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Limitless  作者: 神 賢一
第七章 A Place With No Name

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第119話 INNOCENT SORROW

 夏休みが明けた9月以降の妖魔の出現も、前世で希美が経験してきたものとは全く異なっていた。

 小金井公園の特別警報が発令されなかったのを皮切りに、その1週間後に警報、そこから3週間相手また警報。

 夏から秋、そして晩秋にかけて、前世と全く妖魔の出現タイミングが合わない事に、希美は困惑するしかなかった。



 珍しく、前世と同じタイミングの12月24日に青山霊園に妖魔が出現し、対妖魔警報――対妖魔特別警報ではなく――が発令され、特務実習を行った翌日。

 希美は放課後にトーイチ3年生を相手に模擬戦を行っていた。

 希美は自分より二回りも三回りも体格が優れた男性――青年と呼ぶにはまだ少し早い感じの男子高校生と、激しく剣を打ち合わせていた。


 体力……特に筋力で大幅に上回る相手に対し、希美は素早く回り込んで突きを入れたり、相手の剣裁きを見切って隙を突く――所謂いわゆる『後の先』を取ったり、圧倒とまでは行かないが相手を押し込む戦いを見せている。

 男子高校生もトーイチのそれもAクラスに所属している猛者――SUAD隊員にも引けを取らない強さを誇る――のはずなのだが、速度と緻密さで上回る希美の剣劇を何とか捌く事しかできず……懐に飛び込んだ希美の逆袈裟掛けの切り上げを辛うじて剣で受けるが……その手に強い痛みを感じると同時に、男子高校生が持っていた剣が宙を舞うのであった。

「……参った」

 男子高校生は腕の痺れに耐えながら、自らの負けを認める。


 希美はその後も三人のトーイチ3年生と模擬戦を行い、いずれも数十回の激しい打ち合いを制して勝利を収める。

 終わった後に格技棟の道場入口の上に掛かっている時計を見ると、午後五時を回ったところ。

 季節は冬、数日前が冬至で最も日が短いこの時期の午後五時は既に暗くなっている。

「よーし、この辺で終わりにするぞーー」

 監督していた教師の声で、今日の模擬戦は終了となる。


「星野、お疲れ!」

「あ、お疲れ様でした。模擬戦ありがとうございました」

 模擬戦を行った男子高校生から声を掛けられると、希美はお礼を言いながら頭を下げる。


 頭を上げた希美は格技棟を出て校門に向かうと、空の様子に気付く。

「あ……雪……」

 希美が空を見上げると、ちらほらと雪が舞い降りてくる。

 もはや日没を過ぎているため曇天は目に出来ないが、舞い降りてくる雪を見逃さないように。希美は暫しの間、天を仰ぐのであった……

(あの時……都庁南棟の展望台で見たのは、これだったのかしら……)

 希美は前世の記憶を取り戻す事で激しい寂寥感に襲われる。

(……貴方に……会いたいです……剛……)



 年が明け、4月――

 トーイチの入学式が行われる日に、希美は普段より早く家を出て、トーイチに足早に向かう。

(剛、そして翔……トーイチに……来てください)

 希美は昇降口を上がった掲示板に目を凝らす。トーイチ10クラスの中に求めている人がいるのかどうか……


(……いない……剛も、翔も……何でいないの……)


 現実を突きつけられて、希美はまたも暗い思いに打ちひしがれる。

 翔はまだしも、せめて剛がいてくれたら……希美の願いは虚しくも霧散する。

 その時、希美の肩に柔らかく手が乗せられる。

「希美、教室行くよ。1年Aクラスなんだから。貴女が新入生総代なんだから。胸を張って」

 その時希美は改めて気付く。奈緒には、前世の記憶が無いと言う事を。

 前世の記憶があるならば、良くも悪くも相性が良い翔の事を忘れているはずが無いはずだから。

 だが、今の奈緒は翔の事を僅かばかりでも覚えているようには思えなかった。

(剛……貴方が過ごしてきた世界って、こう言う耐える事ばかりなの……?!)



 希美がトーイチに進学して2か月が経過した。

 6月第2金曜日を迎えていた希美は、何度もやっている前世との照らし合わせを行っていた。

(明日は戸山公園に妖魔が出現する……特別警報って……それでもやらなくては……)

 そう考えたが、奈緒を誘う訳には行かない。何しろ、警報ではなく特別警報である。妖魔の数は記憶を辿れば2,000体――トーイチ生が一人二人で相手できる常識からすれば、10倍に達する。

 そんな中に奈緒を巻き込む事は、希美の良心が許さなかった。

(貴方だったらどうしたの……教えてよ……剛……)



 翌日6月12日土曜日、朝10時――

 希美は教務課に許可を取り、特装一式を持参して戸山公園箱根山地区に入った。

 表向きは特装具を装着した上での屋外修練と言う事になっている。

(これから30分程後に、対妖魔特別警報が発令される……無茶よ。修羅まで居たと言うのに、以前より弱くなってるし、剛もいない……どうやって戦うって言うの……)

 希美は専用の収納袋から特装具を取り出し、装着しながらこの後の事を想像する。

(でも、あそこにいる人達……一人でも多く妖魔から逃げられるようにしてあげないと……そう、知ってたのよね、剛は……)

 特装器を収納袋から取り出して右手に持つと、希美は人がいない場所に向かって歩いて行く。


 午前10時過ぎとは言え既に初夏の日差しが照り付ける戸山公園は人は疎らで、木陰で日差しを避けるように過ごしている人が殆どだった。

 そろそろ中天に差し掛かろうと言う太陽の日差しの下、希美は軽くストレッチを行った後、妖魔を仮想的とした型稽古を始める。

 公園にいる人達はSUADの活動などで見慣れているのか、あまり気に留めない人が多く、視線を送って来る人も比較的好意的に感じられる。

 そうやって特装器である長剣を振るい続ける事20分程――希美は周囲の違和感に気付き始める。

(この感覚……妖魔が出現しようとしているの……?!)


「皆さん!この場所から退避してください!妖魔出現の気配があります!近くの大学キャンパスまで行けば取り敢えず安全です!」

 希美はかつてない程の大きな声で一般人に退避を呼び掛ける。その声を聞いて驚く人もいれば、何をまた冗談言ってるのかと取り合わない人も。

 希美はそれでも公園を駆け廻りながら退避を呼びかけ続けると、背後に濃い気配を感じた。

 振り返るとそこにはサイクロプス3体を含む妖魔が出現していた。

(サイクロプス!でも……少ない、いや、300体は居るからそれなりに多いけど、これは特別警報級じゃない)

 希美は妖魔出現場所に民間人の姿が無い事を確認すると特装器を掲げて法力を込め、特技を発動する。



 〈隕石(meteor)(swarm)!!〉



 突如として妖魔の上空30m付近に10個程の黒い点が現れると、瞬時に赤く燃え盛って光と熱を放ち始める。

 掲げた長剣を希美が振り下ろすと、音を超える速さで燃え盛る隕石群は落下して地面に衝突し、激しい熱と衝撃波を放って轟音が辺りを襲う。

 3体のサイクロプスを含む妖魔の群れの中心部は隕石そのものに穿たれ、その熱で燃え上がり、衝撃波で吹き飛ばされる。

 希美はその爆心地と言える隕石群で燃え上り灰と化す妖魔の群れに駆け寄り、討ち漏らした半数程――約150体の小型妖魔を中心とした幾つかの群れを殲滅するために特装器を振るい始める。


 10分程経ち、殆どの妖魔を討伐し終えた希美は疲労困憊となっていた。

 ≪対妖魔警報発令!対妖魔警報発令!妖魔出現場所は新宿区戸山!近隣に居る方は直ちに安全な場所に避難してください!!繰り返します!対妖魔警報発令!……≫

(もう……殆ど居ないけど……)

 隕石群の熱がまだ燻る戸山公園内で、その熱さも影響して滝のように流れる額の汗を乱暴に拭いながら、希美は僅かばかりの逃げ惑う小型妖魔に近寄ると長剣を振るい、残党を討ち倒していくのであった……

第119話 『INNOCENT SORROW』 abingdon boys school

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