第115話 道化の涙
― 人類個体識別番号 281474976710655、転生を開始します。 ―
勝てなかった……それどころか……希美を護る事すらできなかった……
― 記憶領域をincrement します……成功しました。 ―
ここまでやってきたのに……自分どころか、希美すら護れない……無理だ……
― 転生準備完了。人類個体識別番号 281474976710655、出生名『神野剛』の転生を実行します。 ―
もう……無理なんだ……足掻いても……足掻いたところで……
― 出生名『神野剛』の転生に成功しました。転生を終了します。 ―
俺は……何も変えられなかった……!!!
意識と身体を取り戻した剛は、自分が居る場所が2022年1月15日の、小金井市立第五小学校の校庭である事すら気付く事は無かった。
ただ、転生して新たに人生をやり直す事だけは理解していた。
(無駄なのに……希美を、助けられないのに……)
剛は膝から崩れ落ちて、両手で顔を覆い静かに慟哭する。
校庭に急に突っ伏した剛の異変に、翔が駆け寄って来る。
「おい、剛!剛!どうしたしっかりしろ、剛!!……ごめんお前ら、恵姉ちゃん呼んで来るから剛見ててくれ!!」
翔と恵に両脇を抱えられながら、剛は自宅マンションに辿り着く……むしろ連行された、と言う方が正しい程の憔悴しきった状態で自宅に足を運ぶ。
「翔、何があったの……?」
「いや……俺にも分かんねぇっすよ。突然こういう状態で……」
恵は大きく溜め息を吐く。知ってる限りであれば、剛は多少の苦難は何とも無いとばかりに軽く乗り越えて来ていたのを知っていた。
だが、今の剛は恵の目から見ても、まるで魂をどこかに置き忘れて来たかのような、明らかにおかしい状態であるのは感じ取れた。
(俺は……何で、ここに居るんだ……)
剛は出口が見えない深い闇の思考に落ち込んでいた。
(生きてる意味って……何だよ……俺が、転生する……意味って……誰か……誰か、教えてくれよ!!)
剛はベッドに腰掛けながら、顔を覆って静かに、だが激しく慟哭する。
(何も……結局は……変える事ができない……自己満足でしか無かった……アレに……)
その瞬間、剛は背筋が凍る感触を覚える。
(アレは……ダメだ。ダメ、なんだ……勝って……アレに勝って……どうやればできるのさ……無理だ……無理だろ……)
「剛は……どうしたんだ……?」
父親の豊が恵に問い掛けるが、問い掛けられた恵もただ首を振るしかできない。
「翔が言うにはね……いきなり崩れ落ちて泣くだけ、だって言うのよ……正直、分かんない……」
嘆息する豊と恵を見て、母親の雫は笑みを浮かべて近寄って来る。
「あらあらまぁまぁ。剛ちゃんが困ってるのでしたら、家族は見守るのが一番でしょう?あらあら?剛ちゃんがどうしたいのか聞いてないですわねぇ。まぁまぁ」
(何で……何で、希美だけでも……)
剛の思考は無限ループ状態に陥っていた。
答えなど無い。
それでも答えを見付けようとして、剛は一つの事に気付く。
(俺が……希美に、関わらなければ……少なくとも、俺の知らない世界に……)
(だって……俺が、隣に居なければ……)
居なければ?
どうなる?
(希美が生き延びる事が……)
どうやって?
(知らないよ!!でも!俺と!居たら!天道と戦わなきゃならないだろ!!)
諦めるんですか、神野剛。
(誰だよ、お前は?!もう……無理だって……何度も言ってるだろ!!希美を……助けられないのに……俺に、何ができるって言うんだ……)
じゃあ尋こう。
お前は星野希美が居なくて、ここまでやれたのか?
(そんな訳無い。希美を、護るために。これまで生きて来た)
では、星野希美は何のために生きて来た?
(そんなの……俺が……俺が教えて欲しいよ!!)
週明けの月曜日――
凍て付くような寒さの中、翔は剛が住んでいるマンションのエントランス前に来ていた。
少し待っていると、ランドセルを背負った恵がマンションから出てくる。
「……翔?」
「恵姉ちゃん……その……剛、は……?」
翔の問い掛けに恵は首を振る。
「今日は難しいかも……朝ご飯にも……と言うか、一昨日あれからずっと部屋に籠りっぱなしで、ご飯もろくに食べてないし……」
翔は親友の苦境に心を痛める。父親を亡くし、荒んだ気持ちで小金井にやって来た翔を受け入れてくれた剛は翔にとって恩人とも言える存在であった。
「……何があったのか……それも……?」
翔の問い掛けに恵は今度は頷く。
「会話にならないの……のぞみが、のぞみがってそればっかりで……」
「のぞみ……?」
前世の記憶を持たない二人にとって、剛が言うのぞみが何なのか当然ながら理解できず、剛の今の苦境を分かってやる事ができなかった。
一週間学校を休んだ剛は、その翌週から漸く顔を見せるようになった。
だが、誰の目から見ても憔悴として塞ぎ込んだ状態なのは明らかだった。
マンションのエントランス前で待っていた翔は剛の姿を見止めるとゆっくりと近付いて来る。
「……行こうぜ、剛」
「……ああ……」
皺枯れた声。
この時翔は、剛が小学4年の同級生――10歳であるとは信じられなかった。
それこそ何もかも見て来て、絶望の淵に立たされている老人の声にしか聞こえなかった……
『もっと面白い事したいのにぃーーーーーー!!違う事したいのにぃーーーーーー!!……同じ事ばかりじゃ詰まんないィィィィィィィィィーーー!!』
『だからぁーー。違う事、始めましょおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!!』
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
文字通り、剛は悪夢を見た。
剛を絶望に追い込んだ――前世で剛と希美を抹消した、天道と言う存在。
「剛!剛!どうしたの?!何があったの?!」
悲鳴を聞きつけた恵が剛の部屋に飛び込んで来て照明を点け、しゃがみ込んでベッドの上にいる剛の両腕を掴んで正面から見据える。
ただ、意志とは無関係に止め処無く溢れ出る涙でその姿は朧気にしか見る事ができなかった。
「……希美……希美……」
剛は身を折り声を押し殺して滂沱するのであった……
(のぞみ……希望と言う意味じゃ無さそうだわ……他の意味……あ。名前?いたわよね……アイドルでものぞみって名前の子……知り合いの女の子の名前って事……?)
泣きながら眠った剛を険しい顔で眺めた後、恵は自分の部屋に戻って考えていた。
ただ、話が繋がらない。翔達と遊んでいて突如、と言う事を恵は聞いていた。
そもそもダンスィ的な10歳の小学生男子である。何かの理由で絶望するように想いを寄せた相手がいたとは考えにくかった。
(まるでイタコとか霊媒師みたいに、魂が突如振って来たみたいな……どちらかって言うと剛が好きそうなファンタジーの世界だわ……)
かなり正解に近付いた恵であったが、余りにも非現実的過ぎてその答えを手放してしまうのであった。
2年後の2024年4月――
剛は小金井市立小金井第三中学校に進学した。
当然である。無個性である剛は国立東京第一高等学校附属中学校――トーフに入学できる訳でもなく、だからと言って特に高い学力を求めて私立中学に進むとか考える訳でも無く、当たり前のように小金井三中に進学したのであった。
だが、あれ以来塞ぎ込んだままで、朝食を食べたら学校に行って、帰宅したら宿題を済ませ、入浴して夕食を食べたら寝る、と言う、何もしない日々を送り続けていた。
そして時折悪夢に魘されては滂沱し、絶望の淵に舞い戻る。
あの日以来、剛の笑顔を見た者は一人もいなくなっていた……
第115話 『道化の涙』 UP-BEAT




