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【マリン:ねぇ、そろそろいい?】
すると、揚羽の腕時計型端末に通知が届いた。メッセージはマリンから。揚羽は慌てて鞄からパソコンを取り出し、【大丈夫です】と返信する。
間もなくして、マリンが画面の中から飛び出して来た。
「やっと出られたー! 連絡してこないから、なにしてるのかと思った!」
マリンは頬を膨らませながら揚羽に詰め寄る。
「揚羽が『梨羅先輩の幻覚だと先輩に負担がかかるので、到着したらお呼びします』って言ったのに!」
「す、すみません。豊かな自然に見惚れていました」
「本当にぃ?」
「本当です。ほら、とても綺麗ですよ」
揚羽に言われ、マリンは青々とした木々に視線を移す。
「……本当だね」
先ほどとは打って変わって落ち着いた雰囲気になり、感嘆の声を上げるマリン。
静かに木々を見上げるマリンは、まるで陸に憧れる人魚が海面を見上げるようだった。
「こういう自然、実際に見るのは初めてなんだよね」
海の世界で育ったマリンなら当然のことだろう。今は目に映るもの全てが新鮮なはずだ。
「もう少しだけいてもいいよね?」
「もちろんです。人はほとんど通っていないですし。見つかることもないでしょう」
やったぁ、と子供がはしゃぐように喜び、先頭を突き進むマリン。
揚羽も保護者のようにマリンを見守っていると、マリンは小さく口ずさみ始める。
自然の中に調和するような、母が子を慈しむような、優しい歌声だった。
「なんの歌ですか?」
「あたしの世界の子守唄」
くるりと振り返り、揚羽に微笑みかける。
「前に可夢偉がいい歌だねって褒めてくれたんだ」
これは可夢偉に向けたマリンなりの弔いの方法だろう。揚羽は再び口ずさみ始めた、澄んだマリンの歌声に耳を傾けた。
「先輩方、帰りにどこか行きませんか?」
散策コースは登山道へと続いたため、揚羽たちは切り上げて駅へと戻ることにした。
駅へ向かう途中、揚羽は出雲たちに尋ねた。
「突然どうしたの?」
「現実世界をもう少し楽しみたいと思いまして。普段はオーシャンにいますが、私たちが本来生きているのはこの世界ですから」
「いいね、楽しそう」
揚羽に真っ先に乗った梨羅は、「どこ行こうかなぁ」と楽しげに考え始めた。
「ゲーセン」
最初に提案したのは祢音だった。
「昔やってたゲームの筐体出たらしいから」
「ゲームセンターですか。行ったことがないので、ぜひ色々教えてください」
「行ったことないって……真面目かよ」
「真面目です。よろしくお願いしますね」
ニコリと微笑む揚羽。
祢音の横で「そうだ」と弾んだ声で梨羅が言う。
「最近通販ばっかりだったから、久しぶりにお店で洋服を見たいかな」
「ショッピングですか。いいですね」
「私、揚羽ちゃんに着て欲しい服がたくさんあるの」
梨羅の目の奥が光ったのを揚羽は見逃さなかった。
これは間違いなく着せ替え人形にされる。梨羅の視線から感じ取った揚羽は冷や汗をかく。
だが、誰かに服を選んでもらうのもいいかもしれない。センスのいい梨羅に選んでもらえばいい服が買えるのは間違いない。
「揚羽ちゃんは? どこか行きたい場所はある?」
「そうですね……家の近くに小料理屋ができたので、先輩方と行ってみたいですね」
答える揚羽の横で、マリンは腕を組んで唸っていた。
「羨ましい……どうにかしてあたしが外に出られる理由を作らねば……」
ぐぬぬ、と顔を顰めるマリン。
「では、オーシャン専門管理局内で定期的にイベントを開くのはどうでしょう。それならマリンさんも楽しめると思いますよ」
「その手があった! こうなったら早速考えなきゃ!」
マリンは近くにいた梨羅と祢音を巻き込み、あれこれアイデアを出し始めた。
盛り上がる三人から、揚羽は一番後ろを歩いていた出雲へ視線を移す。
「藤波先輩。先輩は行きたいところはありますか?」
「……考えとく」
出雲からは素っ気ない言葉が返ってきた。
そういえば、ここに来てから出雲は一言も言葉を発していない。もしかして、可夢偉のことをずっと考えていたのだろうか。
揚羽は歩く速度を落とし、出雲の横に並んだ。
「やりたいことがすぐに思いつかなくてもなにも問題ありません。私たちは方向転換をして、生きる選択肢に変わっただけですから」
「……まぁ、そうだな」
「焦る必要なんてないですし、思いついたらいつでも教えてくださいね」
「……あぁ」
笑みがこぼれたことで、決して元気がなかったわけではないと揚羽も安心した。
「もし皆さんに言うのが恥ずかしければ、私だけに教えてくれても構いませんよ」
出雲が揚羽を見下ろすと、したり顔の揚羽。
「……お前、言うようになったな」
「不真面目を目指しているので」
「どこが不真面目だよ」
出雲は小さく鼻を鳴らした。
「……お前となら、どこに行っても楽しいだろうな」
「そうですか?」
「お前がいることが、俺の生きる理由だからな」
思わず立ち止まる揚羽。「うわ、」という言葉と共に表情が歪んだ。
「なんで引いてんだよ。お前もあのとき言ってただろ」
「先輩が言うと、こう、サムイというか……」
「なんでだよ」
軽口を叩き合った二人は一瞬の空白のあと、顔を見合わせて小さく笑う。
「揚羽ちゃーん、出雲くーん。そろそろ電車来るよー」
「お腹減ったからなにか食べたいんだけどー」
「イチャイチャは二人きりのときによろしくー!」
梨羅と祢音、マリンから野次に近い言葉が飛んでくる。
出雲は軽く溜め息をついて、揚羽に視線を移す。
「それじゃあ行くか」
「はい」
頷き合い、揚羽と出雲は先を歩く三人を追いかけた。
― 完 ―
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