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「……水族館、ではないな」


 出雲はオーシャンの空を見上げながら呟いた。

 無事にオーシャンに到着した揚羽と出雲。いつもなら現実世界の天候と同じ空が広がっている。しかし、今のオーシャンの空は現実世界の比にならないほどのアビスが空中を埋め尽くしていた。

 以前水族館で見た大水槽が全てアビスなら今の状況だろうと、揚羽は思わず息を呑む。

 イワシの大群やクラゲ、ウツボなど、揚羽たちが以前撃破したアビス以外にもリュウグウノツカイやラブカ――可夢偉といたアビスの姿もあった。

 いつもならアビスがこんなにいるはずがない。明らかに異常事態であり、可夢偉がアビスを複製したのではという疑念が強まった。


「ちなみに先輩、あれを見て美味しそうとは思わないですよね?」

「流石にな。グロいとキモいが勝つ」


 ですよね、と揚羽は冗談めいた笑みを浮かべて刀を具現化させる。


「ウェーブ・サバイバーに現れた前例もありますし、一般人に被害が及ぶのも時間の問題かもしれませんね」

「だな。まずは数を減らすか」


 揚羽たちに気がついたらしいアビスは一斉に方向を変え、揚羽たちに襲いかかった。揚羽は刀を具現化して、出雲は糸を操ってアビスを倒していく。

 揚羽の一閃が目の前のアビスを斬り裂き、アビスは霧散する。揚羽は止まらずに別のアビスへと向かい、刀を振るってさらに数体を切り伏せた。

 横から流れてきたアビスの群れを、出雲は糸を張り巡らせて追い詰める。逃げ場を失ったアビスは細切れとなって消えていく。


「瀬戸」

「はい!」


 足元に作り出された糸を踏み込み、揚羽は空中に跳躍する。眼下に広がるアビスを捉え、揚羽は届く範囲全てのアビスを斬る。勢いをなくした揚羽は地上に落下していくが、出雲が糸を張り巡らせて作ったクッションが揚羽を受け止め、無傷で着地した。

 二人の協力によって着実に倒していくも、数はなかなか減らなかった。それどころか、最初より数が増えているようにも思えた。


「こいつら、無限に湧くな」


 近くにいたアビスを細切れにしながら、出雲は不機嫌そうに呟く。


「体力を消耗する私たちの方が圧倒的に不利ですね」

「可夢偉さんを先に探す方が早いかもしれないな」

「そうかもしれません」


 そのとき、揚羽たちの視界が陰る。見上げると、巨大なイカの足が揚羽たちに振り下ろされようとしていた。揚羽たちが退くとビタン、と足が砂浜に叩きつけられる。砂が舞い、視界が遮られる。


「これって――」

「久しぶりですね、出雲」


 爽やかな明るい声は海の方から聞こえた。

 視界が晴れた揚羽たちが振り返ると、ダイオウイカのアビスが海中から顔を出していた。十メートル以上ある足の一本を椅子のようにして、可夢偉が悠然と腰掛けていた。

 アビスは足から胴体まで、全長は数十メートルほどあるのではないか。人生で見ないであろう巨体に揚羽たちは圧倒される。


「可夢偉さん……」


 出雲が呟くと、可夢偉は優雅に手を振ってみせた。


「可夢偉さん、なんにも変わらないな」

「出雲も元気そうでなによりです」


 感動に打ち震えている出雲に、可夢偉は余裕のある笑みで返した。

 そのまま出雲は可夢偉に向けて一歩を踏み出す。その光景はまるで、救いを求める者が神と邂逅したかのようだった。


「潮可夢偉さん」


 出雲と可夢偉の間に揚羽が割り込む。揚羽によって出雲は我に返り、その場で立ち止まる。

 刀を構えたまま、揚羽は可夢偉を見上げる。


「感動の再会をしているところ申し訳ありませんが、私たちはあなたを止めに来ました」

「と言うと?」

「現実世界にアビスが現れました。あなたの仕業ですか?」

「はい。そうです」


 悪びれもせず、当然のように答える可夢偉に揚羽は眉を顰める。


「ここにいるアビスも、全てあなたのスキルで複製したものですか?」

「仰る通り、僕のスキルで生み出しました」


 可夢偉の指示に従っているのか、周囲にいるアビスは揚羽たちに襲いかかってくる様子は見せなかった。


「どのようにして現実世界にアビスを送り込んだのですか?」

「僕が元ハッカーなのは恐らくあなたもご存知でしょう。その時代の知識と経験を活かしただけですよ」

「……もしかして、ウェーブ・サバイバーにもアビスが現れたのもあなたのせいですか?」


 揚羽の疑問に可夢偉は頷く。ゲームの世界にアビスを送り込めたのも、天才ハッカーと呼ばれた可夢偉だからできた芸当か。


「潮可夢偉さん。現実世界にアビスを送り込むなんて、現実世界を壊すつもりですか?」

「いいえ。オーシャンという素晴らしい世界を現実世界に広げただけです」

「それを壊すというのです。現実世界にアビスを送り込めば、混乱だけで済まないのは分かるでしょう」


 そうかもしれないですね、と笑う可夢偉。

 あまりにも身勝手な、子供じみた行動に揚羽の表情はさらに険しくなる。


「藤波先輩。私は先輩がようやく再会できたという感動を邪魔したくはありません。ですが、今は彼を止めるのを優先してください」


 出雲から返事はなかった。

 見ると、出雲は葛藤しているのか。揚羽を見る瞳が揺らいでいた。


「今の彼は味方ではありません。私たちの世界を壊そうとする敵です」


 凛々しい顔つきの揚羽は、可夢偉を見据えながら続ける。


「アビスの複製と現実世界への侵攻をやめさせましょう。思い出話に花を咲かせるのは、それからでも悪くないのではないでしょうか」


 必死の説得でも武力行使でも、解決すれば問題ない。すぐにでもくだらない計画を止めるべきだ。


「……」


 出雲から返事はなかった。だが、揚羽もそれは想定済みだった。

 出雲の心情も揚羽は痛いほど理解していた。尊敬していた人物が敵に回るなんて考えたくもない。もし自分が出雲の立場なら簡単に首を縦に振らないだろう。


「先輩はここで見守っていてください。もし私が危なくなったら助けてくださると嬉しいです」


 揚羽は刀を構え直し、アビスの足の上で座り続ける可夢偉を見上げる。

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