第1話 End of the World
(これは……デジャヴ、なのか……?!)
西暦2027年8月25日――学生であれば夏休みも間もなく終わる晩夏に、西新宿の高層街は燃え盛る炎に包まれていた。
日本の首都たる東京の中心地で発生した業火と爆発、高層ビルの崩壊と言う未曽有の大災害を巻き起こした首謀者である【妖魔】と呼ばれる異形に囲まれた状況で、国立東京第三高等学校に通う高校1年生、16歳の神野剛は過去の記憶を呼び覚まされていた。
一年半ほど前、剛が中学2年生から3年生に上がる春休みに吉祥寺で発生した大厄災。
その時と、場所は違うが同じようことが起きている。妖魔の大量出現、災禍に見舞われた街並み、逃げ惑い、あるいは妖魔に襲われて命を散らす人々。
そしてその時と同じく、剛に斜め後ろ姿を見せつけるように妖魔の大群に対峙する、細身の長剣を手にして近未来的なアーマーを身に纏った、剛と同世代と思われる長い黒髪をポニーテールに纏め上げた美少女。
痩身ながら不思議な力強さを感じ、細剣を下して敵と対峙するその背中は敵を殲滅する確たる意思を感じさせ、凛と輝く瞳と引き締まった顎、固く結ばれた口元はその意思が強固であるものを示すかのように。
周囲の炎から巻き起こる荒れ狂う熱風に煽られて漆黒のポニーテールは巻き上がり、全力で疾走する馬の尾のように上下左右にたなびく。
周囲の炎から発せられる灼熱を浴びながら、顔を覆っているのが涙なのか鼻から垂れる汁なのか剛自身も分からない状態で、毅然と立つ少女を剛はただ見上げることしかできない。
ある種それが普通の人なら当然だろう。人外の殺傷力を持つ[妖魔]が、さながら渋谷スクランブル交差点よろしく幾多に屯っており、生ける人間を舌なめずりしている状況である。
地震など起きていないのに、まるで震度7の激震地にいるようにガクガクと膝下を震えさせることしか、剛にはできない。
死の恐怖をリアルで感じるなんて剛の日常では一年半前のあの時まで一度もなかった。時々遊んでいるゲームの世界とは全く違う、地球上の遠い場所で行われている紛争とも全く違っていることを、剛はその身をもって感じさせられていた。
何もできない。【無個性】である剛は、個性を使った妖魔への攻撃手段、防御手段など持たない、平たく言えば“モブ”である。
それも当然である。妖魔を討ち果たすために放たれる【特技】は【法力】無しでは発動できず、法力を生み出すには生まれながらにして持つ【個性】が必要なのだが、人類の約半数がそうであるように剛は無個性の人間として生まれた。
また、目の前の少女が持っている剣はおそらく【特装器】であり、一部の許可されたものにしか所持を許されておらず、ただの高校生と言ってよい剛が持ち得るものでもない。
ただ震えるしかない、そんな立場であることに忸怩たる思いを持ちながら、一歩踏み出した瞬間まさに“瞬殺”されることを本能的に理解していた。
妖魔に立ち向かうだけの力も、その力の根源である個性も持たない剛は、状況を見守る以外の方法を思いつかない。
いや、思いつくのだが……それは、単に己の命を散らすだけ。
それがどれだけの効果をもたらすかなど、期待すら全く持てない。
ただ単に受ける、「死」と言う重圧。
その重圧を受けながら、立ち向かう少女が目の前に立ちはだかっている。
(美しい……)
修羅場ともいえる今の周囲の状況下においては甚だ場違いな思いである。だが、剛にとっては偽らざる正直な思いでもある。
一年半ほど前も、似たような状況で妖魔を殲滅した目の前の少女の圧倒的な力に対し、崇拝の念とも言える思いを剛は感じていた。
その少女が誰であるなんて、“今”は知らない。
先のことなんて知りえる訳ない、と思った刹那。
暴虐と呼ぶに相応しい力が、炎の向こうから近づいてきて渦巻いた。
あらゆるものを破壊し蹂躙する、悪意と殺意の凝縮体とも言うべき圧倒的な何か。
その存在を感じた瞬間、剛は背筋が絶対零度まで凍るような感覚に襲われ、同時に周りの炎が一気に迫って来たかの如く滝のような汗が噴き出る。
見ても、触っても、ましてや近づいても、何かはあらゆる生ける者を亡き者に変える。いや、場合によっては“無”に帰す事すら平然と実現できる。そういう絶対的な存在であることを、無意識に思い知らされるほどの何か。
その破壊と殺戮の権化とも思えるその何かに、歯の根が合わない状態で見やると、そこに立つのは一人の女。
身長150センチにも満たない小柄な体に青みがかったショートボブの銀髪、白を基調としたロリータ風の衣装に身を纏い、真っ白にも見える顔に輝く金色の瞳は大きく見開かれてどこに焦点があるのか定かでない。
焦点は定まっていないが、爬虫類のようなヌメッとしたその目は視線はあらゆる生ける者をとらえているかの如く。
不自然に大きな口の端を釣り上げて不気味に笑い、人とは思えない鋸の歯のような牙を見せつける。
「――みぃつけたぁ」
その小さな体からは想像もできない響きをもって、その何かの声が聞こえる。
「アンタのおかげで1年も封印されちゃって、人を殺す楽しみを味わえなかったじゃないですかーー!」
その言葉に剣を持つ少女がくっと声を漏らす。
「そんなアンタには“死”と言う永遠の封印を賜っちゃおうかしらねえ!!」
そう言うと女は少女に飛び掛かり、手に持つメイス――鉄の棒の先端に突起が付いた塊がある鈍器で襲い掛かると、少女の方も剣を振るい、ただ防戦するだけでなく相手を無力化するために自ら隙を突いて切り掛かり、突きを放つ。
そんな少女の様子に女は不気味な満面の笑みを浮かべて笑い声をあげる。
「アーッハッハッハッハァ!!あの頃とは違うのよぉ!封印してくれたお陰で力を発散できなかったから、その分カラダの中の力を漲らせる分のエネルギーを貯めさせてもらえたわぁ!!」
体を捻じるように入れ替えて右足で蹴りを放つと少女の右脇腹辺りにめり込み、その勢いで少女は数メートル飛ばされる。
「終わりよ」
淡々とした、それでいて地響きのような声を出した銀髪の女は言い放つと、その場から姿を消した。
いや、姿を消したのではなく……人の動体視力をはるかに上回る速度で移動していた。
剣を構えるポニーテールの少女の左懐に。単に剛の動体視力では――剛のみならず、剣を携えた少女の動体視力でも、動きを捉えることが出来ない速さで。
〈神力の刃〉
銀髪の女は個性によって特技を発動させ、右手に個性によって生み出された法力で作られた光の刃を逆袈裟切りに振り上げる。
(逃げろ!!)
叫んだはずの声は炎と緊張により枯れた喉から音として発せられることはなく、剛はパクパクと口を動かすことしかできない。それでも、妖魔から大勢の市民を守っている少女の身を案じる声を上げようとする。
だが、黒髪の美少女の無事を願う剛の思いは……願っている間にいとも簡単に打ち砕かれる。
銀髪の女が振るった光の刃は振るわれると同時に数倍……いや数十倍、10mほどにまで延び、妖魔に立ちはだかっている黒髪の少女も、そして剛自身も切り裂いていく。
「ぐぁっ……!!」
女が振るった光の刃に切り裂かれ、胸から下が焼かれるような激しい痛みに襲われた剛は大量の吐血と同時に、目の前に帳が下りてくるのを感じる。
(俺は……死ぬ、の、か……?)
僅か数分の間で何度も頭を巡ったことを朦朧とする意識の底で思いながら、剛の五感は深淵に引き込まれて行く。
命とともに失われたと思われた剛の意識に、謎の声が響き渡る。
― 人類個体識別番号 281474976710655、転生を開始します。 ―
第1話 『End of the World』 浜崎あゆみ




