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「あぁ、そういえば」
思い出したように、可夢偉は揚羽たちに微笑みかける。
「お二人に、僕からお伝えしたいことがあります」
「なんでしょうか」
「先日お伝えしたかったのですが、失念していました」
揚羽は可夢偉と初めて会ったときのことを思い出していた。
一体なにを話すのかと揚羽は身構える。
「潮可夢偉が既に死んでいるのはご存知ですよね」
ある日現実世界で報道された、未明に水死体となって発見されたニュース。
実際は可夢偉が物体を複製するスキルで自分自身を複製し、死を偽装していた。本物の可夢偉はオーシャンで第二の人生を歩んでいた。
「衝撃的なニュースだったと先輩方から伺っています」
「そうですね。僕にとっても驚くべき出来事でしたから」
穏やかな笑みを浮かべて可夢偉は続ける。
「まさか僕も、死体役として複製されるとは思ってもみませんでした」
くすりと笑う可夢偉。
「……え?」
揚羽たちは可夢偉の言ったことが理解できず、呆然と可夢偉を見上げるばかりだった。
「あぁ、改めて自己紹介が必要ですね」
足を組み直し、可夢偉は固まる揚羽たちに向けて笑いかける。
「僕は潮可夢偉のスキルによって生み出された、複製された潮可夢偉です」
揚羽たちは言葉を失った。血の気が引き、言葉を紡ぐのを拒否していた。
報道されていたのは、本物の潮可夢偉の死を伝えるニュース。
「なぜ、ですか……」
絞り出すようなか細い声で、揚羽は可夢偉に問いかけた。
「彼は僕を殺そうとしました。ですから、逆に殺しました」
淡々と可夢偉は続ける。
「複製されたかと思えばそのまま死体役として殺されてしまうなんて。あまりにも呆気ない人生じゃないですか」
冷静かつにこやかに。まるで今日の天気を語り合うような優しい口調だった。
「僕は完璧に複製された存在です。思考も記憶も彼と全く同じです。ただ一つ違うところを挙げるなら、僕自身は複製された存在だと認識していることでしょうか」
揚羽たちは未だに事実を受け入れられず、時が止まったように立ち尽くしていた。
目の前にいる可夢偉が複製されているなんて、俄かには信じ難い話だった。
「……俺は」
ようやく出雲から発せられたのは、聞いたことのない低い声。
「俺は可夢偉さんを誰よりも尊敬してた。いつも余裕があって、自分の考えを持っている。その日をどう生きるかを必死に考えてる俺と違って、可夢偉さんは常に先を見ていた」
「ありがとうございます」
「違う。俺が尊敬していたのはお前じゃない」
「僕も潮可夢偉ですよ。複製されたことを除けばなにもかも同じです」
そういうスキルですから、と微笑む可夢偉。出雲は唇を噛み締めた。
「ちなみに、彼も今の僕と同じ行動をする予定でしたよ。オーシャンの魅力に取り憑かれ、アビスという未知の存在に出会ってしまいましたから」
朗々と語る可夢偉に揚羽は嫌悪にも近い表情を向けた。そんな高らかに言えることではない。
「潮可夢偉さん。あなたはどこを目指しているのですか」
「神になり、死を迎える者を救うことです。彼女――マリンが僕たちを救ったでしょう。それと同じように、僕も救いの手を差し伸べようと決めました。僕のスキルがあれば、死にたいと思う人間を救うことができるはずです。残された人々も悲しむことはなくなります。元の人間は死んでも、複製された人物が元の人物の人生を歩むことだってできます。僕のようにね」
手を広げてにこやかに微笑む。
「神を目指すなんて、新しい宗教でも作るつもりですか?」
「近からず遠からず、ですね」
含みのある笑みを浮かべる可夢偉。
「……なんにせよ、あなたを止める未来は変わらないようですね」
「止めるつもりなら、ぜひやってみせてください」
可夢偉を強く睨みつけた揚羽は、出雲へと視線を移す。
「先輩、いけますか」
「……あぁ」
出雲の瞳は決意で固まっていた。
「俺があいつを――可夢偉さんを止める」
可夢偉が指を鳴らすと、アビスが揚羽たちに一斉に襲いかかった。
揚羽は刀を構え、向かってくるラブカの姿をしたアビスに備える。
ラブカ。本来なら深海に棲む最古のサメ。ただでさえ恐ろしい姿をしているのに、アビスになると凶悪さが一層増していた。鋭い牙で噛みつかれそうなところを躱し、首から先を斬り落とす。消滅するや否や、別の一匹が揚羽に襲いかかる。刀身で迫る体を防ぎ、跳ね返したところを横一閃に斬る。
一方で、出雲にはリュウグウノツカイの姿をしたアビスが襲いかかっていた。体長は五メートルほどの銀色の体と赤いヒレ。幻想的な姿は窪んだ目と骨が見え隠れしているせいで、不気味と形容する方が正しかった。突っ込んできたアビスを避け、糸を操って動きを封じる。そのまま糸を引くと、アビスはバラバラに裂けていった。
(どうすれば終わらせられる……?)
見上げると、可夢偉はオーケストラの指揮者のように手元で新たなアビスを生成していた。アビスが次々と形作られていき、可夢偉は手を止める様子はなかった。
可夢偉を止める方法を揚羽は必死に頭を働かせて考える。どれも決め手に欠けるものばかりで、揚羽は歯噛みする。
揚羽たちの元にイワシの姿をしたアビスが大群で襲いかかってきた。出雲が糸を網のようにして広げ、アビスを一網打尽にする。次にマグロの姿をしたアビス。勢いよく突っ込んで来るのを見計らい、刀で斬り伏せる。ウツボ、クラゲ、エイ、チョウチンアンコウ、サメ。これまで戦ってきたアビスたちも生成され、揚羽たちに襲いかかる。
向かってくるアビスを倒し、揚羽はダイオウイカのアビスに腰掛けたままの可夢偉を見上げる。
「どうすれば、あなたはアビスの侵攻を止めてくれますか?」
「僕が止めろと命令するか……もしくは僕が死ねばアビスも自動的にいなくなります」
手を止めず、可夢偉は揚羽の問いに答える。
「……瀬戸」
近くにいたアビスを倒し、出雲は揚羽に駆け寄る。
「小さい刀作って、俺に貸して」
「は、はい。分かりました」
出雲の言われた通り、揚羽は小刀を具現化して出雲に手渡した。
武器としては心許ないが、なにをしようというのか。
「危なかったらサポートして」
そう言って、出雲はダイオウイカのアビスに向けて駆け出した。




