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 揚羽と可夢偉がオーシャンで会った翌日、揚羽たちはオーシャンの海に向かう計画を立てていた。

 揚羽たちが出会った場所をメインにして、周辺もくまなく捜索を続ける。オーシャンの海で呼吸ができるのも揚羽たちにとって有り難いことだった。アビスが現れないタイミングで潜れば制限なく水中を探索できるはず。

 あと少しで可夢偉を見つけ出せる。揚羽たちは期待に胸を膨らませた。


「ピコーン! アビスの反応をキャッチ!」


 作戦会議の途中、電波を受信するような動作と共に、マリンの快活な声がオーシャン専門管理局に響いた。


「……ん?」


 固まったまま、マリンは不思議そうに首を傾げる。


「マリンさん、どうかしました?」

「……アビスがこっちにいる」

「え?」


 揚羽たちの視線がマリンに集中する。マリンも首を捻って難しい顔をしていた。


「どういうことですか?」

「どうせマリンの冗談でしょ」


 祢音がゲーミングチェアにもたれながら答える。


「冗談じゃないよ! マリンちゃんレーダーは完璧だよ!」

「いつレーダー機能つけたんだよ」


 適当に受け流す祢音に、ぷりぷりと怒りながら迫るマリン。


「私と揚羽ちゃんがオーシャンにいたときも同じようなことを言ってたよね。あのときもアビスはいたから……」

「そうだよ! あたしが間違えるはずないもん!」


 同じ世界に生きているから、波長のようなものを感じ取れるのだろうか。

 だが、祢音の言う通りマリンの勘違いだろう。誰も深刻に捉えていなかった。

 揚羽も梨羅に教わったおかげで美味しく淹れられたコーヒーを飲んで聞き流していた。


「では、オーシャンに行きましょうか。マリンさんの言う通りアビスもいるでしょうし、アビスを退治してから――」


 揚羽の声を遮ったのは、パリンとなにかが割れる音だった。

 全員が音のした方を向くと、窓ガラスが粉々に砕け散っていた。

 なにが起きたのかと理解する前に、揚羽の横を勢いよくなにかが横切る。


「アビス……!?」


 振り返った先にいたのは、アジの姿をしたアビスだった。小さいながらも獰猛な牙と骨が見え隠れしている凶悪な姿に、揚羽たちの間に緊張と動揺が広がる。


「全員動くなよ」


 スツールから立ち上がった出雲が糸を操り、アビスを細切れにした。すぐにアビスは消滅し、沈黙が部屋内を侵食する。揚羽たちは状況を飲み込めずに呆然としていた。


「マリンさん、どういうことですか?」

「分かんない……アビスはあたしみたいに、オーシャンと現実世界を行き来できる力はないはずだよ」


 マリンの表情が曇り、揚羽たちはさらに困惑した。ならば、どうやってアビスは現実世界に現れたのか。


「……一旦、割れたガラスを掃除しよっか」


 空気を変えるように梨羅が明るい調子で言う。


「――え?」


 掃除用具を撮りに行こうとした梨羅の足が止まる。梨羅の視線はモニターへ向いていた。


「アビスが……」


 モニター画面からアビスがぬるりと現れた。一匹だけでなく、何匹も。


「……これ、もしかしてやばいんじゃないの?」


 祢音の呟きを皮切りに、アビスは一斉に揚羽たちへ突っ込んでいく。


「皆さん、伏せてください!」


 揚羽は刀を具現化し、向かってきたアビスを一刀両断する。

 揚羽に続いて、出雲たちもスキルを駆使してアビスを倒していく。しかし、揚羽たちがいるのは室内。狭い部屋の中では中途半端にしかスキルを使えなかった。


「外に出るぞ」


 出雲の言葉を合図にして揚羽たちは外へ飛び出す。揚羽たちを追いかけてアビスも部屋を飛び出し、空を泳ぐように飛び始めた。


「広くなった……みんな下がって!」


 梨羅が手を翳すと、アビスはふらふらと行き先を失ったように泳ぐ。梨羅がアビスを錯乱させた隙に揚羽たちが散らばったアビスを倒し、屋上は平穏な空間に戻った。

 アビスを倒しても、揚羽たちの頭は混乱したままだった。


「現実世界にアビスが現れるなんて……マリンちゃんがこっちにいるからかな?」

「いえ、それなら今日までに現れているはずです」


 平静を取り戻しながら、アビスがどうやって現実世界に来たのかを揚羽は思案する。なにかのきっかけで現実世界に来るようになったのか。アビスがマリンと同じような力を持っているとは考えにくい。

 ――力?


「……一つ、可能性が思い浮かびました」


 全員の視線が揚羽に集まる。揚羽は真剣な面持ちで口を開く。


「潮可夢偉さんは物体を複製するスキルを持っていますよね。それに、彼は私と会ったとき、アビスを複製したと言っていました」

「つまり……?」

「先ほどのアビスは、彼がスキルで作り出したのかもしれません」


 揚羽の推理に、出雲たちは微かに目を見開いた。


「なんで可夢偉さんがそんなことするんだよ」

「もちろん私の推測なので、彼が複製したアビスではない可能性も十分にあります。ですが、あまりにもタイミングが良すぎるとは思いませんか?」


 苛ついた声色の祢音に、揚羽は冷静に視線を返す。

 可夢偉との邂逅を果たし、翌日には予期しないアビスの出現。タイミングを測っているようにしか思えなかった。


「原因を解明するためにも、早急にオーシャンへ向かう必要があると思います」


 一刻も早く可夢偉を見つけなければ。

 揚羽たちが決意を固める中、梨羅が手を挙げた。


「多分だけど、私たち以外にもアビスは見えるよね?」

「そのはずです。あんな怪物が現実世界で目撃されたら混乱を招くのは間違いないですが」

「そしたら、さっきアビスが現れたし、近くだけでも被害がないか確認した方がいいんじゃないかな。それからオーシャンに行っても遅くはないと思うよ」


 その通りだと、梨羅の提案に揚羽は頷く。

 他の場所にもアビスが現れている可能性はある。一般人がアビスに襲われるなんて状況はなんとしても避けたい。

 揚羽たちは階段を降りて地上へと向かう。念の為に梨羅のスキルを使い、揚羽たちは周囲から姿が見えないようにした。特に現実世界にいないはずのマリンが一般人に目撃されたら、それこそ目立つのは間違いない。

 地上に出て、慎重に周囲を観察する。アビスの姿は見当たらず、揚羽たちはほっと安堵した。少し先の道も確認し、問題がなければオーシャンに向かえる。

 揚羽たちは近くの開けた道に出た。


「なにあれ? 魚?」


 声の主は揚羽たちの近くにいた、見知らぬ女子高生だった。女子高生は上を向いていて、揚羽たちも視線を追う。

 何千匹――何万匹もの熱帯魚が、空中を泳いでいた。

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