変わらないね
すずくんは鈴木龍之介という。小学校の学区は違ったけれど、よく公園で一緒に遊ぶグループの一人で、友達思いの優しい男の子だった。今でもよく思い出す光景がある。ある日、他の皆が早く帰ってしまって二人だけで遊んでいたとき、高学年グループに絡まれてしまった。すずくんはチカを庇うように前に立って彼らに言い返したが、高学年達がいなくなって再び二人で遊び始めたとき、チカは彼の手が震えていることに気づいた。小学2年のときにチカが引っ越して離ればなれになってしまったが、あの日からずっとすずくんはチカのヒーローだった。偶然再会して幻滅した数日前までは。
あんなチャラい女たらしになってるなんて、美しい思い出が台無し!!…って、今は思い出に浸っている場合じゃない!私にできることをしなきゃ!
チカは京介が置いていった大袋を拾うと、スイネとその両親の元へと駆けつけた。父親は腹部に傷を受け、苦しそうに顔を歪ませている。スイネと母親が必死に傷を抑えているが、地面に血が広がっていく。
「いきなりだったんだ。空からすごい速さでドラゴンが降りてきて…僕を庇ってお父さんが…」
スイネがボロボロと涙をこぼす。
「傷薬があるの。ちょっと待ってね、今探しているから…」
神官からもらった大袋は、どういうカラクリなのか見た目よりも中が広い。便利ではあるが、ポケットや仕切りもないだだっ広い空間が広がっているだけなので、なかなか目当ての物が見つからず急いでいるときには困りものだ。雑多に入れられた物をゴソゴソとかき分けて、ようやくチカは銀色の液体が入った小瓶を見つける。チカが父親の傷にかけようとすると、母親が慌ててチカを制止した。
「これは、”聖女の慈涙”ですよね!?駄目です!こんな高価な物、とてもお支払いできません」
そういえば、このゲームの傷薬にはそんな大層な名前が付いていたっけ。もしかして、ものすごく貴重なものなのかしら?昨日、靴擦れに使っちゃったけど…
「お金はいりません。だから、試してみてもいいですか?」
「そんな…本当にいいんですか…?」
「はい、もちろん」
「あぁ、聖女様…ありがとうございます…本当にありがとうございます」
母親は何度も何度も頭を下げる。その様子にチカは戸惑ってしまう。
私に感謝することではないんだけどな…元になる魔物を狩っているのは鈴木くんで、私は何もしてないんだから…
父親の傷に薬を垂らすと、怪我がスーッと消えていく。痛みに耐えるように歪んでいた父親の顔の険がとれ、表情が和らいだ。あの深い傷を一瞬で治すとは、確かにすごい薬のようだ。靴擦れに使うとか、灯りをとるためにお札を燃やすような贅沢というかなんというか、とにかくもったいないことをしてしまった。しかし、傷は治っても体力は戻っていないようで、体を起こすことはおろか、母親とスイネの呼びかけに微かに頷くのが精一杯のようだ。
こんなに血を流しているんだものね…人間は体重の10%くらいの血を失ったら死んでしまうんだっけ?回復薬も使った方がいいかな?
チカはまたゴソゴソと大袋の中を探して、水色の液体が入った小瓶を取り出す。
「それは、まさか”聖女の慈雨”ですか…!?」
またしても恐縮して遠慮しようとする母親を説得し、父親に薬を飲ませる。 筋骨隆々な戦士である父親の体を起こさせるのは苦労したが、なんとか母親が膝枕する形にして、薬を口に含ませる。少しずつ飲みこむことができているようだ。
「お兄ちゃん!!」
ホッとしたのも束の間、スイネが悲鳴のような叫び声をあげた。ドラゴンの尻尾がカイネを引っ掛けたらしく、尻尾の先にカイネが倒れ込んでいる。少し離れたところには京介も倒れている。ドラゴンは上空へと飛び上がると、京介を視界に捉えた。そして、口を開けて大きく息を吸い込むような動作をした。チカはその動きをここに駆けつけたときに見た。
炎を吐こうとしている!?鈴木くん!!
考えるよりも前に体が動いていた。チカは駆け出すと炎の盾になるように京介に覆い被さった。
「片瀬さん!?何を…」
今更ながらにチカの体が恐怖ですくんだ。
でも、怖いのは鈴木くんだって同じなんだから。鈴木くんは賢いから、ここで私が大怪我をしても、なんとか助けてくれるはず!!
ギュッと目を閉じて恐怖に耐えるが、なかなか炎がこない。おそるおそる目を開けて振り返ると、スイネとカイネの父親が巨大な盾を持って炎とチカ達の間に立ち塞がっていた。
「今回の聖女様は随分勇ましいな。でも、もう大丈夫だ。騎士様を連れてあっちでスイネ達と待ってな」
カイネの怪我は大したことがなかったようで、既に立ち上がって父親に加勢している。京介の方は足を引きずっており、戦うのは無理そうだ。チカは京介に肩をかし、スイネ達のところに向かった。この場にいれば、むしろ足手纏いになってしまうだろう。父親とカイネは見事な連携でドラゴンに攻撃を与え続け、ドラゴンを撃退した。
「本当にありがとうございました」
別れ際、一家はチカと京介に深々とお辞儀をする。
「いえ、そんな…むしろ守っていただいたんで、お礼を言うのは私の方です」
「ドラゴンを追い払ったのも、カイネさん達ですし…俺は何の役にも立っていない訳で…」
感謝のされすぎで、チカと京介は居心地が悪い。
「あそこで騎士様が加勢してくださったおかげで、大分時間を稼ぐことができました。俺一人では、親父が戻ってくるまで持ちませんでしたよ」
「聖女の慈涙と慈雨を使ってくれたんだってな。怪我した後だっていうのに、人生で一番体が動いたよ」
一家はその後も何度も何度もお礼を言って去っていった。一家が見えなくなり京介が尋ねる。
「聖女の…慈涙?って何?」
「傷薬のこと。すごい効果だったよ。あのお父さん、腹部がざっくりと切られていたんだけど、一瞬で治ったからね。鈴木くんの足の怪我も治さないとね、他に怪我しているところない?」
チカが大袋を取ろうとすると、「その前に」と京介がチカの腕を取った。
「さっきはありがとう。でも、ああいうことは、もうやめてね」
「何のこと?」
「ドラゴンが炎を吐こうとしたとき、俺の盾になろうとしたでしょう。そんなことは二度としないで。聖女である片瀬さんを守るのが聖騎士の俺の役割だよ」
「それは違うよ、鈴木くん」
チカは京介に向きなおり、その手をとる。
「一人で何とかしようとしないで。鈴木くんだって怖いの、気づいてるよ」
「え、あ~…震えてるのバレてた?カッコ悪いな~」
「カッコ悪くない!怖くて当たり前だよ。あのね、聖女とか聖騎士とかの前に、私は鈴木くんのクラスメートなんだよ」
「…うん、そうだね」
「同い年なんだよ。だから、私も怖いけど、私もその怖さを半分引き受けたい」
「…」
「二人で一緒に頑張ろう!」
チカがニッと笑うと、
「…うん」
京介も微笑みを返す。
「チカちゃんは変わらないね…」
京介の呟きは、大袋を覗き込んで傷薬を探すチカには聞こえなかった。チカの後ろ姿に京介は目を細めていたが、しかしその後そっと溜息をこぼした。
「なのに、なんで兄貴なんだろう」




