第107話 負けない心
円状に灼熱に覆われている箱根山頂に対して、剛は右から、希美は左から麓に群がる妖魔の討伐に奔る。
目の前のコボルドやゴブリンを剛は剛力斬で纏めて蹴散らすと、その奥にいるトロル数体に向かい特装器を掲げて法力を纏わせた。
〈岩石弾!〉
銃弾程の大きさの石が200個程発生し、マシンガンの連射のように放たれるとトロルとその周囲にいる小型妖魔を次々と穿ち、塵のように消し去って行く。
箱根山頂をチラっと見ると灼熱から逃れようと修羅の特技で保護された地帯から外に駆け出そうとした妖魔が、高熱を保った地面に触れた瞬間に炎上して灰になる様子が見えた。
(この状況じゃ中に閉じ込められているだけでも熱さで消耗しそうだな)
直ぐに意識を麓の妖魔に戻すと、先程からその大きさで目立っているサイクロプスに目標を絞る。
〈土剣山!〉
サイクロプスを中心に半径15mの範囲に長さ5mの針が突如として生え、50体を超える妖魔を串刺しにする。
範囲外にいて討ち漏らした妖魔に素早く駆け寄ると剛はハルバードの斧頭でオークの首を狩り、柄でゴブリンを弾き飛ばし、穂先でコボルドを串刺しにする。
すると箱根山の山麓を半周したのか、向かい側から炎を纏った剣戟が見えてきた。
「希美!こちら側は大体倒し終わった!そっちはどうだ?!」
「こちら側も終わりです、剛!」
幼稚園の裏側で合流した剛と希美は、まだ修羅と複数の妖魔が健在の箱根山頂を睨む。
〈飛翔斬!〉
希美が得意とする風の刃を山頂に向けて放つが、修羅が掌を向けると半径5m程の黒い円が発生して風の刃は衝突し防がれる。
「ならば!」
〈火炎旋風!〉
剛が特装器を閃かせると山頂付近に炎が発生して渦を巻き始めるが、修羅が手を大きく振ると渦巻き始めた火炎が散らされて上空に巻き上げられる。
その状況を忌々し気な目線で見上げていた希美が特装器を掲げると、黒の法力を纏わせ始めた。
〈法力吸引〉
すると修羅は両手を上に掲げてからしゃがみながら両手を下すと、黒いドームが発生する。
「これも防がれた?!」
これまで希美の法力吸引は強制的に妖魔から法力を奪い取り、ランクDまでの妖魔であればそれだけで絶命して消滅する威力を持っていたが、今度の修羅はその特技さえも封殺する力を持っている。
入間の手により更に強化された特装器をもってしても、その特技を防ぐ修羅の存在は嘗て無い程に厄介な存在であった。
剛と希美が修羅に手を拱いている間に、剛が放った隕石群により熱せられていた地面が徐々に冷め始め、このままでは修羅が山頂から降りてくるのも時間の問題となっていた。
「じゃあ、そこに閉じ籠っている内に終わらせてやる!」
剛は特装器を箱根山頂に向けて掲げると法力を込めて特技を発動する。
〈火口炎!!〉
特技が発動すると同時に箱根山頂から直径1mのマグマが高さ10mまで激しく噴き上がり、宛ら箱根山が噴火する火山と化した様相を見せる。
箱根山頂付近に留まっていた妖魔が、そして修羅がそのマグマを浴びて狂ったように激しく暴れ回り、中には山頂から燃え上がりながら転がり落ちてくる妖魔もいたが、すぐに燃え尽きて灰と消えていく。
修羅は何とか特技で飛び散るマグマを防ごうとするが、足元に溜まり続けるマグマの熱によって足から燃え上がり、仰向けに倒れてその体を苛烈な熱により溶かされていく。
〈細氷〉
箱根山頂の妖魔、そして修羅が全て消え去った事を確認した希美は、山頂から流れ落ちてくるマグマを止めるために極寒の冷気を山頂付近に纏わせると、マグマは急速に冷やされて流れを止め、火山岩と姿を変えていった。
極寒の冷気により氷結した空気中の水蒸気はマグマの熱を奪うと昇華して再び水蒸気に戻り不可視の存在となる。
(水蒸気爆発は……起きないのだな……)
剛はトーイチを目指す以前に読んでいたライトノベルなどでの間違った知識で状況を観察していた。水蒸気爆発は密閉空間や一定量の水が存在する場所で発生するもので、希美が放った細氷のようにごく少量が広範囲で、かつ開放空間で気化した場合には起こりえない現象であった。
とは言え、何らかの理由で水蒸気爆発が発生したら二次被害として周辺に影響を及ぼしかねないため、剛が懸念するのも強ち間違いではなかったのだが。
まだ蒸気を立ち昇らせている火山岩に覆われた箱根山頂付近に剛と希美が足を運ぶと、急速に冷やされて非常に小さな煌めきを含む岩石がゴロゴロと転がっていた。
あれほど抵抗した修羅もどこにも痕跡すら残っておらず、焼けて焦げ臭い臭いのみが風に流されて徐々に薄れていく。
山頂から半径15m程は生えていた木々も焼失しており、思いもかけず見晴らしが良くなっていて、遠くの路上に装甲輸送車が到着してSUAD隊員やトーイチ生が配置に就いているのを目にする事ができた。
戸山公園箱根山地区での妖魔討伐も残党狩りの状況となった事で、希美は何故剛が今日と言う日を気に掛けていたかを改めて理解する。
(ここに妖魔が出現する事を剛は知っていたのね……でも、特別警報と聞いて驚いていた……どう言う事?……本来なら警報級の、もっと妖魔が少ない規模、だったのかしら……)
山頂の状況確認を終えた剛と希美は箱根山を降りて御魂が向かった北側に進む途中で、希美は剛の横顔を伺いながら考えていた。
道路を挟んだ公園の北側地域も既に妖魔は姿を消しており、所々に焼け焦げた跡や地面の陥没などが見て取れる事から、御魂の遠慮無く特技を発動しまくった事が見受けられた。
既に終わった状況と言う事で後から駆け付けたトーイチ生も気を緩めて口が軽くなっていた。
「おい、さっきのアレ見たか?箱根山の噴火」
「え?何だそれ?そんな事あったのかよ」
「って言うか、箱根山って火山だったのかよ。恐えよ都心のど真ん中に火山なんて」
「んな訳ねーだろ。こんな所に火山あったら徳川家康も駿府に逃げ帰ってるよ」
「アレだよ。特技だろ、1年生の神野……」
そう言ったところで名前を挙げた剛の姿を確認すると、トーイチ生は急に無言になって剛の視界から遠ざかって行く。
(まあ……今更でしか無いが……)
平沢達は1年程前に、伊達や富澤、井上と言った面子も今年3月にトーイチを卒業しており、ある程度剛や希美と互角に渡り合える生徒は翔と奈緒を除くと今のトーイチには存在していない。
それどころか御魂を除くトーイチの格技担当教官ですら、現役SUAD隊員でありながら今の剛と希美には敵わないと見られている。
このためトーイチ内で剛達4人に気安く話し掛けるような者は、担任である御魂と特装を製作してくれた入間、それと何故か剛に対して気を許している桂くらいしかおらず、畏敬どころか不可触な存在とされているのを剛は肌で感じていた。
「剛」
想いに耽っていると後ろから声を掛けられ、振り向くと心配そうな顔をした希美の姿。
希美にとっては自分がそうであったように、今となっては剛も同じように避けられる存在となってしまっている事を、これで良かったのかと思い悩んでいた。
だが、それは嘗て剛自身が決意した事――バケモノと呼ばれても希美の隣で戦うと言うその誓いを胸に、剛はこれまで何度も約1年半の人生を繰り返してきており、現世ではここまで5年半程をその誓いを守るために過ごして来た。
そしてその事自体に剛は何の迷いも、悔いも無く、ただ天道を討ち果たして希美と共に生き延びる。その事だけを目指してこの場に立っているのであった。
剛は希美に一歩近寄り、柔らかい笑みを浮かべて見詰める。
「帰ろう、希美。一緒に」
第107話 『負けない心』 AAA




