身支度を整える魔法
カーテンから差し込む光で、チカは目を覚ました。見慣れない天井に戸惑う。
ここはどこ?
横を見ると、鈴木京介の綺麗な寝顔が目に飛び込んでくる。
あ、そっか、鈴木くんと聖聖の世界に来てるんだった。ガッチガチに緊張してたし、鈴木くん一睡もしないんじゃないかと心配だったけど、眠れたみたいで良かった良かった
チカは京介を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、神官からもらった大袋の中に着替えがないかを探す。この袋の中は見た目よりも大分大きくなっているようで、様々な物が入っている。
昨日は着替えないで寝てしまったけど、パジャマが入ってたのか…でも、目隠しの一切ないこの部屋に鈴木くんと二人でいるのに、どう着替えろっていうのよね。あ、でも、鈴木くん、そういうのは平気なのかもしれない?…鈴木くんの一線がどこにあるのか、よく分からないのよねぇ…
さらに袋の中を探すが、着替えの服は入っていないようだった。
大分汚れているし、着替えたいんだけどなぁ。こんなに色々なものが入っているのに、なんで入ってないんだろう?
「何を探しているの?」
いつの間にか起きてきていた京介が傍にしゃがみ込む。京介はパジャマ姿だった。チカが眠った後に着替えたようだ。
「あ、おはよう。ちゃんと眠れた?」
「まあまあかな…なかなか寝つけなかったんだけど、いつの間にか眠っていたみたい」
「鈴木くん、廊下で寝るんじゃないかと心配したよ」
「それも考えたんだけど…宿の人達に見られるといけないからやめておいた。片瀬さんも気づいているかもしれないけど、昨夜、俺達が喧嘩していると宿の人達に誤解されたとき、急に体が重くなったんだ」
「あぁ…そういえば、私は体が重くなるというより、力が抜けていくような感じがした」
「多分、あのときレベルが下がったんだと思う。で、誤解が解けたときに体が元に戻ったから、またレベルが上がったんだと思う」
ゲーム『最後の聖戦~聖騎士と聖女の誓い~』は、聖騎士と聖女の恋愛パラメーターが彼らのレベルを左右する世界なのだ。
「なるほど…じゃあ、人目があるところでは…その…」
「うん、愛し合っている雰囲気を出すのがいいと思う。思いっきりベタな感じでいこう」
チカが言い淀んだことを京介はサラリと言う。
「で、何を探しているの?」
「替えの服」
「あぁ、俺も探したんだけど入ってないよね。代わりにこんなのを見つけたよ」
京介は袋から魔法大辞典を取り出すと、パラパラとページをめくる。
「この魔法を試してみない?」
差し出されたのは「身支度を整える魔法」だ。対象者を清潔に美しくするらしい。
「着ている服もきれいになるんじゃないかな。だって、泥が跳ねた服で身支度が整っているとはいえないと思うんだ」
「そうだね…この部屋では陣を描けないから外に出てやってみようかな」
窓の下を覗きこめば、柔らかそうな土の地面だ。あそこなら陣を描くことができるだろう。
「…片瀬さん、ちょっとの間部屋を出てくれる?着替えたいから」
京介が気まずそうに言う。頬がほんのりと赤くなっている。
着替えは鈴木くんの中でアウトの方だったか…いや、私も言われなくても部屋を出るけど。
「うん。じゃあ、先に行って陣を描いておくね。そこの窓の下に来て」
「分かった。ありがとう」
ボサボサの髪とシワシワの服のままだったので、人に見られないようこっそりと外に抜け出そうとしたチカだったが、カウンターにいる宿の主人に見つかってしまった。
「おはよう、聖女様」
「おはようございます」
「朝食はそこの食堂だよ」
「後で伺います。ちょっと外に…」
「聖騎士様は一緒じゃないのかい?…もしかして、喧嘩したのかい?」
宿の主人の表情が曇るのを見て、チカは慌てて否定する。
「いえいえ!鈴木くんとはラブ…というか…その…仲良くやっています。大丈夫です。鈴木くんもすぐ来ることになっていますから」
ラブラブとは恥ずかしくて言えなかったが、宿屋の主人は納得したようだ。
「それは良かった。聖女様と聖騎士様は仲良しが一番だからな」
宿屋の主人が笑顔に戻り、チカはほっとする。
別々に行動しているだけでも怪しまれちゃうのかぁ…本当に気が抜けないなぁ…
陣を描き終えた頃に京介が来た。
「ちょうどいいところに。陣の中央に立ってみて」
チカが呪文を唱えると、陣の中に立つ京介が光に包まれる。光が消えると、くすんでいた鎧はピカピカに、泥だらけだったマントも新品同様になっていた。京介本人も、髪は爽やかなアップバングにセットされ、肌の透明感が増し、清潔感5割り増しのイケメンになっている。
「…ヤバッ」
あまりのカッコ良さにチカは語彙力を失って見惚れてしまう。
「ヤバイってどういうこと?どこか変?」
京介が不安そうに自分の格好を確かめる。
「いやいや、すっごくカッコいいよ。じゃ、次は私ね」
チカは京介と場所を替わって呪文を唱える。
「へぇ」
京介が感心したようにチカを見る。
「何?」
「ホラ、あそこに映ってるから、見てごらんよ」
向かいの店のショーウィンドウに映った姿を見てみると、いつもと全く違う自分がいた。普段は耳の高さで一つ結びにしているだけの髪は、ふんわりと編み込まれて、顔まわりにはくるくると後れ毛が出ている。顔には化粧もされているようだ。
あれ、私、結構可愛い…これなら聖女の衣装もサマになってるんじゃない?
なんてつい思ってしまった。昨日は服に着られている状態で気恥ずかしかったが、今は心が浮き立つのを感じる。すると、京介がスッとチカの後に立ち、チカの両肩に手を置き耳元に顔を近づけ囁く。
「とてもキレイだ」
なんだ、なんだ!?
突如始まった恋人ごっこに、ごっこと分かっていてもチカの顔が赤らむ。キャーッという黄色い悲鳴が通りの向こうから聞こえた。見れば数人の若い娘たちがこちらを指差しがら何やら騒いでいる。
「よし、またレベルが上がった感じがする」
京介がチカの耳元に口を寄せたまま、そんなことを言う。
「鈴木くんって…」
「何?」
「おとなしい人だと思ってたけど、実は結構いい性格してるんじゃない?」
「ひどいなぁ。ゲームクリアのために頑張っているだけなのに」
「そろそろ離れてっ」
「もう少しこうしていようよ。もう1つくらいレベルが上げられるかもしれないよ。ほら、次のお客さんが…」
向こうから散歩しているらしい年配の夫婦がやってきた。
「お客さんとか言わない!」
チカはぐいっと京介を押しやると、なんとか体を離して食堂に向かったのだった。




