第101話 ほほえみとともに粉雪の舞う
翌日の12月25日――クリスマス当日。
終業式などを終えて放課後となってから昼食を取った後、剛達4人は第8格技室で模擬戦を行っていた。
それぞれが充実した――とは若干言い難く、妖魔出現による特務実習で昼過ぎまで拘束されていたのではあるが――前日を過ごし、気力は満たされていた。
最初に翔と奈緒、剛と希美で行い、次に相手を変えて剛と翔、希美と奈緒で模擬戦を実施する。
その後は卒業が近いから機会を逃さないようにとトーイチ3年生からの依頼が殺到し、4人それぞれ10人との模擬戦を行うと、既に時刻は午後3時を過ぎていた。
模擬戦を終えて4人で昇降口に向かっている時、剛が3人に話し掛ける。
「今日この後って時間あるかな?」
何事かと3人は顔を向けると剛が言葉を繋げる。
「久しぶりに都庁の展望台に上ってみないか?」
その言葉に奈緒は満面の笑みを浮かべて食い付いて来る。
「デートね!デートなのよね!」
「お前は誰とデートする気なんだよ」
また始まった……そう思い軽い苦笑いで剛と希美は顔を見合わせる。
「時間は平気ですけど、何故急に都庁展望台ですか?」
希美は思案気な顔で剛に尋ねると、答えが直ぐに帰って来た。
「前に昇った時は夏休みだったけど、冬の景色もどんなか見てみたくて。それに、前回は北展望台だったから、南展望台にも行ってみたいな、って思ったんだよ」
成程、と希美は思う。東京都庁第一本庁舎の南棟は小金井公園の特務実習に置いてヘリポートに上がった事はあったが、状況から景色を堪能するような余裕はどこにもなかった。
「そうですね、気分転換に行ってみましょう」
希美は微笑みながら3人に答えると、剛、翔、奈緒は頷くのであった。
都庁前駅直上の地下通路から都庁第一本庁舎に入り、エスカレーターで1階に上がって南展望台直通の専用エレベーター近くに来ると、50人近い人が並んでいるのが見えた。
「……流石はクリスマス当日、ってとこかな……」
翔が天を仰ぐように諦めたような口調で呟くと、剛が苦笑いしながら応じる。
「まあ、この程度なら20分もすればエレベーターに乗れるんじゃないか?」
4人はガイドロープが張られている列に並ぶと、年末の予定などを話しながら徐々に前に進み、15分程でエレベーターに乗り込む事が出来た。
「耳がキーンってなった!耳がキーンって――」
「静かにしろ。他にも人いるんだぞ」
エレベーターの上昇に伴う減圧効果で鼓膜の調子がおかしくなった奈緒が喚くと、翔がいつもの如く軽いチョップを頭に見舞う。
「……あ、治った……」
「今のチョップでかよっ?!」
奈緒の反応に翔が小声で怒鳴ると言う器用な技を見せる。
「貴方達見てると、飽きなくて済みますね」
その二人の遣り取りを見ていた希美が呆れ顔で言う。
希美の揶揄に翔と奈緒が反論しようとした時、エレベーターは徐々に減速して停止し、展望台フロアに到着してドアが開く。
北展望台で見た光景のはずであるが、やはり季節が夏と冬で印象は全然異なっていた。
この日は生憎雲が低く垂れ込めており、宛ら手を伸ばせば届きそうな感想すら抱く様相で、晴れていれば遠く望める富士山もその姿を雲のベールに隠していた。
窓の外の眼下にはクリスマスを飾るイルミネーションが彼方此方で煌めき、西新宿の街を行き交う人々がアリの行列のような小ささで見える。
展望台の室内を見回しても恋人同士と思われるカップルが何組も存在しており、グッズや軽食を販売するショップもオーナメントで彩られ、有名芸術家が装飾を施したピアノでは今は小学生の女の子が赤鼻のトナカイを楽しそうに弾いていた。
今日と言う日がクリスマスであると言う事を、4人は否が応でも感じさせる、そんな光景であった。
子供のように燥ぐ奈緒を先頭に、4人は窓の外を眺めながら展望台を一蹴していた時――
「あっ……」
空から舞い降りてくる白く小さな物を希美は目にして声を上げる。その声に反応して剛も希美の視線の先を眺めると、次々と舞い降りてくる白い物体。
「……雪、か……」
冬の東京は晴天に恵まれる日が多く、今日のように雲に厚く覆われる――ましてや12月中に雪が降る事は滅多に見られなかった。
徐々に舞い降りる雪はその密度を増していき、遠くに見える景色をレースでできたカーテンのように霞ませて見えなくしていく。
(前世でも経験していたはずなのに、何故気が付かなかったんだろう……不思議なものだな……)
剛は天空に舞う雪に目を奪われている希美の横顔を眺めながら、隣に希美が居ると言う当たり前になった特別な事を考えるのであった……
「この程度なら大丈夫だと思うが、万一電車止まったら大変だから少し急ごうぜ」
南展望台を後にしてエレベーターで1階まで降りて来たタイミングで翔が早めの帰宅を促す事を言う。
「……少し、地上を歩いてみませんか?」
希美の言葉に剛は少し驚く。合理的な事を好むタイプだと思っていたため、普段であれば地下通路で西新宿駅まで向かう方法を選択すると考えていたからである。
剛の表情を見て、希美は少し悪戯っぽく微笑む。
「こんな機会、滅多にないじゃない?」
希美はふふっと笑うとポニーテールを靡かせながら踵を返すと、剛はその横に並んで都庁前の路上を歩んで行った。
「え~~~~っ!こ~れ~か~ら~~、大人のデートなの~~~~!!」
歩き始めて1分もしないで、新宿駅に向かう奈緒は剛達3人と別れる場所に到着してから駄々を捏ね始める。
「いや家帰れ。中学生が大人のデートとか言ってんじゃねぇ」
「ヤダヤダヤダ~~~~~!!夜の!大人の!デートするの~~~~~~!!!」
「反応がガキじゃねぇかよ!」
奈緒と翔の遣り取りを見て、呆れた剛は希美に向けて肩を竦めて見せるが、希美は軽く顔を伏せてふっと軽く息を吐くと奈緒に向かって近寄って行く。
「奈緒、さっき翔も言ったけど、電車止まったら大変だから今日はこれまでにしましょう。1週間後は初詣だからその時に少し出かけましょう」
希美が奈緒を宥めるが、涙目の奈緒が希美に訴える。
「だってだってだって!あたしだけ一人でここから帰るんだよ~~~!」
希美と奈緒の遣り取りを傍で聞いていた翔が溜め息を吐くと、剛に向き直る。
「剛ちゃん、俺コイツ新宿駅まで連行するから、先帰ってて」
予想外の翔の提案に剛はきょとんとした顔をする。対して奈緒は道連れが出来た事に燥ぎ始めた。
「翔んるんやっさし~~♪デートしよデート♪」
「ぜってーしねぇし」
そう言うと翔は奈緒の首根っこを捕まえるように、新宿駅の方に向かい始める。
「じゃあな、剛ちゃん、希美。また来週な」
「希美んみん、彼ぴっぴ、まったね~~♪」
剛と希美の元から去って行く翔と奈緒に向けて、二人も挨拶を交わすと並んで西新宿駅の方に歩き始める。
「翔も案外優しいところあるんですね」
先程の遣り取りを思い出したのか、笑顔で希美が翔の事を褒める。
「ま、翔は普段の言い方とかで誤解されそうだけど、気配りが上手いからなぁ」
横で歩きながら、軽く天を仰いで剛が希美の言葉に応える。
むしろ奈緒に対する時だけツッコミが鋭いのは、奈緒のキャラが影響しているのだと考えると不思議でも無かった。
特に会話をする訳でも無く、剛と希美は並んで雪の舞う中を10分程歩くと東京メトロ西新宿駅2番出口前に辿り着く。
「じゃあ私はここで。また来週お願いします」
軽く会釈をする希美に、剛は軽く手を振って返す。
「希美も気を付けてな。また来週」
そう言うと、剛は西新宿駅コンコースに向かう階段を降りて行くのであった。
第101話 『ほほえみとともに粉雪の舞う』 遊佐未森




