第110話 Nostalgia
想定していたのにも拘わらず、天道光は令和島収容所から脱走した。
これまでの100回以上の転生で自身と、希美の命を奪った天道が世に放たれた事を剛はこれまでにない程忌々しく思い、剛の宿敵とも言える存在である天道が市井に紛れ込んだ事を希美は酷く恨めしく感じていた。
だが、考えている内に剛は一つの事実に気付く。
(収容所に居たのでは天道を討ち果たす事は不可能……そう考えると、逆に好機なのかも知れない……)
収容所に収監されていると言う事は、ジュネーブ条約の延長で俘虜として取り扱われていると言う事である。当たり前の事ながら、そのような立場の者を殺害すると言う事は国際条約違反であり、日本においても許される事では無かった。
だが、いかなる手段であれ収容所から出たのであれば、修羅は討伐対象となる。
ましてや今回は収容所襲撃による脱走と言う手段である。重警戒対象修羅である天道は、見付け次第討伐して何ら問題は無かった。
これを好機と言わずに何と言うか、剛には他に考えられなかった。
そこから先の妖魔出現は、今の剛や希美にとっては余儀でしか無かった。
嘗ての人生で剛と希美は2人スコードロンと呼ばれた事があったが、現世では翔、奈緒は1人スコードロン、剛や希美に至っては大隊を現す1人バタリオンと陰では称されていた。
このため新宿御苑の特務実習からは3年生を差し置いて、剛達4人が搭乗した装甲輸送車を最優先に現場に出発させる事となり、同乗した桂や1年Aクラスの生徒は飛んだとばっちりを受ける羽目となる。
だが、ここで意外にも桂の指揮能力が開花し、剛達4人を除いた6人集団での妖魔との戦いにおいて桂の適切な指示の下、残りのメンバーは苦慮しながらも妖魔討伐の功績を上げる事となった。
夏休みも2週間近く過ぎ、8月に入って東京大学駒場キャンパスでの特務実習の翌日。
いつものように剛達が格技棟に向かい、第8格技室に入ると待ち構えていた桂に捕まる。
「君達のおかげで、僕は大変な目に合わされてるよ。人外と一緒に戦わされるなんて、1年生の身分からしたら地獄の窯に放り込まれたようなものだよ」
そう言いつつ、桂はニヤニヤと笑っている。
「悪いな。だが、それについて来れる桂も大概だぞ」
剛が苦笑で返すと、桂はニヤニヤから肩唇を吊り上げるようにニヤッと笑みを浮かべる。
「まあ、生ける伝説を間近で目にしてるからね。僕もその戦いを目に焼き付けて少しでも向上しないと、だね」
そんな桂の言葉に剛はふっと息を漏らして一瞬笑みを浮かべるが、直ぐに真顔になって桂に向き直る。
「今まではそうかも知れないが……次も大変とかそう言う言葉で済むとは限らないぞ」
剛の言葉を受けて桂も真顔になり、剛に向かって挑発する。
「なら、学生特技士ナンバーワンの君の実力を、僕に見せつけてくれないか。手合わせと言う手段で」
桂との模擬戦を始めて、剛は辟易としていた。真っ当な剣士でありながら、速さだけでなく力強さも持ち合わせており、内に入り込まれると避けるのがやっとの斬撃を繰り出してくる。
それもその筈で、剛は後に知るのだが桂は小学6年生の時に地区大会で優勝しており、都大会でも準決勝まで進んだ実績を持ってトーフに入学してきた実力者であった。
だが、それも徐々に慣れてくる。剣遣いは希美や翔とこれまで3年以上模擬戦を続けて来ており、徐々に桂の太刀筋を見極めていた。
そして桂が袈裟斬りを放つ直前に、一瞬剛の右側を見たのを逃さなかった。
(本命は……左逆袈裟か!)
剛は特装器であるハルバードを振るい、自身の右側から掬い上げるように振るうと桂の木刀を捕らえて跳ね飛ばす。
「ははっ、やっぱ神野くんは凄いや。追い付くどころかどんどん離されていくよ」
あっけらかんとした表情で桂は負けを認める。そう言ったところが、剛が桂を認めている理由でもあった。
「そう言う割には序盤押し込んでたじゃないか」
苦笑交じりに剛が言うと、桂は肩を竦める。
「大事なのは結果、でしょう?そこの執念がまだまだ僕には足りてないよ」
その言葉に剛は軽く首を振る。桂の実力は既に3年Aクラスの中位に匹敵しており、3年Cクラスが相手だったら恐らく9割以上の勝率に到達すると見込んでいた。
「終わったかー」
桂との模擬戦が終わったのを見て翔が声を掛けてくる。
「ああ、僕の完敗だ。神野くんは凄いね」
そう言われて翔は何故か誇らしくなる。
「せやろ、せやろ。彼ぴっぴは強いんやで~~」
「お前がドヤんな」
宛ら自分の手柄のようにドヤ顔で桂に自慢した奈緒は、お約束のように翔に軽いチョップを頭に食らう。
死んだーー!責任取れーー!と独りで喚く奈緒を尻目に、翔が桂に近付いてから話し掛ける。
「剛ちゃんともそれだけ戦えるなら、俺とも面白い勝負できるんじゃねぇか?やろうぜ」
その言葉に桂は苦笑いで返す。
「待ってくれよ。神野くんと戦ったばかりで僕はヘトヘトだよ。少し休憩させてもらうよ」
さもありなん、と言う事で、桂を休憩させて先ずは模擬戦を剛と希美、翔と奈緒と言ういつもの組合せで行う。
その間も、休憩と言いながら桂は二組の戦い……特に剛と希美の戦いを注視して、どこが自分と違う、と言うよりは違い過ぎる異次元の戦いを見て、何を吸収すれば良いのかを考え続けるのであった。
8月も中旬を過ぎたあたり。
トーフ時代はあれほど断っていた桂が、剛達4人と積極的に模擬戦を行う事で飛躍的に技術が向上している事を、周りの1年Aクラスの生徒達も薄々と感じていた。
既に模擬戦では、剛達4人を除くとトーイチ1年生では桂に勝てる者がいなくなっていたからである。それどころか、3年生でも桂に勝てるのはAクラスの数人程度。
剛は今回の転生で桂と付き合ってきて、想いを深くしていた。
(桂には……生き伸びて欲しいな……)
これまで自身と、それ以上に希美が生き延びる世界線を望んでいた剛だが、こうやって自身に関わる相手にもそう言う気持ちを持ち始めていた。
卒業した平沢達や伊達・富澤と言った先輩達にも同じような気持ちを持っていたのだが、トーフ時代を含めて同級生たちと余り関わって来ておらず、そう言う意味では同窓相手に対してと言うのは今まで無かった感傷と言えた。
桂を含め、剛達と模擬戦を行った相手がどんどん戦技を磨く。
戦技を磨いた者達が、剛達とは渡り合えなくても向上心を持った相手と対戦して底上げをしていく。
底上げされた者たちに触発されて、これまでゴブリンやコボルドがやっとだった者達もオークくらいを一人で相手できるレベルに到達する。
3年前4年前から比べると、1学年以上レベルが上がっている状況――2年生でも2年以上前に卒業した当時の平沢達と互角に立ち会えるような、そんな技量を身に付けていた。
何に触発されたのかは分からないが、この日は桐野が桂と手合わせを何度も行っており、お互いに研鑽をしているのが見て取れた。
(こうやってみんなのレベルが上がれば、死ななくて済む奴らは増えるし……何よりも天道と対峙する時に周りを気にしなくて済む……それは本当にありがたい……)
都内に存在する対妖魔特設高校の三校合同夏季特別講習まであと一週間。
それは即ち、西新宿に対妖魔特別警報が発令される――天道が現れていよいよ剛と希美にとって文字通り生き残りを賭けた決戦が行われる日まで、あと一週間と言う事である。
剛は迫り来るその日に向けて、そして宿敵である天道との決戦に向けて、更に技を磨き上げ、秘策を練り続けるのであった。
第110話 『Nostalgia』 浜田麻里




