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「私が現状で不明な点はある程度解消されました。また分からないことがあれば、都度教えていただけると助かります」


 座ったまま深く頭を下げる揚羽。


「ねぇねぇ。しばらく揚羽の面倒は出雲が見たら?」


 ほくそ笑むマリンと、明らかに嫌そうな顔をする出雲。


「なんで俺なんだよ」

「だって、今日の占い一位でしょ」

「だから、マリンが適当に考えたのを占いって呼ぶな」


 ずいっと顔を寄せるマリンから逃げるように、出雲は顔を逸らす。

 適当に考えた。つまり、オーシャンの占いはマリンの裁量で決まっている。朝のコーヒーショップで密かに一喜一憂していたのを思い出し、揚羽は自分自身に呆れた。やはり占いの結果は当てにならない。


「いいじゃん。出雲さんよろしく」

「さっき二人でオーシャンに向かったし、これもなにかの縁じゃないかな」


 笑顔を浮かべる祢音と梨羅。ただし、祢音は明らかに面倒ごとを押しつける雰囲気で、反対に梨羅は純度百パーセントの穏やかな笑みだった。


「出雲は優しいんだし、揚羽に色々教えてあげて!」

「……てことで、よろしく」


 怠そうな表情で揚羽に視線を向ける出雲。


「はい、よろしくお願いします」


 揚羽はにこやかな笑顔で返すが、心の中のフラストレーションは確実に溜まっていた。この調子だと近いうちに爆発するかもしれない。

 それから、揚羽は今後のオーシャン専門管理局での過ごし方を教えてもらった。

 必要なものがあれば好きに持ち込んで構わない。現にモニターやゲーミングチェアは祢音の、キッチン周りの物は梨羅の私物らしい。就業時間も朝十時から夕方五時までと決めてはいるが、アビスが来なければ好きなように過ごしていい。実際に、働いているのは多くて数時間らしい。出雲曰く、「頻繁に来られたら俺たちの体が持たない」とのこと。


「勤務時間以外、例えば深夜などにアビスが来た場合はどうしているのですか?」

「起きてる奴が行く。だいたい……いや、ほぼ祢音だな」


 ゲームしてるから起きてんだよ、と出雲は付け加える。道理で祢音は目の下に濃い隈ができているのか。


「ちょっと早いけど、お昼にしよっか」


 梨羅に言われ、揚羽は昼食の用意をしていないことを思い出した。ここに来る途中にコンビニがあったから、そこで済ませればいい。


「今日はパスタにしようと思うんだけど、瀬戸さんもどう?」


 ランチを兼ねた歓迎会か。食事は相手を知る絶好の場だから断る理由がない。


「ぜひご一緒させてください」

「良かった。苦手なものとかアレルギーはある?」

「いえ、特にないです」


 入江梨羅という女性は細やかな気配りができる女性のようだ。感心した揚羽は外へ出る準備をしようと立ち上がる。

 一方で、梨羅は鼻歌を歌いながらキッチンへ向かった。


「出雲くんと祢音くんはなにが食べたい?」


 梨羅が冷蔵庫を開けた時点で、揚羽は違和感を覚えた。


「カルボナーラ。温玉付きで」

「和風のなんか」


 二人の回答に「同じものにして」と苦笑する梨羅。

 これは噛み合っていない気がする。揚羽はジャケットに手をかけたところで立ち止まった。


「あの、どこかお店へ出かけるのではないのですか……?」

「ううん。私が作るよ」


 揚羽の頭に疑問符が浮かぶ。揚羽が返す言葉を考えている間にも、キッチンに食材が並んでいく。


「俺たちが外に出るわけないだろ」

「……そんな誇らしげに言える台詞ではないような気がします」


 当たり前のように答える出雲に、揚羽は冷ややかな視線とともに言葉を投げかける。


(入江先輩もなかなか……)


 変わり者だ。揚羽はそのとき気がついた。


「瀬戸さんはゆっくりしててね」


 当人である梨羅は揚羽に優しく微笑みかける。

 その後、振る舞われた梨羅の料理は、お世辞抜きに店を出せるレベルだった。


「帰るか」


 あっという間に日は傾き、揚羽たちは帰り支度を始めた。

 アビスも昼食後に一度現れたきりで、そのときは梨羅と祢音とマリンが向かった。梨羅たちがオーシャンに行っている間、必然的に揚羽と出雲は二人きりになった。気まずい空間に耐えきれなかった揚羽の心情を知ってか知らずか、煙草休憩と称して外に出た出雲に心の底から感謝した。


「また明日ねー!」


 朝の元気が衰えないまま、マリンはモニターの中に入っていった。

 電源が落ちて、なにも映っていない画面を静かに見つめる揚羽。


「鍵閉めるから早く出ろ」

「……私は文字通り、電子の海を泳いでいたのですね」


 出雲に背後からせっつかれた揚羽は、一人感傷に浸っていた。

 今日一日で瀬戸揚羽の常識は簡単に覆された。オーシャン専門管理局はただのネットパトロールかと思いきや、オーシャンに実際に行ってアビスという怪物を倒すのが仕事。オーシャンの公式マスコットキャラクターのマリンが、実は架空の存在ではなく異世界から来た人物。超常現象なんて簡単な言葉では言い表せない出来事ばかりだった。


「そういうダサいポエムはオーシャンのオープンチャットに投げとけ」


 そして、オーシャン専門管理局の人物は全員曲者。

 出雲が冷たく言い放ち、揚羽を現実に引き戻した。


(……どうやら、藤波先輩に情緒というものは存在しなさそうですね)


 ジャケットを羽織って鞄を手に取り、揚羽はオーシャン専門管理局を後にした。


「カレー粉……パン粉……蒲焼き……」


 屋上を施錠して地上へと降りていく。階段を降りながら、出雲は一人ぼそぼそと呟いていた。


「今日の献立ですか?」

「そう、イワシの調理方法。梨羅に頼もうと思って」


 もしや、と揚羽は眉をひそめる。


「……先輩、水族館にいる魚を見て美味しそうと思うタイプですか?」

「だな。見てると腹が減る」


 信じられない。水族館の可愛らしい魚たちに対してそんな感情を抱くなんて。それに、あんな化け物から呑気に調理方法を想像するとは、この男はどれだけ食い意地が張っているのか。

 藤波出雲という無神経な男とは簡単に分かり合えそうにない。揚羽はそのとき確信した。

 出雲たちと別れ、揚羽は自宅への道をぼんやりと歩いていた。未だにオーシャンにいたときの感覚が離れなかった。行き来していたときを思い出し、どこか足元がふわふわした気もする。

 帰宅した揚羽はスーツのままベッドに倒れ込んだ。なにをする気力もなく、しばらく同じ体勢のまま動けなかった。

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