第104話 君の鼓動は君にしか鳴らせない
たい焼き屋の前で奈緒を回収した後、4人は2列になってサンモールの中を5分程歩き、最初の目当ての中野ブロードウェイの入口に到着していた。
その間も奈緒と翔はいつも通りの言い合い――傍から見たら掛け合い漫才みたいな事――を続けていた。
中野ブロードウェイに入ると入口にジャンク屋があり、直ぐ先は左右どちらも洋菓子店。パソコンやスマホなどの買取・販売の店やゲームセンターに洋服などのファッションや化粧品などの店、奥にはドラッグストアや市販菓子の量販店まで見えてくる。
1階を一周近く周り、地下1階へのエスカレーターで降りると鮮魚店や青果店、中華・アジア食材の店など食品関連の店が軒を連ね、奥に向かうとここにもドラッグストアがあり、更に100円均一ショップなどが存在していた。
剛達は気になる店があると中に入り、商品を手に取ったり実際に気に入った物を買ったり、2階、3階、4階と移動してどんどんディープになって行く中野ブロードウェイの雰囲気を満喫するのであった。
(何か、あの頃が懐かしいな……)
暦の上では遠い過去どころか、前世などで来た時に比べて4日前倒しと言う不思議な状況でありながら、何十回と約1年半の転生を繰り返して来た剛からすると何十年も昔のように感じていた。
初めてトーイチに入学した時は余りにもぎこちない関係――剛の最初の挨拶がほぼ全ての原因ではあったが――だったのが、中学から3年以上の時間を一緒に過ごす事で、自宅とは違うもう一つの家族のような、そんな仲間達と過ごしている時間がとても愛しく、掛け替えの無い物となっていた。
中野ブロードウェイを反対側から抜けた4人はふれあいロードから駅の方に戻り、遠く微かに駅が見え始めた頃に左手の路地に佇む、奈緒が予約していた古民家バルと言った風情の店に入る。
ランチ営業では無く通常の営業のため、夫々メニューを見ながらスマホで二次元バーコードを読み取って注文する。
「奈緒も良くこんな店知ってたな」
翔がリフォームは行われているものの古民家の太い梁などが剥き出しの店内を見回して感心したように言うと、奈緒はふふんと自慢げな顔をする。
「ここはお父さんが何回か来た事あって、雰囲気も凄く良いし料理もとても美味しかったって言ってたから、一度来てみたかったんだよね~~」
そうこう言っているうちに次々と料理が運ばれてくる。2種類のピザは全員で取り分けて、それとは別に翔と奈緒は和牛のロースト、剛と希美は本マグロの刺身を注文していた。
「こんな贅沢、しちゃって良いのかしら……」
出てきた料理を前に希美が不安げに言うが、剛は安心させるように笑みを浮かべて応える。
「今日は母さんがね、中学・高校と学費も備品代も掛からなかったから、それ用に貯めておいた分を少しなら良いだろうって、用立ててくれたんだよ」
へぇ、と翔が声を上げる。どちらかと言うと天然ふわふわ系に見える剛の母親であったが、そう言うしっかりした面がちゃんとあると言うのは少し意外であった。
そして希美は剛の言葉を聞いて安堵の笑みを浮かべる。
「やはり剛のお母さんは素敵な方ですね。良い家族だと思うわ」
その言葉に奈緒が家族になっちゃえなっちゃえ!と無責任にはしゃぎ立てる。
賑やかで穏やかな雰囲気の中、4人は食事を進めるのであった。
昼食を終わらせた4人は中野駅のガードを潜って南口側に移動し、文化センターを目指していた。
JRの車両基地の真南に位置する文化センターはプラネタリウムを有しており、午後2時から本日1回目の投影が行われる事になっている。
予定時刻の15分前に到着した剛達4人は4階までエレベーターで昇ると、チケットを購入してからプラネタリウムの中に入って座席に並んで座った。
やがて定刻になり、館内の照明が落ちて暗くなると解説員のアナウンスが始まり、徐々にドームに星々が浮かび上がる。
戦いに明け暮れて来た、まだ15歳……剛だけは16歳になったが、入間の言葉では無いが少年少女にとって、吸い込まれそうな星々の瞬く光景を見ると殺伐とした討伐の日々を忘れさせてくれる。そう言う、見た事も無い美しい光景が眼前に広がっていた。
「……凄いな……」
「……凄い、です、ね……」
隣り合って座っている剛と希美が心からの感想を述べあう。
映画館のような暗さの中――剛も希美も映画館には殆ど行かないのだが――物語では無い星々の逸話……解説員の言葉が心地よく入って来て、視界から得られる煌めく悠久の刻を二人は感じていた。
幻想的な光景を目にして、意図せず剛と希美はお互いの手を握り合う。
この時間を慈しむように、二人は幻想的な光景にこの時間だけは没頭するのであった。
「あぁ~~~♪凄かった~~~♪」
「いや感想雑いだろ」
翔が突っ込んだものの、剛にしても希美にしても、それ以上の語彙で語れる感触は無かった。
「来て良かったですね」
仰ぎ見るように笑顔を見せる希美に、剛はドキッとさせられてあらぬ方向を見て頬を掻く。
「ああ……凄く良い時間過ごせたよな……」
(真ん中バースデーか……奈緒が言ってくれたけど、こう言うのも悪くないかな……)
満足そうな笑みを浮かべて隣に佇む希美の顔を見て、剛はそう思うのであった。
「ねぇねぇ彼ぴっぴ」
珍しく奈緒が剛の袖を引いて声を掛けてくる。その反応に剛は、ん?と奈緒の方を見遣る。
「希美んみんと楽しく過ごせた?」
その問い掛けに剛は少し考えて、笑みを浮かべて答える。
「希美も含めて、みんなと楽しく過ごせたよ。奈緒のおかげかな」
剛の答えを受けた奈緒は、普段とは違う愁いを帯びた表情を見せる。
「ちゃんと希美を捕まえててよね……希美もだけど……剛も、いつか消えるんじゃないかって……」
その言動に剛は驚きを隠せない。普段なら彼ぴっぴとか希美んみんと言う奈緒が、普通に名前を呼んだと言う事は今までになかった事かもしれなかった。
呆気に取られている剛に向けて、奈緒は更に言葉を繋げる。
「剛も、希美も……死んじゃ、ダメだからね……」
これまで見た事も無い奈緒の神妙な表情に、剛は言葉を失って頷くしかできなかった。
「あ、翔んるん~~♪あそこ、たこ焼き屋の屋台~~♪」
「勝手に買って食っとけ!」
いつも通りの奈緒と翔の掛け合いに、希美はクスクスと笑っているが、剛は先程の遣り取りを思い返していた。
(あれは……何だったんだ?……これまでの奈緒と別人みたいだったし……)
少なくとも剛は、転生してトーイチに入学してから今の人生まで、神妙な面持ちの奈緒の姿を見た事が無かった。
言うならば別人とも言える態度で、剛としては困惑以外無い状況であった。
(何か、俺達は奈緒の事を理解しきれていないのか……?)
何だかんだで、奈緒は無理やり翔にたこ焼きを買わせて頬張っている。
忌々し気な表情でぶちぶち愚痴を呟く翔であるが、その状況を希美は微笑ましく見ている。
「二人は本当に仲良いですよね」
その言葉に剛は驚く。仲良い、と言うより、ボケとツッコミの漫才コンビ的にしか二人の事を見ていなかったからである。
「最近分かったんです。奈緒は敢えて自分を道化にして、堅苦しい私達を和ませようとしているんだって事を」
そう言う物の見方をしてこなかった剛としては、希美の意見は余りにも新鮮だった。
「ですから、剛」
真っ直ぐに希美に見据えられて、剛は心拍音が上がる。
希美が何を言うのか、まるで見当が付かなかった。
すると希美が軽く首を傾けて、優しい笑顔を向けて言葉を紡ぐ。
「私達も、誰にも恥じない素敵な生き方、しませんか?」
剛はその希美の屈託のない笑みに、動悸が激しくなるのを覚えるのであった。
第104話 『君の鼓動は君にしか鳴らせない』 平井堅




