第10話 UNDER THE SUN
「光……か……」
トーイチから徒歩で帰宅中の希美は、トーフ時代からのクラスメイトである鈴木奈緒から言われた言葉を反芻していた。
希美としては思い返すまでもなく、トーフに通っている頃から他の生徒から遠巻きに――畏敬ではなく畏怖の存在として――見られていた事は自覚している。
そんな中でも奈緒は屈託無く希美と接してきたからこそ、それこそ唯一と言って良い程の友人として過ごしてきた。
(だけど……私はバケモノなんだよ……)
「バ……バ、バケモノーーー!!」
それは希美が5歳の時の記憶である。
5歳にして個性が発現した希美はその成果を親に喜んで貰おうと――まるで、逆上がりが出来た、自転車に乗れるようになった、そう言った事を褒めて貰うかのように――両親の前で最初に発現した個性である――黒の法力を発生させた。
だが、父親は後退りながら顔を強張らせ、母親は――恐怖に顔を引き攣らせて大きく目を見開き、その言葉を希美に叩き付けたのであった。
その後、父親は希美と接するのを避けるかの如く帰宅が遅くなり土日も休日出勤するようになり、母親は食事の準備や洗濯などは行ったもののやはり希美と接するのを避けるかの如く自室に籠りきりとなった。
そして希美が小学校に入学するタイミングで、母親は自身の両親――つまり希美の祖父母――の家に預けられ、それ以来会話どころか顔すら合わせた事が無かった。
(光……か……むしろ、闇の方が私らしいんじゃないかな……)
黒の個性。
それは死や闇を司る個性と言っても過言ではない。
五色の個性のうち黒の個性を持つ者は個性持ちの中でも5%にも満たない、かなり希少性が高い個性である。
黒の個性は学習や鍛錬で後天的に獲得することはできない。だがその方法が無い訳ではなく……妖魔を喰らうと言う人外としか思えぬ所業を行う事で、成功すれば黒の個性を後天的に得る事が可能である。
成功すれば……と言う事は失敗する事もある訳で、その負荷に耐えきらずに全身が爆発したかの様に崩壊するならまだ幸せで――負荷に耐えた事により固有種の妖魔に変わり果てると言う、死よりも凄惨な状態になる事すらある。
(そう言うのも理由としてあるのかな……黒の個性と言うだけで鬼悪魔でも見るような眼をする人も少なくないし……)
まだ明るさが残る西の空を正面に、希美は帰路を歩むのであった。
「あんたはちゃんとお昼ご飯食べるのよ。あたしは帰ってくるの5時頃になると思うから、その間に宿題もやっときなさいよ」
7月も後半になり夏休みに入っているのだが、トーニの特装科に在籍している姉、恵は学校での自主活動――と言いながら出欠とそこで学んだ事がかなり成績に影響するのだが――に行くために玄関で靴を履きながら、剛に向かって言う。
「母さんみたいな事言わんでよ。何か萎えるわ」
「お母さんが言わないからあたしが言ってるんでしょ。部活もやってないんだし、どうせやる事無いなら宿題くらい終わらせなさい……暑っつ!!」
そう言いながらドアを開けて外の暑さに顔をしかめて、恵は家を後にする。
(まあ……確かにやる事ないわ……部活でも入っておけば違ったのかなぁ……)
そう言いつつも、剛は中学時代も部活には入っていなかった。
特別に運動能力が低い訳ではないがスポーツはやるより見る派で、ファンでは無いが年に数回神宮球場でプロ野球の試合を観戦していたりする。
(とは言え今更何か運動やってもなぁ……)
そう言う風に考えてる日々を過ごす内に、夏休みは粛々と過ぎ去っていく……
「で、ウチに来たって訳ね?」
翔がアイスを咥えながら剛に向かって言う。
ここは翔の自宅で、剛はエアコンの効いた翔の部屋で渡されたアイスをガリガリと齧りながら答える。
「まぁ、ウチに居ても誰もいないし」
「それで本読むだけならウチの必要どこにもねぇじゃん。一小の所の図書館なり貫井北センターの分館でも、それこそトーサンの図書室だったらそこらの市営図書館より遥かに充実してるだろ」
はぁーーっと溜息を吐きながら答える翔であるが、翔も翔で特にやる事も無いのでスマホでゲームしていたところであった。
「そう言えばさ、トーサンの図書室に個性に関する研究書ってあったよなぁ」
「それってUFOとかUMA研究レベルの眉唾物が多いって聞くぞ」
翔にあっさりと返された剛は、むぅ、と唸ると読んでいた本に目を落としながら考える。
(個性は後天的にも身に付ける事が出来ると言うし……とは言え何をやれば身に付ける事が出来るのだろう……)
無個性の人――いや、個性持ちであっても、後天的に個性を獲得する事は可能で、実際に個性を得たと言う人は何人もいる。
ただ、獲得しやすい色は個人の資質や、個性持ちの場合元々保持している個性の色との相性があると言われている。例えば赤の個性持ちは白や青の個性を獲得するのは難しい反面、緑の個性は比較的獲得しやすいとする研究結果が発表されている。
(黒の個性だけは……まあ、アレな方法と言うのがエグいんだよなぁ……)
「……っか?」
「ん?」
翔の声に物思いに耽っていた剛が気の無い返事をする。
「聞いてなかったのかよ。じゃあトーサンの図書室に行こっか?って言ったんだよ」
呆れた顔で翔が答える。
「あーー……でも、外暑くね?」
「だからってウチのエアコン集んな。ただでさえバーちゃんから余り冷房使うなって煩く言われてるんだから」
翔は祖母の家で母親と妹と同居している。父親は消防士だったらしいが、翔が小学3年生の終わりごろに住んでいた地域に妖魔が出現して、一般市民への避難誘導を行っていた際に他の消防隊員を庇って命を落としたという。
殉職であるため良く分からない名称の給付金が支給されているのだが、それだけでは生活が厳しくなると言う事で翔の家族は埼玉の朝霞から小金井の母親の実家に移って来た。
「……あっつ……」
翔の家を出た剛は自転車に跨りつつ、午前10時の太陽を恨めし気に見上げて呟いた。
隣で翔も太陽を見上げて目を細める。
「あー……さっさと行って早くエアコン効いた図書室入るとしようぜ」
そう言いながら翔は自転車のペダルを漕ぎ、トーサンまでの道を辿り始める。
うん、と頷いて剛も翔の後を追ってトーサンに向かうのであった。
炎天下の西新宿・国立東京第一高等学校――トーイチ――の格技棟の屋上では、既に30℃を超える気温の下で特装に身を包んだ生徒達が模擬戦を行っていた。
去年の3月末に吉祥寺で発生したように、SUAD隊員となると灼熱の現場にて妖魔と対峙する必要もある。そう言った過酷な状況でも活動できるように、隊員候補生である対妖魔特設校の特技科の生徒はこうやって訓練を――勿論熱中症などで倒れないように指導教官の監視下で――行っているのであった。
「おいおい……あの子まだ戦ってるのかよ……相手何人目だ?」
滝のような汗をかきながら水分を口にしてそう言った男子生徒の視線の先には、漆黒のポニーテールを靡かせながら別の生徒と激しく打ち合う少女――星野希美の姿があった。
一撃一撃を振るうたびに額から、顎から汗を飛び散らせて、何合も打ち合いながら相手の隙を少しずつ作り出し……そして懐に飛び込むと模擬戦用の木刀を振るって相手の首に寸止めする。
「そこまで!星野、お前もそろそろ休憩入れろ」
担当教官から言われた希美は相手から剣を引くと、軽く一礼してから待機場所となっている日陰へと向かう途中でふと空を見上げる。
(暑い……な……)
眩し気に太陽を見上げた希美は左腕で額の汗を拭い、水分補給のために――そしてこの後も模擬戦を行うために――一旦休憩するべく、待機場所に向かうのであった……
第10話 『UNDER THE SUN』 UP-BEAT




