ハイスペックなクラスメート
片瀬チカは草原を歩いている。ぬかるんだ道を引き摺るほどのロングスカートとヒールの靴で歩いている。泥に汚れたスカートの裾が脚にまとわりつくわ、ヒールがときどきズボッと泥に嵌るわ、靴擦れはしているわで、泣きたい気分だ。
「大丈夫?」
少し前を歩いている大袋を担いだ鎧姿の男が振り返る。彼の名は鈴木京介。チカの高校のクラスメートだ。
「うん、大丈夫。ごめんね、遅くて」
「気にしないで。その靴じゃ歩きにくいよね」
「本当にごめん。私が草原を突っ切った方が近道になるって言ったばっかりに」
「初めの方は草の丈も低かったし、地面も乾いていたのに…こんなになるなんて詐欺だよね。俺はブーツだからいいんだけど、片瀬さんの装備だときついよね」
京介が道なりに行った方がいいと反対したのを、「絶対草原の方が早いって」とチカが押し切ってこうなってしまったのだが、京介はチカを責める様子もなく逆に気遣ってくれる。
「普通の道だったとしても、こんな細いヒールで歩いて旅をさせるとか、片瀬さんはこのゲームの作者に怒ってもいいと思うよ」
「…プレイしているときは分からなかったけど、旅をする服装じゃないよね…このヒラヒラした服も歩きにくいよ。鈴木くんの鎧も動きにくそう」
「騎士の防具だけあって、こんな見た目でも機動性は高いんだよ。ただ、ちょっと重いんだよね。お金ができたら、もっと普通の服を買おうよ」
チカと京介はゲーム『最後の聖戦~聖騎士と聖女の誓い~』の世界を旅している。チカが聖女で京介が聖騎士だ。数時間前までは普通の高校生だった二人が何故こんなことになっているのかは分からない。高校からの下校途中、チカは知り合いの家を訪ねた帰り道に京介に偶然出会い、「ちょっといい?」と呼び止められた。
「うん…何?」
物静かな京介はクラスの中心になるようなタイプではなかったが、成績優秀で見た目も良かったのでファンの女の子はいっぱいいる。自分とは別世界の人気者に声をかけられて、チカはドキドキしながら答えた。
「このゲーム、やったことある?」
見せられたのは『最後の聖戦~聖騎士と聖女の誓い~』のディスクだった。
「うん、あるよ。えっ!?鈴木くんも、こういうゲームやるの?わぁ、意外だな~」
一気に親しみを覚えて、チカは思わず声が弾む。先ほどまでとは打って変わって笑顔になったチカに、京介は少し戸惑った表情を見せる。
「いや、やったことはないんだけど…」
「…そ、そうよね…思いっきり女子向けだもんね、そのゲーム…」
表向きは聖騎士と聖女が魔王を倒して世界を救う物語なのだが、ゲームのメインは恋愛だ。聖騎士と聖女の恋愛パラメーターをどれだけ上げられるかでエンディングが変わってくる。このゲームのファンだということを京介のような現実世界でモテる人に知られ、なんだか恥ずかしくなってしまったが、気を取り直して
「で、このゲームがどうしたの?」
と、ディスクを手に取ろうとした瞬間、チカと京介は今のカッコになって古びた聖堂にいた。傍にはゲームのオープニングで見たことのある神官がいて、「あなた達には世界を救う使命が~」と何やら拝み倒されたかと思うと、荷物一式が入った大袋とともに聖堂から追い出された。聖堂に戻ろうとしても「あなた達には世界を救う使命が~」と言われるだけで入れてもらえず、周辺には何もなく、仕方がないので大袋の中に入っていた地図を頼りに、始まりの村を目指しているところだ。日が暮れるまでに宿に辿り着かないと命の保障はできないと神官が言っていたので急いでいる。なにしろ、この世界には…
「あ、片瀬さん、ちょっと下がってて」
数メートル先に大きな蝶が飛んでいる。綺麗な見た目をしているが実は魔物であり、かまいたちを放ったり毒の霧を吐いたりしてくるとんでもないやつだ。京介は剣を構えると、背後から近づき斬りかかる。かすったが致命傷にはならず、魔物は羽ばたいて京介に向けてかまいたちを放った。それを横に飛んで躱した京介は、体勢を整えると一気に間合いを詰めて剣を水平に振り抜く。今度はまともに当たり、魔物は地面に倒れた。素晴らしい剣捌きだ。
「鈴木くんは本当に現代日本人なの?」
「小学生のとき、剣道をやっていたからね」
「剣道ってこんなんだっけ」
「多分、聖騎士としてのスキルが追加されてるんだと思う。身体能力が上がっているっぽい」
そう、この世界には魔物がいて襲ってくるのだ。ゲームで遊んでいるときは、戦闘は恋愛イベントのおまけだったのに、実際にはガチの戦闘であり襲われると当然怪我をするし、命を落とすこともあるようだ。前回召喚された聖騎士は、魔物との戦闘で大怪我をして囚われ、聖女も行方不明になっているとのことだ。しかも、日が暮れると魔物の数もレベルも桁で上がるらしい。だから急いで人里に辿り着かないといけないのだ。
そう、辿り着かないといけないのだが…
魔物をやっつけた後は聖女であるチカの仕事だ。死骸の方に歩き出そうとして、靴擦れの痛みで思わず顔をしかめる。まだ始まりの村まで半分ほどしか来ていないのに、この足であと何時間も歩けるだろうか?
「片瀬さん?どうかした?」
京介が大袋から魔法大辞典と書かれた分厚い本を取り出してチカに差し出していた。
「ごめん、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
チカは京介から本を受け取ると、パラパラとめくっていく。この魔物からは、傷薬、体力回復薬、毒消薬が作れる。
「今回はどれを作ろう?」
「うーん…そうだなぁ…まずは体力回復薬から充実させて、と思うんだけど」
「うぅ…ごめんね…私の魔法がしょぼいから…」
前にやっつけた魔物も、その前にやっつけた魔物も、さらにその前にやっつけた魔物も、今日京介がやっつけた魔物は全て体力回復薬にした。でも、まだやっと1回と少々の回復分しか取れていない。魔法大辞典によれば、魔物から取れる薬の量は術師の能力に左右され、魔物1体から最大で10回分の薬が取れるらしい。ゲームで遊んでいたとき、序盤でも魔物1体から1回分の薬はとれていた。
「まだ始めたばっかりなんだから仕方ないよ。これから、増やす方法を探していこう」
しかし、始めたばかりなのは京介も一緒だが、あちらは華麗に魔物を狩っている訳で、役立たず過ぎて申し訳ない気持ちになってしまう。今回はうまくいきますようにと願いながら、魔物を囲むように陣を描き、絶対にこんなに必要ないとは思いつつ空の小瓶を10本ほど並べ、辞典に書かれている呪文を唱える。
バチッ
死骸が青白い光に変わり小瓶へと移動する。水色の液体が左端の小瓶の1/5程入っているだろうか。残りの9本の小瓶は空のままだ。増やしていくどころか、前回よりも量が減っている気がする。
もう、やだ…
ますますどんよりと滅入った気持ちを押し殺しつつ、チカは前回作った回復薬の瓶に今回の分を移す。情けない思いで空の10本の小瓶を大袋に戻したとき、京介に腕を掴まれた。
「な、何?」
驚いて振り向くと、京介が少し怒ったように眉を顰めてチカを見ている。
そりゃ、怒るよね…鈴木くんが命の危険を冒して狩っている魔物なのに、報酬がたったこれだけなんて…
「ごめんなさい!」
「足、見せて」
思わず謝ったチカだったが、京介はチカが足を引きずっているのに気づいて心配していただけだった。「別に大丈夫だから…」と靴擦れを隠そうとするチカを、京介は有無を言わせず草むらに敷いたマントの上に座らせて靴を脱がす。踵は両足とも血が出ていた。
「…いつから…」
「ヒールなんて普段は履かないから…でも、大丈夫だよ!歩けるよ!」
「回復薬じゃなくて、傷薬にしたらよかったね…気付かなくてごめん」
「鈴木くんが謝ることじゃない…私が…」
京介がひょいっとチカを抱き抱える。
「なっ、なっ、何…!?」
「この足じゃ歩けないでしょ」
「いや、だから、歩けるって…重いでしょ、降ろして」
「片瀬さんは重くないけど、暴れると重くなるから、できればもっと俺の方に寄ってくれると助かるんだけど」
「寄るって…」
チカは顔がみるみる赤くなるのを感じる。
「いや、無理無理無理無理!」
「でも、体を離されると結構キツイ…」
「じゃ、じゃあ、せめておんぶで…」
京介におぶられ、チカは京介の肩におずおず手を乗せる。
「重心が離れると重いから、もっとこう背中全体に乗れる?」
「あっ、そっ、そうだよね」
「それで、首に手を回してくれると助かる」
「こっこんな感じかな」
チカは京介の首にそっと腕をまわす。さっきから胸の鼓動がうるさい。
「…本当にごめんなさい…私は足を引っ張ってばかりで、鈴木くんばかりに負担がいってて…」
「あのさ」
京介がポツリとチカの言葉を遮る。
「片瀬さん、さっきからずっと謝っているけど、謝らないといけないのは俺だから」
「へ!?何で?」
「だって、こんなことになっているのは、多分あのとき俺が片瀬さんにゲームを渡したからでしょ」
「そんな、ゲームを手にしたら聖聖の世界に入るなんて、そんなことが起こるんだったら、私なんてもう100回はここに来てなきゃいけないよ」
「でも、片瀬さんがゲームに触れた瞬間だったよね。他に原因は考えられないよ。片瀬さんがここに来たのは俺のせいだよ。ごめん」
沈んだ声でそう言って俯いてしまった京介に、チカは慌てた。
「鈴木くんのせいじゃないよ。もし、あのときゲームに触ったせいだったとしても、こんなことになるなんて思わないんだから、鈴木くんは悪くない。それに、鈴木くんがいなければ、私、最初の魔物で死んでたと思う。いや、本当、鈴木くんと聖聖に来れてラッキーだったな」
京介を慰めようとしたチカだったが、最後のは自分への独り言だった。学校ではほぼ話したことがなかったが、この数時間で京介がとても優秀で、そしてとても優しい人なのがよく分かった。それに、なんといっても京介は顔が良いのだ。
本当に綺麗な顔立ち…憂いのある表情もとてもサマになる…
チラリと京介の横顔を盗み見ると、とんでもない状況にあるにも関わらず胸がときめく。現実世界に帰れたら、チカも鈴木京介ファンの子たちの仲間入りしてそうだ。チカが京介に見惚れていると、俯いていた京介がチカの方に顔を傾け、目が合った。
「ラッキーって…」
京介の顔に少し笑みが戻る。
「ふふ、ラッキーなのは俺だよ。片瀬さんと来れたのは不幸中の幸いだ」
「えっ、えぇっ」
チカの顔が再び真っ赤になる。
「だって、片瀬さん、このゲームを100回もプレイしているんでしょ?攻略法とか知ってるんじゃない?」
「あ、あぁ、そういう…うん、イベントとか覚えてるよ!任せて!」
チカは照れ隠しで元気よく答え、はずみで京介の背から離れて体を起こしてしまった。後に倒れそうになる。
「よっと」
京介が軽くジャンプするように、チカを背負い直す。チカは再び京介の背に体を預け、思わず首にまわす腕にギュッと力が入った。
「あれ?」
京介の動きが止まる。
「どうしたの?」
「なんか、今、体がすごく楽になった」
なんでだろ、と京介が首を捻る。そこへ、また魔物が現れた。
「片瀬さん、ちょっと待っててね」
京介はチカを降ろすと、剣を構えて魔物に向かって駆け出す。そして、魔物の手前でジャンプし、天高く舞い上がって空中で一回転したかと思うと、そのまま体重を乗せて魔物をぶった斬った。
「すごっ…」
チカは思わず声が出ていた。戻ってきた京介に
「今のどうやったの?」
と尋ねる。
「身体が勝手に動いたというか…なんか、身体がすごく軽い」
「…鈴木くん、凄すぎ…とにかく、私も頑張るよ。薬を作るね」
「今回は傷薬にしよう」
チカは魔法大辞典を大袋から出し、傷薬精製の陣を描いて小瓶を並べる。呪文を唱えようとしたとき「待って」と京介がストップをかけた。
「ちょっとだけ、ごめんね」
京介がチカを後ろからふわっと抱きしめた。
「なっ、なっ、何…!?」
「この状態で呪文を言ってみて」
「えっ、どう、えっ…」
「ちょっと試してみたいんだ」
京介が話すとチカの髪に息がかかる。チカの胸の鼓動がヤバいくらいに高鳴り、顔は真っ赤だ。
このままじゃ、ときめきが過ぎて、死んでしまう!
訳が分からないけど、とにかく早く終わらせようとチカが呪文を唱えると、魔物の死骸が黄色い光となって小瓶に移る。
「嘘…信じられない…こんなにたくさん…」
3本の小瓶が黄色い液体で満たされていた。京介が満足そうに頷いている。
「やっぱりね」
「どういうことなの?」
「このゲームはアクションとかRPGじゃなくて、恋愛ゲームだということを忘れてたな」
なんだろう。聖聖の大ファンだと知られているチカとしては、なんだか否定したい気持ちになる。
「いえ、アクションやRPGの要素もあって、決して恋愛だけのゲームでは…」
しかし、京介はチカの言葉には無反応で、一人で納得を深めている。
「なるほどね。こういう感じでレベルを上げるのか。結構簡単にクリアできそうだね」
京介がチカに笑いかける。その笑顔の破壊力たるや、ゲームの聖騎士のスチルに負けず劣らず煌めいていた。
うわぁ、顔良い……鈴木くん、凄過ぎ…
チカがポーっとしていると、京介が出来たばかりの傷薬の小瓶をチカの両足の怪我に垂らす。傷が魔法のようにスーッと消える。
「これはすごいね。痛みはどう?」
「痛みも完全に無くなったよ」
「よかった」
そう言うと、京介はチカを抱き抱えて立ち上がった。
「なっ、なっ、なんで…!?」
「だって、また靴擦れしちゃうでしょ。それに、聖女がヒールの細いパンプスを履いているのは、きっと聖騎士が抱っこしろってことだよ。気づかなくてごめんね」
「いや、違う違う!ゲームでは聖女も自分の足で歩いていたから!降ろして!」
「でも、靴擦れが…」
「靴擦れしたら、また傷薬を使うから!降ろして!」
「うーん、正直なところ片瀬さんに抱きついてもらっていた方が、身体が軽くて俺も楽なんだけどな…」
抱きつくって…
チカの顔がまた真っ赤になる。京介は平然としているが、チカの頭は混乱し過ぎて訳が分からない。
同級生って、そんな簡単に抱き合ったりするの?モテる人達ってそんな感じなの??鈴木くんの距離感、一体どうなってるの!?
「でも、やっぱり、自分で歩く!!!」
チカはなんとか京介から降りて、歩き出す。二人の魔王を倒す旅は始まったばかりだ。




