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5.親愛なるあなたへ

「慶弔休暇、ですか?」


 オーシャン専門管理局の入り口でいつものように煙草を吸っていた出雲は、揚羽の問いに頷いた。

 揚羽たちが可夢偉の凶行を止めてから丸一日が経った。あれからオーシャンは何事もなく運営が続いていて、揚羽たちの戦いが一般人に知られることはなかった。

 現実世界に現れたアビスはマリンが先導し、オーシャンのパフォーマンスと称して乗り切ったと、梨羅から揚羽たちに教えられた。マリンのみ幻覚を解除し、梨羅と祢音は裏でアビス退治を進めていったと言う。

 その場にいた一般人によって、一部始終はオーシャンを含めたSNSで拡散された。しかし、それがアビスという怪物を退治していたとは誰も気がつかなかった。当日はトレンドに載るほど盛り上がったが、一晩明けた今ではオーシャンの現実世界でのゲリライベントとして記憶が残る程度で、大多数からは忘れられていた。

 揚羽の調査報告書についても、マリンの言い分を参考にして作成された。可夢偉のことを含めて本当のことを書いたところで、信じてもらえないだろうと揚羽が判断したからだった。


「可夢偉さんの地元に行こうと思って」


 慶弔休暇と言うが、オーシャン専門管理局に福利厚生の類は存在するのだろうか。揚羽は言いかけたが、そのツッコミは無粋だと飲み込んだ。


「瀬戸も来るか?」

「もちろん行かせてください。ですが、場所は知っているのですか?」

「前に一度だけ聞いた」


 出雲が煙を燻らせると、風に乗ってゆらりと揺れた。


「可夢偉さんは戻りたくないって言ってたけど」


 そう言う理由は、いい思い出がないからか。

 尋ねても、真実を答えてくれる人間はもういない。潮可夢偉は既に亡くなっているから。

 死を偽装しようとしたが、複製した自分によってそれは叶わなかった。それどころか、自分の存在が成り代わられた。偽物だと思っていた可夢偉が実は本物の可夢偉だった。出雲たちはずっとその真実に気がつかなかった。気がつくことができなかった。


(彼の地元に行こうとするのは、先輩なりの弔い方なのでしょうか)


 そんなことを考えながら揚羽は出雲に並び、フェンスに体を預ける。


「……ありがとな」

「え?」


 突然の言葉に揚羽は思わず聞き返した。礼を言われるようなことをした覚えはないが。


「瀬戸がいなかったら、可夢偉さんを止めることはできなかった。多分、梨羅も祢音もマリンも同じ状況になってたと思う。……俺たちは可夢偉さんと一緒に過ごしすぎた」


 遠くを見つめる出雲の声は酷く落ち着いていた。


「気になさらないでください」


 揚羽は晴れた空を見上げる。雲一つない青空は、オーシャンの海の青さに負けないほど眩しかった。


「私もオーシャン専門管理局の一員ですから。助け合うのは当然です」

「……そっか」


 小さく笑った出雲は吸い終わった煙草を捨て、軽く伸びをする。


「可夢偉さんの地元。今日行くか」

「きょ、今日ですか?」

「まだ午前中だし行けるだろ。梨羅たちにも聞いてみる」


 藤波出雲という男はこんなに活動的だったのかと揚羽は内心驚く。


(……もしかしたら、憧れを乗り越えて本来の性格を取り戻したのかもしれないですね)


 出雲の提案に梨羅たちも快諾し、揚羽たちは可夢偉の地元へと向かった。


 電車を乗り継ぎ、オーシャン専門管理局から二時間ほどかけて目的地に到着した。

 そこは山々に囲まれた小さな町だった。趣のある駅舎は古めかしい中にどこか懐かしさも感じられた。

 駅を出ると、穏やかな町並みが揚羽たちの視界に広がる。平日の昼下がりだからか、人はほとんど歩いていなかった。


「静かな場所ですね」


 山々から流れた爽やかな風が揚羽たちの元に届く。

 毎日見かける賑やかな街頭広告も、行き交う人の波もない。都会の喧騒から離れた、のどかで平和な町だった。


「なんか、可夢偉さんのイメージとは違うね」

「確かに。勝手に都会育ちって思ってたからかな」


 梨羅と祢音はのんびりとした空気が流れる周辺を眺める。

 駅構内にあった観光案内所を頼りに、揚羽たちは近くの散策コースに足を踏み入れた。

 森の中に優しい風が吹き、地面に柔らかい光が射し込む。青々とした木々の隙間から、時折小鳥の囀りも聞こえてきた。


(彼は海に憧れていたのでしょうか……)


 揚羽は豊かな自然を見上げていると、ふと可夢偉の姿が頭に浮かんできた。

 山々にはない、永遠と続く地平線と潮の香り。寄せては引く穏やかな波。それが可夢偉にはさぞ神秘的で魅力的に感じたのだろう。オーシャンやアビスといった未知の存在も、彼を海へ引き込んだ要因か。もし自分もこのような自然に囲まれて育っていたなら、海に憧れていたかもしれない。しかし、真意は可夢偉から聞くことはできない。だから、彼を思うことが自分なりの弔いになるだろう。

 きっと手を合わせて拝む必要はない。可夢偉自身もこちらを沈んだ気持ちにさせるのは望んでいないはずだ。

 揚羽は深く息を吸い込み、澄んだ空気を胸いっぱいに取り入れる。心なしか体が浄化された気分になっていた。


「明日絶対筋肉痛になる……というか既に痛い……」


 揚羽の後ろでは、膝に手を置いて息をついている祢音がいた。


「いつもあんなにアビス退治で動いてるのに?」

「それとこれとは別だから……」


 まだ体力に余裕があるらしい梨羅は、疲れ切っている祢音を見てくすりと笑う。


「そうだ。これを機になにか運動を始めたら?」

「嫌だ」


 梨羅と祢音の小気味いいやり取りに、揚羽は眉を下げて笑った。

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