う。
爆心地と言える隕石落下地点に居た妖魔は熱に溶かされ、炎に焼かれ、暴風に吹き飛ばされ、200体以上が地上から消えていった。
その時。
西新宿駅直結の40階を超える高層ビルが、突如崩壊した。
その場にいる誰もが、何事が起ったのか、何者が成し得たのか……
圧倒的な破壊の[力]を、その禍々しい[圧力]を、そして近づけば……死。それ以外を感じることが出来ない、そんな理解不能な存在を何百人もが見とめていた。
だが、希美は違う。何者が、何を行ったか。確信を持って駆け寄って行く。
「――みぃつけたぁ」
そこに立っているのは、身長150センチにも満たない小柄な体に青みがかったショートボブの銀髪、白を基調としたロリータ風の衣装に身を纏い、真っ白にも見える顔に輝く金色の瞳は大きく見開かれてどこに焦点があるのか定かでない女――
「……天道光!!」
希美は特装器である長剣の柄を強く握り締め、天道に向けて突き刺すような視線を向けるのであった。
第121話 『FANTASTIC STORY』 BOØWY




