第120話 夢の途中
戸山公園箱根山地区にSUAD小隊が到着した時には既に妖魔の姿は全く見当たらず、代わりに特装具を身に纏い、特装器の長剣を携えて幽鬼の様の佇む一人の少女――希美の姿のみであった。
そしてその後背には日差しを受けた地面とは異質の熱を籠らせた赤黒く焼け爛れた地面。
小隊長をはじめとしたSUAD隊員は唖然として公園内を見回す。
最初に正気に戻った小隊長が気を取り直し、恐る恐ると言った様子で希美に近付いて行く。
「き……きみがやったのか……?警報が発令されて、我が隊が到着したのだが……妖魔の姿が……」
まだ混乱から抜け切れない30代前半くらいの小隊長は、何が起こったのかさっぱり理解できずに希美に尋ねる。
すると、希美は俯いた状態から僅かに顔を上げ、汗で濡れそぼった前髪の隙間から鋭い眼光を覗かせた。
「ひっ……」
まるで視線を浴びただけで殺されるような、そんな凶悪とも言える氷の刃のような視線を向けられた小隊長は軽く悲鳴を上げてしまう。
その小隊長に向けて希美は一歩踏み出すと、小隊長は喉を鳴らして唾を飲み込む。
「……全部……倒しました……」
そう言うと希美は前のめりに倒れ込み、意識を手放してしまう。
一瞬何が起こったのか頭が働かなかった小隊長であるが、妖魔を殲滅したと語った少女が倒れた事を理解すると声を張り上げる。
「おい!ストレッチャー急げ!それから国際医療センターに搬入連絡だ!!」
小隊長の大声による指示で我に返った隊員達は慌しく走り回り、希美をストレッチャーに乗せると装甲輸送車に搬入し、直ぐ近くにある国際医療センターに移送するのであった。
「……星野、希美……国立東京第一高等学校1年Aクラス、か……」
第2分隊長から希美の認識票を受け取った小隊長は、内容を確認して驚きを隠せなかった。
首から下げられていた認識票は女性隊員によって希美から外されて渡された物であるが、SUAD隊員とは異なる装備とまだあどけなさが残る顔立ちから対妖魔特設高校の生徒とは想定していたものの、まさか1年生であるとは予想だにしていなかったからである。
「噂の、3色持ち、でしょうか……?」
第2分隊長が疑問を口にすると小隊長は軽く頷く。
「恐らく、な……御魂三佐がご執心と聞く……」
その御魂は現世においても希美が居るトーイチ1年Aクラスの担任を務めていた。
「そうですね。星野さんにも困ったもんです」
顔を突き合わせていた小隊長と第2分隊長の前に、眼鏡を掛けた長身の優男がニコニコ顔で現れた。
「み、御魂三佐?!」
慌てて立ち上がり敬礼をする二人を手で制して、希美が居るであろう検査室の方を御魂は見遣る。
「やれやれ。ご執心な担任で過ごさせてもらえたら良かったんですが。困りましたねぇ」
希美はどこか良く分からない場所に立っていた。
見た事が有るような無いような。来た事が有るような無いような。懐かしいのか新鮮なのか。
「希美」
後ろから柔らかい声で呼ばれる。振り返るとそこに居たのは――
「剛!」
希美は思わず駆け寄って剛に抱き着く。
「今まで……今まで何処にいたのよ、剛……」
希美は溢れ出る涙を堪え切れないまま剛に尋ねる。
すると剛は優しく抱き返してくる。
「一緒にいたじゃないか。天道を倒した後も」
「えっ?!」
希美はその言葉を聞いて思わず間近にある剛の顔を見上げる。
見上げる希美に微笑みで返した剛は抱き締める腕に少しだけ力を加えると、それから希美の両腕を支えて体を離す。
「じゃあ、俺はやらなきゃいけない事があるから。また戻って来るからね」
一瞬言われた意味が分からず、希美はきょとんとした表情になる。
すると剛は軽く右手を挙げて、顔だけ残して踵を返して希美から歩み去る。
「じゃあね、希美」
「待って!待ってよ剛!!」
追い縋ろうとするがどれだけ足掻いても前に進む事ができない。
希美が追い縋ろうとする剛だが、一切振り向く事もなく遠ざかって行き、その後姿はどんどん小さくなっていく。
「剛!どこに行くのよ?!剛!!」
(またどこかで会おう)
その剛の声を聞いた瞬間、希美はベッドの上で跳ね起きた。
目に飛び込む光景を見て、自分がどこにいて何をしていたか……何よりなぜ、いつ、どうやって剛がここに来ていたのか。
今の希美には分からない事だらけであった。
コンコンコン、とドアが3回ノックされた。
だが、忘我する希美にはその音はただの音としてしか認識できず、ただ目を見開いて視界を滲ませる以外できなかった。
ガラっと扉が開くと同時に声が掛けられる。
「失礼するよ、星野さん」
身動ぎもせずベッドの上で滂沱し慟哭する希美を見て、御魂は言葉を失う。
「剛……剛……」
(ごう?……誰か人の名前でしょうか……しかし、トーイチでは聞かない名前ですね……)
それでも御魂は担任として言わなくてはならない。
「星野さん、今回は無事でしたから良かったですが、1年生の貴女が一人で警報発令した場所の妖魔に突っ込むなんて無茶以外の何物でもありませんよ?」
その言葉を聞いて希美は御魂にまるで殺意を込めたような目を向けた。
「剛がいたなら!あんなの!秒で終わらせてます!……それを……私一人だから……」
(今回の妖魔は300体程度と聞いている……それを秒で?……私ならできますが……それに匹敵する人物が居ると……?)
御魂は4個性持ちの現役SUAD最強――むしろ伝説級の隊員である。
その御魂に対して勝るとも劣らぬ、しかも学生特技士など終ぞ聞いたことが無い。
御魂は細い眼を更に細くして思考を巡らせるが、希美が言うバケモノ級の学生特技士には心当たりは全く無かった。
(そんな生徒がいるならとっくに私の情報網に掛かってるはずですし……星野さんが言ってるのは何の事でしょうか……)
希美が語る剛。御魂からすると夢物語のような、想像もできない存在でしか無かった。
「今日は一日経過観察だそうです。困りましたねぇ。ご家族が来てくださらないから、私が勝手に貴女の身の回り品を購入する訳にも行かないんですよ」
6月中旬の最も日の長い季節の太陽が陰り始めた頃、御魂は辞するために希美に語り掛けた。
「……別に……構いません……ご心配をおかけしました……申し訳ありません……」
希美のその言葉に御魂はへらへらと笑いながら手をひらひらと振る。
「まー心配はちょっとしましたが、迷惑って訳ではありませんから。取り敢えずは体を休めて、週明けからちゃんと学校に来てくださいね」
務めて明るく返す御魂だが、内心では希美の闇の深さを測りかねていた。
(剛と言う私のアンテナに掛かっていない人物、命を投げ出すような無謀な戦い……この人は何に影響されて、こう言う事をしでかしているんでしょうね……)
その夜、希美は悪夢を見た。
2027年8月25日――対妖魔特設高校の三校合同夏季特別講習が行われて、西新宿に対妖魔特別警報が発令され、天道と戦い、殺される日。
だが、そこには剛はおらず、希美と天道だけが戦っていた。
何度戦っても、どれだけ抗っても、希美は天道に討ち勝つ事ができず、命を散らす。
5回、10回、20回……死んではまた天道を前にして戦い、また殺される。
数える事64回。
天道に殺された後に、また天道と対峙した時。
隣にハルバードを掲げて立ち向かう人を見た。
誰よりも希美が焦がれて止まない、隣に並び立つ唯一無二の存在。
その顔を見た瞬間――
希美は溢れる涙を堪える事ができずに目を覚まし、その影を愛おしく心から追い求めた。
(剛……)
第120話 『夢の途中』 来生たかお




