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「おはようございます」


 翌日。

 屋上に繋がるドアの前でパソコン作業をしていた揚羽は、階段を昇ってくる足音に気がつく。顔を上げると、昨日と同じように怠そうな表情をした出雲がいた。


「早いな」

「もちろんです。早めの行動が大事ですから」

「何時からいたんだ?」

「だいたい九時頃でしょうか」


 へぇ、と興味なさげな返答をして、出雲は鍵を開ける。興味がないなら質問をするなと揚羽は心の中で毒づいた。

 鍵が開いても、揚羽はパソコンから顔を上げなかった。


「なにしてんだ?」

「……業務日記です。一日でも早く先輩方に追いつこうと思いまして」

「真面目だな」

「ありがとうございます。真面目だけが取り柄とよく言われます」

「それは褒め言葉じゃないだろ」


 オーシャン専門管理局の鍵も開け、出雲はスツールに荷物を置いてモニターの電源をつける。

 揚羽もパソコンをしまって中に入り、昨日と同じソファに腰掛けた。


「あの、私はなにをすればよろしいでしょうか」

「あー……特にないから座ってて」


 なにもないと言うのは逆にそわそわしてしまう。掃除でもした方がいいだろうか。ひとまず言われた通りじっとしていようと、ソファに深く腰掛けた。

 出雲に視線を移すと、出雲はデスクトップ画面のずらりと並んだアイコンの一つをクリックしていた。起動された画面は、昨日祢音が開いていたオーシャンのチャットルームだった。


(チャットルーム……もしかしてマリンさんを呼ぶのでしょうか)


 出雲は置いてあったキーボードを手元に寄せる。


【名無しの出雲:おはよう。瀬戸がいるから一度こっちに来てくれるか?】


 入力された文字は吹き出しに囲まれて送信された。間もなくして、画面に新しいメッセージが表示される。


【マリン:了解! 今行くね!】


 出雲は届いた内容を確認し、揚羽の方へ振り返る。


「今マリンがこっちに来る。そしたら一緒にオーシャンに行くから」

「はい。分かりました」


 揚羽は両拳を丁寧に膝に置き、さらにスーツを着ているせいか。面接を受けているような雰囲気だった。


「……真面目だな」


 緊張した表情の揚羽を見て出雲は静かに呟く。出雲の呟きは揚羽に聞こえることなく消え去ったが。


「おっはー!」


 モニターからマリンが飛び出し、部屋中に明るい声が響く。

 昨日とは違うスムーズな出入り。やはり昨日はサプライズとしてホラー映画のような出入りをしていたのでは。揚羽はマリンの様子を見て一人考えた。


「おはようございます」

「おはよ。早速だけど、瀬戸にスキルを渡して欲しい」


 マリンに向けて丁寧に会釈する揚羽と、挨拶をほどほどに本題へ入る出雲。

 スキル。出雲がアビスを倒した力。昨日ほんの少しだけ話題に上がったのを揚羽は思い出した。


「オッケー! 梨羅と祢音は?」

「もうすぐ来る。……全部俺に任されてるからな」


 どこか不満げな出雲の声。同時に眼鏡の奥の鋭い瞳がマリンを射抜いた。

 マリンは全く意に介さない様子で、出雲の後ろにいる揚羽に微笑む。


「てことで揚羽、オーシャン行くよ!」

「……分かりました。よろしくお願いします」


 出雲の鋭い視線が突き刺さり、揚羽は一瞬ムッとする。面倒を見ることに同意したのだから、苛立ちを当の本人にぶつけないで欲しい。

 揚羽は腰を上げて二人がいるモニターの前へ向かう。差し出されたマリンの手を握ると、ひやりとした感覚が伝わった。


「【さぁ、君もオーシャンに飛び込もう!】」


 オーシャンのキャッチコピーを高らかに叫ぶマリン。マリンと繋いだ手を中心にして放射状の光が放たれ、視界が白んでいく。

 浮遊感がやってきたとき、揚羽は三半規管が強い自分に今さらながら感謝した。


 浮遊感はゆっくりと消え、揚羽たちは昨日と同じように白い砂の上に着地した。

 辺りに広がる海は眩しい光に反射して青々と輝いていた。波は静かに打ち寄せ、心地いい音が揚羽の耳に届いた。


「それじゃあ、スキル渡すね!」

「スキルはそんな簡単に渡せるものなのですか?」

「あたしはなんでもできるからね! そのくらい朝飯前だよ!」


 揚羽の問いに自信満々に答えるマリン。そこだけ切り取ると、全能の神もびっくりな発言だ。

 既にファンタジーのような出来事が起こっているのだから、そういったことを聞くのも無粋かもしれない。


「揚羽、手出して!」


 言われるがままに両手を差し出す揚羽。

 マリンが揚羽の手を取ると、手の先から暖かいなにかが揚羽の体の中に伝わってきた。例えるなら、マグカップに入った温かい飲み物を飲むような、ほっと安心する感覚だった。


「完了!」

「……これでスキルを手に入れたのですか?」


 笑顔で頷くマリン。

 与えるという行為なのだから、なにかしら特別な儀式が必要なのだと揚羽は思っていた。しかし、手を取って温かい感覚を覚えただけ。気を送り込まれたと思えばいいのだろうか。


「揚羽、刀だよ」

「え?」

「揚羽の思う刀、想像してみて!」


 マリンの発言に戸惑う揚羽。

 言われた通り、自分が思う刀を想像する。真っ先に思い浮かんだのは、美術館に展示されているような日本刀だった。


「イメージできたら、次は自分が持っている姿を思い浮かべてみて」


 今までの人生で刀を握ったことがないため、揚羽は頭を悩ませる。いつか見た時代劇を思い出しながら必死に想像した。

 すると、揚羽の手元に刀が現れた。慌てて握り締めると、ガシャンと鉄の響く音がした。それは揚羽が想像したものと同じだった。


「いいね! 揚羽、かっこいいよ!」

「これが、私のスキルですか?」

「そう! 刀の具現化!」


 まじまじと刀を見つめる揚羽。出雲もまた、揚羽の握る刀を感心した様子で眺めていた。


「刀以外にも、ナイフとか刃物ならできる……と思う!」

「自分が渡したんだから。保険をかけるな」


 出雲とマリンが話す横で、揚羽は自身が握っている刀に視線を落としていた。

 てっきり出雲と同じスキルを与えられると思っていた。なのに、まさか刀を具現化する力を与えられるなんて。自分の想像だから本物の刀よりは軽いだろうが、柄の触感も太陽に反射して光る刀身も、本物の刀と同じだ。


「せっかくだから練習してく?」


 ニヤリと笑うマリン。

 練習とは。素振りでもするつもりなのかと揚羽は疑問を抱く。


「後ろ」

「後ろ?」


 マリンが揚羽たちの後方を指差す。振り向くと、十匹ほどのマグロの姿をしたアビスが海面を飛び出して、揚羽たちに向かってきていた。

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