第108話 Real Face
週明け月曜日――
土曜日の戸山公園箱根山地区での特務実習の噂は、昼頃には既にトーイチ特技科全体に行き渡っていた。
(噂千里を走る、か……)
昼休みの学食に来た剛達4人は様々な――好奇、嫌悪、畏怖――そう言った視線に晒されているのをひしひしと感じていた。
「剛ちゃんと希美はまた派手にやらかしたみたいだな」
4人掛けテーブルに座って昼食を取り始めると、翔が眉を顰めて二人に視線を投げ掛ける。
「何か箱根山が噴火したーって話聞いたよ~。彼ぴっぴ何やったの~~?」
奈緒は嬉々とした表情で剛にテーブル越しに詰め寄る。
剛は希美と顔を見合わせると、希美は軽く首を振る。諦めたとばかりに剛は溜め息を吐いて翔と奈緒の問い掛けに答える。
「いつも通り、特技を発動して妖魔と修羅を討伐しただけだよ」
「それをだけって言えるのが彼ぴっぴよねぇ~」
「っつーか、特別警報が発令されたって聞いたけど、やっぱ修羅も出現したのかよ……」
翔は呆れ顔になる。トーフ入学以降、剛が倒した修羅は2体目で、普通はSUAD隊員でも一生掛けても1体も討伐する機会が訪れない者が大多数である。
「持ってるねぇ~彼ぴっぴ♪」
ニヨニヨ顔の奈緒が煽って来ると、剛は憮然とした顔をする。
「これっぽっちも嬉しく無いよ」
「成程な……初手の隕石群を防ぐって時点で理解の範疇超えるが、剛の火炎旋風や希美の法力吸引まで効かないって、そりゃ厄介な修羅だったな」
剛と希美から土曜日の妖魔、そして修羅との戦いの推移を聞いた翔が難しい顔をして剛達に応える。
「ああ、上からもダメ、横からもダメ。そうすると下からしか無いと思ったんだよ」
「で、火口炎か。そりゃ山頂からマグマ噴き出したら火山の噴火に見えるのも当然だな」
翔の言葉を聞いた奈緒は何か気になって顎に指を当てて暫く考え、思い付いたかのように言う。
「その場所から動けないんだったら土剣山でも良かったんじゃないの?」
「……あ」
言われてみるとその通りである事を剛は理解する。
火口炎で山頂部分に溜まったマグマは山頂から山麓へと流れ出し、希美の細氷で冷やし固める事で被害が拡大するのを防いだが、土剣山であればそのような二次被害に繋がるような事はそもそも起きなかった。
「ホント彼ぴっぴったらド派手に燃やすの好きよねぇ~~」
「そう言うお前は直ぐに爆裂使いたがるじゃねぇか」
翔に突っ込まれた奈緒はムキーと言った様子でテーブル越しに翔に詰め寄るが、二人の遣り取りを横目に希美は剛に向かって真顔で見据える。
「でも、確実に討伐すると考えたら火口炎で良かったと私は思うわ。結果として二次被害は食い止められましたから」
そう言ってもらって剛は安堵し、無言で希美に頷いた。
学食から教室に戻る際、希美は剛の横に並んで声を掛ける。
「本当はあそこまでの規模ではなかった、と言う事で合ってますか?」
希美の言葉に剛は一瞬眉を顰めるが、ふっと息を吐いて軽く首を振る。
「そもそもの話だけど、警報では無く特別警報の頻度がこんなに高いって、異常だと思わないか?」
これまで都内の対妖魔特別警報は2、3年に1回程度であり、今年は土曜日の戸山公園が初めてであったが、昨年は吉祥寺、北の丸公園、小金井公園と3回も発令されていた。
「妖魔教の動きが活性化している、と?」
その言葉にも剛は首を横に振る。
「妖魔教、か……SUADが血眼になっても正体を掴めない謎の存在……本当に存在するのかすら疑わしいし、仮に存在していたとして、何をどう考えてこの先何をするのか、俺には想像も付かないけどな……」
神聖妖魔至上教――略称、妖魔教と呼ばれている集団は、実しやかに語られるもののその実態を知る物は少なくとも一般の市井の中にはいない。
妖魔、そして修羅の存在から紡ぎ上げられた空想上の存在とも言われており、人々が妖魔に怯えるその蔭が作り出した幻想のようなものである。
だが、その幻想のようなものでありながらSUADは実在を確信していた。
それが修羅による妖魔の統率であり、修羅同士の連携を見せた行動である。
何らかの組織に所属していないのであれば、修羅同士が連携・連動を見せる事は困難であるとSUADは考えており、実際に複数体の修羅により包囲作戦などが行われた経緯も存在しているため、『妖魔教』と呼ばれる団体が実在するかはさて置き、それに類する過激派組織は存在していると考えるのが正しかった。
「だけど、そう言う組織が存在するとしたら……陽動作戦と言う事も今後起きるかもしれない」
「陽動作戦?」
剛の推測に対して希美は疑問の声を上げ、剛は顎に手を当てて考えて次の言葉を探す。
「例えば……どこかに妖魔や修羅を出現させてSUADの目を向けさせておいて、時間差で本命となる別の拠点を襲撃する、とか」
希美は驚愕に目を見開いて剛の顔を見る。
「別の拠点……防衛省SUAD本部、とか……?」
その言葉に剛は軽く頷くと険しい顔で希美を見詰める。
「それか……令和島収容所」
その可能性を示唆されて希美は息を飲んだ。
令和島収容所――東京湾の埋め立て地である令和島に位置するその施設には、昨年の吉祥寺の災禍において希美が捕らえた天道光が収容されている。
その天道が世に放たれたら……東京がどのような災禍に見舞われるか、想像するだけでも悍ましい事態と感じた希美は背筋が凍り付くような感覚に襲われる。
「それは……一体いつに……」
既に教室に戻る足を止め、剛と希美は向かい合った状態で神妙な面持ちで話をしていた。
「はっきりとは分からないが……可能性が高いのは、次の妖魔出現のタイミングだと思う」
(前世までの通りなら、杉並区大宮……和田濠公園近くに妖魔が出現した時に、天道が収容所から逃走するはず……)
予鈴が鳴り、現実に引き戻された剛と希美は教室への廊下を足早に進むのであった。
「修羅収容所の襲撃の可能性、ですか?それは困りましたねぇ」
放課後になり、模擬戦を行う前に剛と希美は職員室にいる御魂を訪ねて昼食後の教室へ戻る時に話した内容を伝えると、御魂は相変わらず眼鏡の奥のニコニコ顔を崩さずに応じる。
「まあ、収容所はSUAD小隊が分隊単位でシフトを組んで警備していますから早々は陥落するとは思えないですが、油断は禁物ですからねぇ」
意見があっさり通った事に二人は軽く驚きを見せる。
「良いんですか?単なる学生の思い付きに過ぎないかも知れませんよ?」
剛から言われて御魂は眼鏡のブリッジを人差し指で軽く押してから、改めてニコニコ顔を剛に向ける。
「神野くんと星野さんの二人が気にして口にした事ですから、起こる可能性が充分ある、と言う事だと思いますよ。ま、起きなければこれ幸いですけどねぇ」
「で、令和島って俺ら行けんの?」
第9格技室でも模擬戦を遣っている宛ら、翔が剛に声を掛ける。
相変わらずどっかんどっかんとハンマーを振り下ろす奈緒に対して、希美が華麗に避けて剣戟を見舞うが、3年一緒にやって来ただけあって奈緒も希美の剣筋を見極めて避けながらハンマーを振るっていた。
「令和島自体は道路が繋がってるから入れると思う。ただ……収容所は城塞みたいな感じ……だった気がする。て言うか、俺も見た事無いし」
(そこに天道が捕らえられてる……堅牢なはずの収容所からどうやって逃げ出したのか……)
「剛、事が起こる前から気を張ってたら、持ちませんよ」
剛に向けて、模擬戦を終えた希美が微笑みかける。
剛にとって、ずっと眺めていたい美しい笑顔を見せながら、希美は剛に対して言葉を紡ぐ。
「貴方の顔は負けを認めていませんよ。その顔、その表情が、私達の希望なんです」
第108話 『Real Face』 KAT-TUN




