空いている部屋は1つだけ
チカと京介は日暮れまでに始まりの村へとなんとか辿り着くことができた。村の入り口すぐのところにある宿屋へと入ったが…
「あいにく今日は満室なんだよ」
宿屋の主人が申し訳なさそうに言う。
「今は隣の町で花祭が開催されているから客が多くてね。普段は静かな村なんだけど、花祭の期間だけは観光客で賑わうんだ。悪いねぇ」
「そうですか…この村の他の宿は…」
「ないよ。この村の宿屋はウチだけなんだ」
夜間は魔物の数もレベルも上がり、屋外にいると命に関わる世界だ。チカと京介が途方に暮れていると、
「アンタ、その人達を聖騎士様の部屋に泊めてやったらどうだい?」
カウンターの奥からおかみさんが宿屋の主人に声をかける。
「もう10日も戻ってこないんだから、部屋を空けてもいいだろう。噂じゃ東の洞窟で魔物に殺られたって…」
「おいおい、まだ殺されたと決まった訳じゃない。ただの噂だ、滅多なことを言うもんじゃないよ」
「でもねぇ、何の連絡も無しに10日だよ。それに、その人達の格好。アンタ達、異世界から来た聖女様と聖騎士様だろ」
おかみさんが出てきて、チカ達の方を見る。
「新しい聖女と聖騎士が召喚されたってことは、そういうことだろ」
「うーん…」
「北の森の廃聖堂から歩いてきたんだろ?疲れてるだろう。おいで。部屋に案内するよ」
おかみさんはカウンターから鍵を取り出して脇の階段を上がり始めるが、チカはおかみさんについて行っていいものか迷う。
「泊めていただけるのはとても嬉しいんですけど、えっと、本当にいいんですか…」
主人とおかみさんを交互に見やる。
「いいんだって。おいで」
おかみさんは人の良さそうな笑顔でそう言うが、主人はまだ渋い顔をしている。
「しかし、騎士様がお戻りになられたら…」
「そのときは、そのときに考えればいいだろう。その頃には、他の部屋が空いているかもしれないし」
「そうだなぁ…まぁ、もう夜だし外は危ないしな。うん、アンタ達、ゆっくりしていってくれ」
そういう訳で、チカと京介はなんとか宿に部屋を取ることができた。しかし、一部屋だけ。おかみさんに案内された部屋は、シンプルな木製のベッドとデスクとクローゼットがあるだけの、やっと一人が寝泊まりできる程度の小さくて質素な部屋だった。
ここに鈴木くんと二人で寝るの?
チカはチラリと横にいる京介の方を伺う。京介も戸惑ったような表情をしている。
「あの、前の聖女様の部屋はないんですか?」
京介が前の聖騎士の荷物をまとめているおかみさんに声をかける。
「そっちは、もう他の客が入ってしまっているんだ。ここだけの話だけど、前の聖女様と聖騎士様、派手な喧嘩をしてね。聖女様は騎士様を置いて、1ヶ月ほど前に別の戦士と旅に出てしまったんだ」
「そんなことあるんですか…」
「ねぇ。私たちもビックリしたよ。これまでに何人も聖女様と聖騎士様をお泊めしてきたけど、あの二人ほどユニークなカップルはいなかったね。あの聖騎士様ったら寄ってくる村の娘たち全員に手を出すものだから、聖女様が怒ってしまってね」
「はぁ…寄ってくる全員と…」
「まぁ、いい男だったからねぇ。宿代は溜めるし、無断外泊するし、女の子を連れ込むし、しかもいつ見ても違う女の子だしで、どうしようもない聖騎士様だったけど、なんか憎めない人でね。ふふ、私も20才若ければ…」
よいしょっと、おかみさんはまとめた荷物を持って立ち上がった。
「ま、アンタ達は仲良くやりなさいよ。聖女様と聖騎士様は仲良しが一番なんだから」
おかみさんはそう言って出ていった。二人きりになり、チカは居心地の悪さを感じる。
でも、意識しすぎるのも変だよね。これはそういうアレじゃなくて、不可抗力なんだから。だいたい鈴木くんにとったら、私なんて女子枠に入ってないだろうし。
「えーと…とにかく、部屋が借りられて良かったね」
チカはデスクの椅子に腰掛ける。
「鈴木くんも、ちょっと休もうよ。私、スカートが泥で汚れているから、こっちに座るね。鈴木くんはベッドを使ってよ」
しかし、京介は動かない。
「泥はもう乾いているし、ベッドは片瀬さんが使って。俺、ここでいいから」
京介は入り口のドアの脇で床に座る。
「えっ、なんでそんな。鈴木くん、ベッド使ってよ。魔物と戦って、疲れているでしょう?」
「いや、全然。俺、ここで寝るし、片瀬さんはゆっくりして」
「ここで寝るって、床で?ダメだよ、そんなの」
「いいんだって。気にしないで」
京介は顔を背けてチカの方を見ようとしない。
なんか機嫌悪い?
チカが話をしようと京介の肩に手を置いて、顔を覗き込もうとしたところ
ビクッ
京介が体を逸らして、チカの方を見る。その顔は真っ赤だ。
「へっ、ふえっ」
予想外の反応に、チカの口から変な声が漏れる。意識しないようにと思っていたが、京介の様子にチカは途端に恥ずかしさが湧き上がる。チカの顔もみるみる真っ赤になる。
「………」
「………」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「なんか、ごめん…」
京介が呟く。
「でも、俺、この状況でベッドで寝るとか本当無理」
「そんなこと言ったって、仕方ないじゃない。私なんかと一緒の部屋なんて嫌かもしれないけど…」
「嫌なんじゃない。そうじゃなくて…なんと言えばいいのか…本当無理だって」
「一緒にいるのが無理なら、私が端っこの方の床で過ごすよ。鈴木くんの方が活躍してるんだから、ベッド使ってよ」
「一緒にいるのが無理っていうと語弊がある」
「鈴木くんがそう言ったんじゃない」
「片瀬さんが嫌とかじゃないんだ。でも、こんな、二人きりとか…普通無理でしょ。片瀬さんは慣れてるかもしれないけど」
「私が!?慣れてるわけないでしょ。慣れているのは鈴木くんの方でしょ」
二人ともボルテージが上がってくる。
「なんで俺が?」
「だって、いつも女子達が…」
そう言って、チカはハタと気づく。女の子達はいつも遠巻きに京介にキャーキャー言っているのであって、京介は女の子と一緒にいる訳ではない。京介は男友達と談笑していたり、静かに教室の隅で読書をしていることが多い。実は女の子慣れしている訳ではないのかもしれない。
いや、でも、道中ではあの距離感だったし…
「女子達?」
「えっと、それはおいといて…」
コンコン
「取り込み中悪いんだけど、ちょっといいかい」
扉の向こうからおかみさんの声がした。
「あ、はい、今開けます」
京介が扉を開けると、サンドイッチを持ったおかみさんがいて、ちょっと離れたところから宿泊者と思しき人たちがこちらを伺っていた。
「今日はもう食堂は終わっているから、軽食を持ってきたんだけどね」
「あ、ありがとうございます…」
チカがサンドイッチを受け取ると、おかみさんの背後からヒョコッと男の子が顔を出す。
「聖女様と聖騎士様、喧嘩してたの?」
「え…」
「言い争っているような声が聞こえたよ」
ちょっと離れたところにいる野次馬達がヒソヒソと話している。
「また喧嘩かぁ」
「こりゃ、今回の二人も期待できねぇなぁ」
「いつになったら魔物に怯えない平和な暮らしができるのかしらねぇ」
ため息が聞こえてくる。そのとき、チカは違和感を感じた。
身体の中から力が抜けていくような…なんだろう?
「喧嘩してたの?仲が悪いの?」
男の子が心配そうに再び尋ねる。すると、京介がチカの肩に手を回し抱き寄せた。
なっ、また…!!
チカは顔が赤くなるのを感じる。横目で京介を見れば涼しい顔だ。同じ部屋に二人きりなんて無理だと顔を真っ赤にして俯いていた人と同一人物とは思えない。
「そんなことないよ。仲良しだよ」
「でも言い合いをしてたでしょう?」
「それはね、僕は床で寝るから彼女にベッドを使ってほしいと言ったのだけど、彼女は優しいから魔物と戦う僕の身を案じて、僕がベッドを使うようにと言うんだ。でも、愛しい彼女を床で寝かせるなんて、そんなこと僕にはできないよ」
チカの肩に回されていた手がスッと頬に添えられる。思わず京介の方に向くと、京介もチカの方を見ていて見つめ合うような形になる。
はぁ~
女性客の中からうっとりとしたため息が漏れる。それと同時にチカの中の脱力感が消えるのを感じた。
「そうだったんだ。だったら、一緒に寝たらいいんだよ。僕とママも一緒のベッドで寝ているんだよ」
少年が嬉しそうに言う。随分心配をかけていたようだ。
「うーん、でも僕は寝相が悪いんだ。一緒に寝たら彼女を蹴ってしまうかも」
そいつはいけないなぁと野次馬達から笑い声が上がる。すっかり場も和んだようだ。遠巻きに見ていた彼らも近づいて来る。
「確かにこの部屋はシングルベッドだから二人で使うのは無理だよなぁ。おかみさん、ダブルの部屋に替えてあげなよ」
「今夜は満室なんだよ。空いてるのがここだけなんだ」
「でしたら、私の部屋と交換しましょう。息子はまだ小さいので、シングルでも二人で寝れますもの」
少年の手を引いて連れ戻そうとしていた小柄な女性が言う。この人が少年の母親のようだ。
「そうだよ。それがいいよ」
少年も同調する。
「いえ、そんな悪いですよ。そういうつもりで言った訳では…」
「いいんです。聖女様と聖騎士様は魔王を倒す使命を負ってらっしゃるのでしょう。これぐらいのこと、当然です」
そうして替わってもらった部屋は、部屋の広さはそのままにデスクとクローゼットが取り払われてダブルベッドが押し込まれている部屋だった。ベッドの存在感がすごい。チカが京介の様子をそっと伺えば、また顔を赤くして固まっている。
鈴木くんって二重人格なのかしら…ここまで緊張されると逆に冷静になるわね…
「…じゃあ…私はベッドの左端の方を使おうかな。端っこの方から絶対に出ないから、鈴木くんは右側を使ってね」
「俺こそ右側の端から出ないから、片瀬さんは広く使っていいよ」
「うんうん、ありがとう。じゃあ、休もっか」
今日は色々信じられないことばかりが起こり、極限まで疲れていた。チカはベッドに横になると、あっという間に眠り込んでしまった。
「片瀬さん、マジか…」
スヤスヤと寝息を立てるチカを見て、京介が呆然と呟いたのにも全く気づかなかった。




