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 白んだ景色が晴れていくと、揚羽たちはオーシャン専門管理局の部屋に戻っていた。


「お疲れ様。どうだった?」


 暖かい梨羅の微笑みが揚羽たちを迎えた。

 どこかふわふわとした感覚が抜けない揚羽は、梨羅の笑顔で戻って来たのだと理解した。


「群れだった。強くなかったからすぐ終わったよ」

「良かった。新しい飲み物用意するね」


 梨羅はにこやかな表情でキッチンに向かう。


「出雲さん、お疲れ」


 無気力な声が揚羽たちに届いた。見ると、祢音はゲーミングチェアの上で器用に体育座りをしていた。労いの言葉はそれだけで、祢音はすぐにスマホに視線を落とした。


「目くらい合わせろよ」

「忙しいから無理」


 二人の軽いやり取りに揚羽は乾いた笑いをこぼす。

 腕時計型の端末をちらりと見ると、時刻は壁にかかっている時計と同じだった。


(なるほど、時差やラグはないのですね)


 時間の流れは現実世界もオーシャンも変わらないのだと、揚羽は納得した様子でソファに腰掛ける。


「瀬戸さん。いきなり初仕事だったけど、どうだった?」


 新しいコーヒーが置かれ、揚羽は湯気をぼんやりと見つめていた。


「……まさかオーシャンの中に行くとは思っていなかったです」

「そうだよね。説明が追いつかなくてごめんね」


 眉を下げて笑う梨羅。

 淹れたてのコーヒーを一口飲むと、今度こそ苦味を感じられた。自分を落ち着かせるように一呼吸置いてから揚羽は口を開く。


「いくつか質問をしてもよろしいでしょうか」

「うん。なんでも聞いて」

「アビスという怪物について、藤波先輩はどうやってあの怪物を倒したのか。そして――」


 揚羽の視線は、宙に浮いて二本目のラムネを飲んでいるマリンに向く。


「そうだった。ちゃんと自己紹介するね!」


 ラムネをテーブルに置き、真剣な顔つきになるマリン。


「あたしが話すのは全部本当だから、ちゃんと信じてね」

「も、もちろんです」


 マリンにつられて揚羽も表情が硬くなる。

 先ほどの信じられない光景を目撃したせいで、揚羽は全てを信じ切る自信はなかった。だが、マリンの真剣な表情から、マリンの話を受け入れようと覚悟を決めた。


「まず、あたしは異世界から来たの!」


 難しいかもしれない。一言目から自信を失った。


「元々、こことは別のところに住んでたんだけど、アビスが襲ってきたから別の世界に逃げて、そしたらオーシャンと繋がったの。そこでポセイドンに助けられて――知ってると思うけど、ポセイドンはオーシャンを作った人ね。それで、せっかくならオーシャンで暮らさないかって言われて、今はオーシャンのマスコットキャラクターをしてるの!」


 マリンは早口で捲し立てる。

 どこから理解すればいいのかと、揚羽は必死に頭を働かせた。異世界なんて単語は漫画やアニメでしか聞かないし、マリンが逃げた先がオーシャンだった理由もよく分からない。オーシャンを作った人物も名前が挙がるとは思わなかったし、そこからマスコットキャラクターになった経緯なんて話が一切繋がらない。


「その顔、信じてないでしょ」


 悪戯っぽく笑うマリン。最初からこちらが信じないのを前提で話してきたのだと、揚羽はマリンの表情から察した。


「マリンちゃん。意地悪しないの」


 梨羅に指摘され、マリンは「はぁい」と唇を尖らせる。


「でも、マリンちゃんの話は全部合ってるよ。マリンちゃんはマスコットキャラクターだけど架空の存在じゃないし、現にオーシャンで色んな仕事をしてるの」

「マリンさんのオーシャンでの仕事は、ポセイドンから請け負っているのですか?」


 揚羽の問いに頷くマリン。

 ポセイドン。ギリシャ神話に出てくる海の神の名前。オーシャンを設立した人物で、その正体についてはオーシャンがリリースされた今なお不明だった。ポセイドンというのも個人のハンドルネームではなく団体名なのでは。そもそも存在しているのかと、ネット上で様々な噂が広がっていた。


「ポセイドンがどんな人物なのか、マリンさんはご存知なのですか?」

「もちろん! でも教えないよ。これはあたしとポセイドンだけの秘密!」


 爽やかな笑みで応えるマリンに、揚羽は「……分かりました」と引き下がった。ここで食いつくのは少し悪手かもしれないと。


「それでは、マリンさんが住んでいた世界についてもお聞きしていいですか?」


 コーヒーを飲む余裕は出てきたと、揚羽は冷静になり始めた頭でマリンの返答を待つ。


「うーん、海の中?」

「……なるほど」


 納得したのか怪しい様子で頷く揚羽。自分が今過ごしている世界とは全く異なるということだけは理解した。

 マリンの言う通りならば、マリンが人魚の姿をしているのも納得がいく。人間が二足歩行であるように、マリンの世界では人魚や海の生物が数多く暮らしているのだろう。

 ネットワークの世界と異世界が繋がるのはどういった原理なのかは不明だ。ただ、重箱の隅を突くように質問ばかりをしていては話が進まない。

 今はなんとなく理解するに留めておこうと、揚羽は思いついた質問を飲み込んだ。


「アビスはマリンさんを追いかけてやってきたとおっしゃいましたが、アビスはマリンさんのいた世界にいる怪物なのですか?」

「そういうこと!」


 マリンは大きく頷いた。

 アビスがマリンを狙う理由については、マリンが人魚だからか。人魚の肉を食べれば不老不死を得られるという話は聞くが、アビスのような怪物が不老不死を願うとは考えにくい。

 これについては後日ゆっくり考えよう。冷静に分析できるようになった揚羽は、ティーカップに残っていたコーヒーを呷る。


「では、別の質問です。藤波先輩。先輩はどうやってアビスを倒したのですか?」

「マリンからもらったスキル」

「スキル、ですか」


 出雲の短い返答を揚羽は思わず繰り返した。


「祢音が言い始めたんだよ。女神から力をもらうのはスキルだとかなんとか」

「別に転生してないけどね。でもそういう力は大体女神からもらってるんだよ」


 途端に饒舌になった祢音を、揚羽は驚いた様子で見やる。

 ゲームやなにかでそういう設定があるのかと、さほど詳しくない揚羽はそれについては追及しなかった。出雲たちの言うスキルを与えたマリンは、祢音の言う通り女神なのだろう。

 仮にマリンが女神だとしたら、アビスがマリンを狙う理由にも繋がるかもしれない。


「……もしかして、マリンさんは位の高い方なのですか?」

「かもねっ」


 マリンは口元に人差し指を当てて微笑む。反応からして、あながち間違っていないようだ。

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