第116話 その時 彼女は………
― 人類個体識別番号 281474976710656、転生を開始します。 ―
落命したはずの星野希美の頭なのか心なのか、不思議と言うより理解不明な謎の声が響く。
― 初回につき記憶領域を signed char で確保……成功しました。 ―
― 記憶領域を0で初期化し、increment します……成功しました。 ―
希美にとっては呪文にしか思えない意味不明な言葉が次々と流れ込んでくる。流れ込んでくるのだが、何が起こっているのかまるで理解できない。
(てんしょう……そう言ったわね……天正?天象?点鐘?……まって!まさか……転生?!)
希美に流れてくる謎の声は次々と「何か」をやっているのだが、五感を失っている希美には見ることも触ることも聞くことも……謎の声は聞こえているようだが、聴力で聞いているのかどうかすら判然としない。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
数秒だったのかもしれない。逆に数時間、数日経っているのかもしれないが、希美にはそれを知るすべがなかった。
すると何度目かの謎の声が響き渡る。
― 転生準備完了。人類個体識別番号 281474976710656、出生名『星野希美』の転生を実行します。 ―
― 出生名『星野希美』の転生に成功しました。転生を終了します。 ―
謎の声のアナウンスが終わると、突如湧き上がる肌を焼くような灼熱と鼻腔を強く刺激するきな臭さを希美は感じ始めた。
目には明るさ……いや、まだ瞼を閉じているのだろうか、赤い世界が広がっているのを視力が感じ取る。
(まさか……本当に転生――死に戻りが起きたって言うの……?)
希美は自分の身に生じた謎の現象に疑問を感じながら、瞼を開いて視界にその世界を捉える。
(……ここはっ?!)
希美の視界に飛び込んできたのは、業火と爆発、ビルの崩壊と言う大災害。
渦巻く炎の熱さとそれにより巻き起こる轟轟たる熱風。
その厄災を引き落としている妖魔が我が物顔で町を蹂躙し、破壊の限りを尽くしている。
死んだはずのあの場所に酷似している場所に、希美は再び放り出されていた。
(状況!……違う!西新宿じゃない。ここは……吉祥寺?!)
希美は直ぐに周辺と自身の状況を把握しようとする。ここがトーフ2年生最後の日に訪れた吉祥寺であれば、手には入間製作の特装器があり、何より剛と奈緒と翔が一緒に戦っている。
だが、希美は直ぐに違和感に気付く。
(この特装器……違う!入間さんが製作したやつじゃない!!)
迷っている暇はない。既に妖魔は吉祥寺駅北口から続く路上で暴虐の限りを尽くし、人の命が奪われているのだ。
希美は特装器を構えて法力を込め、特技を発動させる。
〈飛翔斬!〉
希美が放った空気の刃は低く地を這うような軌道で、小型妖魔であるゴブリンやコボルドを十体程纏めて切り裂く。
「えっ?」
記憶では、飛翔斬を発動させれば小型妖魔なら数十体を纏めて始末できたはずであった。
だが、十体程しか倒せていない。
(何で……こんなに威力が弱いの?!)
忌々し気な顔で妖魔の群れを睨み付けると、希美は再び特装器を構えて法力を込める。
〈火炎矢!〉
特装器である長剣を水平に振ると、炎の矢が発生して妖魔に向かって亜音速で飛び交う。その数――15本。
(特装器が入間さんが制作した物じゃないにしても……有り得ない……鍛えてきたはずなのに……剛達と鍛えてきたのに!)
それでも希美は妖魔の群れの中を駆け回り、何十体もの妖魔を倒したその時、妖魔の群れの中から一人の女が歩み出る。
身長150センチにも満たない小柄な体に青みがかったショートボブの銀髪、白を基調としたロリータ風の衣装に身を纏い、真っ白にも見える顔に輝く金色の瞳は大きく見開かれてどこに焦点があるのか定かでない。
「……天道光……くっ!!」
「覚えて頂いて光栄だよ、星野希美チャン。でも、もっとゆーーーーーっくり遊ばせてよぉ」
「戯るな!!」
〈炎刃!!〉
希美は特技を発動させて天道に駆け寄りながら長剣を振るう。
だが剣先から伸びる炎は3m程度で、天道が居る場所に届かず地面を焦がすだけであった。
「ふーん。なーかなか面白いことしちゃうのねぇーー」
〈破砕光球〉
言いながら天道がメイスを振るうと今度は野球のボールほどの大きさの光球が生まれ、希美に向かって音を超える速さで向かっていく。
希美は辛うじて特装器で受け止めるが、その衝撃で5m程弾き飛ばされる。
だが、希美は転がりながらも深淵の監獄を発動させるため、左手を地面に着いて法力を込めた後に天道に向かって駆けて行く。
天道と打ち合う希美は転がされながらも、何度も左手を地面に着いては法力を纏わせ、捕らえる準備をする。
そして、そのタイミングが来る。
「あははははぁっ!何度も同じ攻撃ばかりで、アタシを倒せると思っちゃってるの?!」
突進してきた希美の長剣を軽くメイスで往なした天道は、追い打ちとばかりにメイスを横薙ぎに振るう。
自らに襲い掛かるメイスを希美は体を捻じって長剣で受け止めるが、天道に向かって突進していた勢いと合わさって殴り飛ばされ、路上に叩きつけられて数メートル背中を擦りつかせる。
「がっ……!」
希美の口から数条の鮮血が迸る。
修羅として人間との圧倒的な力の違いを見せつけた天道は、希美の命を刈り取るべくゆっくりと歩を進め、体勢を変えて四つん這いのような状態の希美に近づいていく。
一歩、二歩……そして三歩目を天道が踏み出した時、両手を……正しくは右手を地面に着けた状態の希美の目が煌めき、その口から声が発せられた。
〈深淵の監獄〉
天道の周り――正しくは天道を中心に四ケ所――に黒い渦が巻き上がり、その渦が高さ3m程の黒い柱に変化する。
その黒い柱を繋ぐように水平の糸が多数――20cmほどの間隔で――発生して、天道の周りを瞬く間に覆う。
天井とも言える上部も同じような黒い水平の糸が張り巡らされ、人外の修羅を捉える[檻]が完成する。
「なぁに、コレ?……こんなのでアタシが捉えられるとでも……〈神の光弾〉!!」
天道が構えるメイスの先端に真っ白な光球が発生し、その大きさが両手で掴むより大きく――バレーボールほどに――成長したタイミングで、天道は前方に向かってメイスを突き出し、神々しい光球をその身を囲う檻に向けて放つ。
天道が放った光球は檻にぶつかると同時に目が眩むほどの光の爆裂となり、檻に穴を穿った……かのように見えた。
だが、天道を囲う檻はその光の爆裂の威力を受け止めると、天道に向かってその爆裂を弾き返す。
その時初めて天道は驚愕の表情を浮かべる。
「なぁっ?!」
天道は自らが振るった特技の威力を自らの体で体感することとなる。直撃を受けた天道は己の圧倒的な力を己自身で受け止め、そのまま檻の反対側に激しく叩きつけられることとなった。
「……ふっ……ふふふっ……やって、くれるじゃないのぉ……くくっ」
自らの高威力の特技を受けてロリータ風の服はボロボロになった状態の天道は陽炎が揺らめくように立ち上がる。
相も変わらず、狂気の笑みを浮かべながら。
その時駅側から10名ほどの男性が駆け寄ってくる。
防護服から見て、SUAD――防衛省妖魔対策特別部隊――の隊員である。
希美はそれを捨て置き、走り始めた。
「剛!剛はどこ?!翔!奈緒!どこなの?!」
「希美!……どうしたの?!」
妖魔の体液で侵食されたハンマーを抱えて、奈緒が姿を現す。
「ああ……奈緒、良かった……それで、剛と翔は?」
希美の質問に奈緒は眉根を寄せる。
「ごうとかける、って……ごめん、希美。言ってる事が分かんない」
その奈緒の反応に希美は驚きの表情を崩せなかった。
「な……何冗談言ってるの……?翔だよ、本田翔……それに、神野剛だよ……いつも一緒にいたでしょう?」
その言葉に奈緒は悲し気に目を伏せて首を数回振る。
「希美、貴女が何を言ってるかあたしには良く分かんないよ……」
そして奈緒は希美の顔を見据える。
「知ってる限り、トーフに神野剛も本田翔も、そんな人いないよ」
(何で……剛が居ないの……?!)
第116話 『その時 彼女は………』 鮎川麻弥




