第11話 ASH
夏休みは日々過ぎていく。
学校からの課題をこなしたり、プールに行って涼んだり、遊びに行ったと思ったら俄かに雷雨に見舞われたりと、色々体験した剛達であった。
そして夏休みもあと1週間程で終わりとなる8月下旬、東京の対妖魔特設校三校合同の夏季特別講習がトーイチで行われる。
特装科や特技科でなく普通科に通う剛であったが、年に1回行われるという夏季特別講習は必須参加となっており、剛はJR中央線で武蔵小金井駅から新宿駅へと向かっていた。
(荻窪で降りて丸ノ内線に乗り換えた方が、西新宿駅で降りてすぐだから近いんだけどなぁ……)
トーイチは東京都庁のすぐ近くにあるので最寄り駅としては東京メトロ西新宿駅……ではなく、都営地下鉄大江戸線の都庁前駅だが、大江戸線に乗り換える場合東中野駅での乗り継ぎとなり、中央線ではなく各駅停車の総武線に乗り換える必要があるため、かえって面倒臭い事になる。
そしてどちらに乗り換えるにしても鉄道会社が異なるため、それぞれに初乗り運賃が必要となり、結果としてJR一本で新宿駅に向かうより5割増し程の金額がかかる。
そのため剛は新宿駅まで中央線一本で向かい、西口から地下通路を辿って都庁方面――そしてトーイチに向かう事にしている。
(……あれっ……?)
剛は何か、引っかかる物を感じ取った。
(1週間後は9月1日……始業式だ。その一週間前って……)
そうして思い当たる。今日が8月25日――《《2027年8月25日》》である事に。
そして今向かっている場所がトーイチ――西新宿である事に。
剛は不意に眩暈に襲われたような感覚を覚えた。
前世、と呼べる1回目の2027年8月25日に西新宿で、過去最大級とされる妖魔の大群出現と、それに伴う高層ビル街の崩落、そして――天道光と言う修羅によって、剛は命を絶たれている。
千を超える妖魔の大群、燃え盛る西新宿高層街、凶悪な笑みを浮かべる天道の顔、そしてその天道の一撃により命を奪われた時の焼けるような激痛――それらがフラッシュバックしたのだった。
望んでと言う訳ではないにしても、自ら死地に向かっているのではないのか……剛はそう考えると体が震えだし、暑さが原因とは異なる嫌な汗をかいていた。
電車のちょっとした揺れが、大地震のように揺れて感じる……むしろ、剛にととっては生きると言う地盤そのものが揺れて犯されているような、そんな感覚でしかなかった。
剛にとって幸いだったのは、電車は東中野駅を通過して大久保駅に差し掛かろうとしていた……下車する新宿駅までは1分程度で到着する状況だったことであろう。
≪新宿。新宿。お降りのお客様はお忘れ物が無いようご注意ください。新宿――≫
新宿駅8番線ホームに到着した電車のドアが開くと、剛は速足で階段を降りると目の前に見えるトイレに駆け込んだ。
「うっ……ぷはっ……ぐぇぇ……げほっげほっ……」
口の中は胃酸が駆け上がり、剛は咽ながらトイレの洗面台にその苦みを吐き出す。
洗面台の自動水栓に手を伸ばして出てきた水を掌で受け、口に含んで濯ぐと嗚咽を我慢しながら流しに吐き出す。
正面にある鏡に目をやると、真青な――死相とでも言うべき――剛自身の顔が映っていた。
(はっ……ははは……既に死んだような顔してるじゃないか……これから死ぬかも知れないってのに……)
自嘲しながら洗面台を離れると、剛は覚束ない足取りで中央西口改札を出てトーイチに向かうのであった……
「剛、剛!大丈夫か?!」
顔を上げると翔が眉根を潜めて見下ろしていた。
何とかトーイチの校庭まで辿り着いたが、傍から見たら息も絶え絶えと言う感じ這ゝの体でやって来た剛は周りから傷病者のように見られていたのだが、それに気づく余裕すらなく辛うじて翔の顔を観止めて安堵する。
だが、安堵していられない。剛は過去の――前世であった事を思い出し、翔に縋りつく。
「翔!これ終わったらすぐ帰るぞ!!」
長年の付き合いである翔もこんな必死迫った剛は見たことが無かった。
「お…おう……久しぶりの新宿だから遊びたかったが……その様子だと、帰った方が……いい、よ、な?」
今までに見たことが無い、鬼気迫った剛の顔を観て、翔は剛の言葉に頷く。
「……行事、こなせるか?」
「無理なら……そこらで倒れてるから、気にしないでくれ……」
やべぇ。翔はそう思い、剛の片腕を自分の肩に乗せ、とりあえずは行事を済ませるためにトーイチの総合舎に向かうのであった。
「剛ちゃん、剛ちゃん……」
肩を叩かれ、剛は意識を取り戻す。最初の講義はスクリーンを使った妖魔に対する講義だったのだが、座っていたのが幸いなのか不幸だったのか、剛は座ったまま《《落ちた》》のである。
幸いにして剛のその状況に気付いたのは翔であった。
既に講義は終わっており、出席していた生徒たちは次の講義のために席から立ち上がり、講堂を後にしている。
「無理だろ。保健室行くか?」
流石は翔、と剛は安堵するが、その視界を横切る女性に気付く。
「いや……まだ……っ?!星野……」
剛の目の前数メートル先を歩く希美を見かけた剛だったが、そこまでが限界で翔の腕の中で意識は闇へと落ちていくのであった……
(……ん……こ、こは……)
意識を取り戻した剛の視界に入るのは白い天井。
そこが保健室とか医務室とか、要は傷病者が運び込まれる学校内の施設である事を剛はぼんやりと理解する。
(翔……だよ、な……あとで謝っておかないと……)
白濁とした意識の中で、辛うじて最後の光景を思い出し、誰に助けられたかを思い浮かべる。
そしてベッドから立ち上がりこう言う部屋独特の……病室的なカーテンを開けると、時計が目に入る。
「えっ?!」
学校行事なので8時半頃から開始だったのを記憶している。
座学講座は1時間程度だったので、開会の挨拶を含めても10時ごろには終わってるはずだった。
だが、剛が見た時計は……全ての講座が終わる12時半を指していた。
(や……ヤバイ……この時間って事は……早く、メトロで良いから新宿から離れないと……)
剛の額には冷や汗が……それこそ滝のように、止め処なく流れ続けていた。
その時であった――
けたたましいサイレン音に続き、スピーカーから聞こえてきたのは切羽詰まった――いや、鬼気迫ったと言えるような大きな声のアナウンス。
≪対妖魔特別警報発令!!対妖魔特別警報発令!!妖魔出現場所は新宿区西新宿!推定妖魔出現数は8,000から10,000体!!東京第一高校の特技科生徒は特装具を着用、特装器所持の上、第1格技室に再集合せよ!!繰り返す!対妖魔特別警報発令!!対妖魔特別警報発令!!妖魔出現場所は新宿区西新宿!――≫
剛にとって最も恐れていた事……2027年8月25日の西新宿に妖魔の大群と、修羅である天道光が現れると言う悪夢としか言いようが無い絶望的な状況……それが遂に起きてしまった。
前世では時間があると言う事で翔と西新宿の街並みを物色していたのだが、今回はそんな事せずに妖魔が現れる前に帰宅の途に就くつもりが、間に合わなかったのだ。
剛は急いで荷物を纏めて保健室を出ると、教師や職員と言った大人も今日の合同講習に来ていた生徒達も、事態の収拾のために……中には自らの命を守るために……駆け回っているのが目に入った。
「……翔!!翔!!!どこだ、翔!!!」
保健室を出た剛は廊下を走りながら大声で翔を探すが、サイレンにアナウンス、走り回っている人達の怒号や悲鳴にかき消される。
気付くと剛はトーイチの総合舎から外に出ており――そして、西新宿高層ビル群の炎上と崩壊を目の当たりにするのであった。
(……西新宿が……世界が燃え上がっている……!!!)
第11話 『ASH』 LiSA




