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 ロケットのように勢いよく突っ込んでくるアビスに、揚羽は慌ててその場から飛び退く。魚のマグロが水中を泳ぐのと変わらない速度に揚羽は背中がぞくりとした。当たっていたら無事では済まない。これはアビス全般に言える話だろうが。


「マグロか……たまには寿司もアリだな」


 飛び込んでくるアビスを躱しながら、出雲は呑気に呟いていた。


「竜田揚げもビールに合うし――」

「出雲」


 手に腰を当てて出雲を諌めるマリン。


「分かってるよ」


 やれやれと肩を回す出雲はその場から動かなかった。昨日と同じようにアクロバティックにアビスを退治しないのか。

 揚羽は刀を握りしめたまま、出雲の動向を窺っていた。


「先輩、昨日のように討伐しないのですか――っ!」

「あのスピードに追いつくのは無理だろ」


 飛んでくるアビスを避けながら揚羽は出雲に問いかける。確かに、自動車と同じくらいの速度で襲いかかってくるアビスに追いつくのは至難の業だ。


「だから、あっちから来てもらえばいい」


 出雲は自分の目の前に、網目状にした糸を張り巡らせる。

 アビスは出雲に飛んでいき、あと一歩で出雲まで届く距離まで迫っていく。

 だが、アビスが出雲に届くことはなかった。アビスは張り巡らされた糸に気がつかずに勢いよく突っ込み、自ら切り裂かれていった。

 出雲はスキルを使いこなしている。無闇に体力を消費しない賢いやり方だと、揚羽から思わず感嘆の声が漏れた。


「お前も一匹くらい倒してみろよ」


 再び糸を張り巡らせながら、揚羽に視線を向ける出雲。

 簡単に言うが、突然言われてすぐに倒せるものではない。揚羽は内心悪態をつきながら刀を握り直す。

 そのとき、タイミングよく一匹のアビスが揚羽の元に向かってきた。


(……やるしかない)


 揚羽はしっかりと刀を握り、


(――む、無理無理!)


 まるで野球のバットを振るような動きで刀を振るった。

 腰が引けて横に逃げ、おおよそ刀を振るうフォームではなかった。だが、突っ込んできたアビスは急には止まれず、揚羽の握る刀へと飛び込んでいった。


「おー、すごいすごい!」


 揚羽の後ろでのほほんと拍手を送るマリン。

 一方で、揚羽の心臓はバクバクと高鳴り、体の中で大量の冷や汗をかいていた。


(あんなのと真正面で立ち向かえるわけないじゃないですか!)


 間近で見たアビスの迫力は恐ろしいものだった。鋭い牙に噛みつかれたらただでは済まない。あの姿はしばらく夢に出てきそうだ。

 あんな怪物から調理法を考えられる出雲の神経の図太さも揚羽は恐ろしいと思った。

 その後も揚羽は怯えながらアビスと立ち向かい、揚羽の横で出雲は流れ作業のようにアビスを倒していった。


「終わったな」


 気がつけばアビスの姿はなくなっていて、オーシャンの海は平穏を取り戻していた。


(ようやく終わった……)


 汗一つかいていない出雲の横で気疲れしている揚羽。それほど動いたわけではないのに疲労感が尋常ではなかった。


「よぉし、戻ろう! たぶん梨羅と祢音も来てるはずだよね!」


 満面の笑みで、マリンが二人に手を差し出す。


「……先輩?」


 マリンの手を取ったのは揚羽だけだった。揚羽が出雲に視線を動かすと、出雲はぼんやりと海を眺めていた。


「出雲―。戻るよー」

「……え、あぁ」


 マリンに声をかけられ、出雲は我に返ったように頷いた。


「先輩、なにを探しているのですか?」


 表情を硬くして尋ねる揚羽。

 昨日の時点で、揚羽は出雲が海を眺めていたのは密かに気がついていた。

 しかし、敢えて口にはしていなかった。初日から深入りするほど自分は空気の読めない人間ではない。二日目なら多少は問題ないだろうと揚羽なりに考えた結果だった。


「……なんでもない」

「私、そんなに信用ならないですか?」


 眉を下げて問いかける揚羽。


「私もオーシャン専門管理局の一員です」


 揚羽の言葉に出雲は目を細める。無言で揚羽から海へと視線を戻した。


「……人を探してる」

「人? オーシャンに人がいるのですか?」


 揚羽の問いに出雲は答えなかった。

 仮想空間なのに自分たち以外に人間がいるのか。なぜオーシャンで探す必要があるのか。


(……これは近づけるチャンスかもしれない)


 揚羽は心の底で確信し、胸中でほくそ笑んだ。


「私に、先輩のお手伝いをさせてください」


 真っ直ぐな瞳が出雲を射抜く。驚く出雲に揚羽は続ける。


「困ったことがあれば助け合うのは当然ですから」


 共通項があれば信頼関係を築く一歩になるはずだ。


「……必要になったら頼むよ」


 つまり、今は必要ないと。

 断られるのも揚羽の予想の範囲内だった。藤波出雲は簡単に心を開く人間には見えなかったから。


「分かりました。いつでも頼ってください」


 あぁ、と小さく頷く出雲に、揚羽は笑顔を浮かべて応えた。

 焦る必要はない。少しずつ距離を縮めていけばいい。まだ時間はたくさんあるのだから。


「おはよう。出雲くん、瀬戸さん」


 揚羽たちがオーシャン専門管理局へ戻ると、キッチンにいた梨羅が笑顔で迎えた。

 祢音はゲーミングチェアに座り、昨日と同じようにスマホのゲームをプレイしていた。


「さっき、揚羽のスキルの練習してきたよ!」

「そうだったんだ。お疲れ様」


 飲み物用意するね、と梨羅はお湯を沸かし始める。


(先輩は一体どなたを探しているのでしょうか……)


 揚羽は先ほどの疑問が頭から離れなかった。オーシャンという仮想空間で人探しなど、普通なら有り得ない状況だ。出雲は一体誰を探しているのだろう。

 だが、それだけに集中するわけにはいかない。マリンから受け取ったスキルも使いこなす必要があるし、他にもやることは山ほどある。


「先輩方」


 揚羽の凛とした声が響き、全員の視線が揚羽に集中する。


「まだ二日目で分からないことも多くあります。ですが、一日でも早く先輩方に追いつけるよう精一杯努めてまいります。何卒よろしくお願いいたします」


 そう言って、揚羽は深く頭を下げた。

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