第117話 あんなに一緒だったのに
吉祥寺の惨劇から1週間後――2024年4月7日。
トーフ3年生のクラス表を見て希美は崩れ落ちそうな程に愕然としていた。
Aクラスどころか、Dクラス、Eクラスを見ても、本田翔と……神野剛の名前はどこにも無かった。
(何で……何で剛がいないの……?……翔もだけど……前と……何が、違うの……?!)
希美からしたら、学食行くにしても模擬戦するにしても、いるのが当たり前だった二人。
転生――翔が言っていた死に戻りで1年半程前に戻ってきたら、その二人は希美の前から姿を消していたのである。
(それに特装器も入間さんに製作してもらった物ではない……あれも剛が言い出したから実現したのだったわ……その剛の痕跡が、見付からない……)
更に言うと、希美と奈緒の立場は簡易特技士であった。前世ではトーフ2年の春に簡易特技士に、同年夏に特技士に昇格していたのだが、現世ではこの4月から簡易特技士として妖魔討伐が漸く認められたと言うのであった。
全てが、剛が隣にいた時と異なっている。
それに、模擬戦をやってみて改めて実感した事がある。剛達と一緒に鍛錬してきた前世では、トーフ2年の夏にはトーイチ3年Aクラスのトップである平沢達と互角以上の戦いを演じられてきたのだが、現世ではトーイチ3年Aクラスの生徒に容易く勝てないと言う事であった。
特技にしても、特装器の違いを差し引いても威力が明らかに落ちていた。前世で入間の製作した特装器を使って火炎矢を発動させると100本程の炎の矢が発生していたが、今は30本程度……入間の特装器の増幅率が5倍である事を差し引いても、本来なら特装器を使用すれば50本は発生させられなくては辻褄が合わないのだが、全くその数値に届いていなかった。
授業中、希美は桂が座っている座席の一つ後ろ、岸野が座っている座席を眺めていた。
(本当ならそこに貴方がいるはずなのに……)
希美は3年以上一緒に過ごして来た剛の幻影を追い求めるが、それはあくまでも幻影に過ぎず、そこに剛が現れる事はなかった。
(……何で……何で、貴方がいないの……剛……)
希美は知らぬ内に頬を濡らしていた……
特務実習が始まった。
前世では2年の夏からは特技士となり最前線で討伐してきた妖魔達であったが、今の希美の立場は簡易特技士。
住民の避難誘導や設備の警護が主となり、どうしても危険な場合を除いて妖魔の討伐は行う事ができない。
そして何より、隣には奈緒しかいない。
剛も、翔もおらず、闊歩する妖魔の群れに突入する事も出来ずに面映ゆい思いに囚われるのであった。
4月も下旬となり、週明け月曜日の放課後。
希美はいつものように格技棟に向かおうとして、はたと気付く。
(……一体、誰と模擬戦すると言うの……)
奈緒なら恐らく頼めば相手してくれるであろう。
だが、最も実力が伯仲し、お互いの手筋を理解し合っていた剛は、どこにもいない。
(私と……一緒にいてくれるって、言ったじゃないの……どこにいるの?!剛!!)
まだ数名の生徒が残っているトーフ3年Aクラスの教室で、希美は強烈な喪失感で膝から崩れ落ちる。
失意の中、他にやる事も無く漠然とした気持ちで第7格技室に足を運んだ希美は長剣を片手に辺りを見回し、空いたスペースを見付けて歩き始める。
「星野じゃないか。相手いないのか?」
不意に声を掛けられた方を見ると、伊達と富澤が両手剣を手に立っていた。
「伊達さん……それに富澤さん」
「あれ?俺らそんなに有名だったっけ?」
富澤に顔を向けて伊達が尋ねる。
「悪い意味で有名なんじゃね?顔が怖いとか」
二人の遣り取りに少しだけ心が軽くなり、希美は笑みを浮かべる。
「お二人は本当に仲が良いですね」
希美から言われて伊達と富澤はお互いに顔を見合わせる。
「まあ……悪くは無いかな」
「そうだなぁ……小学校から8年間一緒にいられるくらいには、だな」
そんな二人の表情に希美はクスっと笑う。
「じゃあ、そんなお二人にお願いがあります。お時間がありましたらお手合わせ願えませんか」
希美は伊達の重い一撃を受け流すと長剣を翻して袈裟斬りを見舞うが、伊達は半身に引いて躱すと一文字に両手剣を振るい、希美が受けて反動を利用して間合いを取る。
(違う……思った程体が動いてくれない……)
伊達と互角の勝負を見せる希美であったが、前世では一度も負けた事が無い伊達を相手に勝ち筋を見出す事ができなかった。
(くっ……こんなはずじゃ……!)
思うように剣を捌けていない焦りから希美は強引に突きを繰り出すが、伊達に下から掬うように跳ね上げられると首筋に剣先を突き付けられる。
「……参り、ました……」
肩を落とす希美に、二人の模擬戦を眺めていた富澤が歩み寄って声を掛ける。
「星野、調子が悪いなら無理するなよ。俺ならまた今度で大丈夫だから」
富澤の言葉に伊達も頷く。
「星野、お前は充分に強いんだ。トーフ生の内に俺ら3年Aクラスと渡り合える事が凄いんだよ」
「何か抱え込んでるのかも知れんが、俺達で力になれる事があったら言ってくれよな」
二人の優しさに触れ、希美は自然と涙が溢れてくるのを堪える事ができなかった。
(何だか、あれ以来泣いてばかりだわ……)
中野坂上の自室のベッドの上に、希美は俯せに倒れ込んでいた。
転生――1年半前に記憶はそのままに戻されて、またトーフ3年生を繰り返しているのだが、前世とあまりに状況が違い過ぎて希美は全く気持ちが追い付いていなかった。
奈緒も……何か全然態度が違うし……まるで別人を相手にしているみたい……)
剛と翔がいないからだろうか。奈緒の戯た言動は影を潜め、普通の、言うならば真面目な女子中学生然としていた。
(これから……私はどうなるんだろう……)
前世の記憶を辿るなら、妖魔を討伐しながらトーイチに進学し――脱走した天道に命を奪われる。
だが、その時の記憶には剛と言うパートナーが隣にいた。その時点で今の状況とは大きく異なり、前世の記憶がどれだけ役に立つのか……場合によっては全く役に立たない可能性すら否定できなかった。
(剛……貴方は今どこで何をしているの……?)
ゴールデンウィークに本格的に入る直前――
「希美、ちょっといい?」
帰宅の準備をしていると奈緒が話し掛けてきた。
「どうしたの?」
希美は椅子から立ち上がりながら奈緒の顔を見て返事する。
「明日だけど、井の頭公園行ってみない?この間ウチに来た時は特別警報出ちゃったから、全然見て回れなかったでしょ?」
奈緒が言う通り、前回吉祥寺に行ったのは対妖魔特別警報が発令された日――今の希美には発令されたタイミングは記憶が無いのだが――。
天道を捕らえるだけで精一杯で、その後は奈緒の家に戻った後帰宅したため、井の頭公園は吉祥寺北口との往復で通過しただけでしか無かった。
どうせ予定も無いし、偶には息抜きも良いかと思い、少し意地悪い顔をして頷く。
「良いですよ。それってデートかしら?」
すると奈緒は怪訝な顔をして返す。
「女の子同士でデートって余り言わなくないんじゃない?」
奈緒の返答に希美は内心軽く驚く。
(以前……前世だったら直ぐにデートって口にしていたのに、どうなってるのかしら……)
翌日の約束を取り決めた希美は昇降口で奈緒と別れると、東通りから新宿警察署前で青梅街道に入り、東京メトロ西新宿駅を過ぎたあたりから続く成子坂を下って自宅に向かう。
正面にはあと1時間程で地平に沈む夕日が朱を纏いながら輝いていた。
(……こう言う光景も、一緒に見たんだったわね……)
その掛け替えの無い剛との時間を想い出し、希美は知らぬ間に涙を流していた。
(3年半近く……いつも、どこでも……あんなに一緒だったのに……)
希美は西新宿の雑踏の中、その場にしゃがみ込んで泣き崩れるのであった――
第117話 『あんなに一緒だったのに』 See-Saw




