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「僕からも少し話をしていいでしょうか」

「……どうぞ」


 身構える揚羽に、可夢偉は余裕のある笑みを見せる。


「肩の力を抜いてください。雑談から始めましょうか。スキルの話でもどうでしょう」


 スキル。祢音が名づけた、マリンから受け取った力。


「あなたはスキルについて、なにか知っていることはありますか?」

「最近知ったものだと、現実世界でもスキルが使えることでしょうか」

「それもそうですね。僕も現実世界でスキルを使ったから分かりますよ」


 口元に笑みを蓄えて、可夢偉は続ける。


「スキルについて、恐らくあなたが知らないであろう面白い話があります」

「……なんでしょうか」

「彼女からもらった力は、自殺を図った手段が力となっているんですよ」


 揚羽は目を見開く。

 リストカットでの出血多量とそれによる失血死が、揚羽がマリンに救われる要因となった。

 しかし、それがなんなのか。


「今の話は、マリンさんに悪意を抱けと言っているのですか?」

「いえ、共通の友人のなんでもない話の一つです。自分の死がアビスを倒す力として利用されるなんて、皮肉が効いているというだけです。彼女曰く、個人の記憶にあったものを力として引き出したと言っていました。そこに悪意はないのが余計に恐ろしいですよね」

「先輩方はそのことについて知っているのですか?」

「いいえ、知りません。もしかしたら薄々気がついているかもしれませんが」


 怪訝な顔をする揚羽と、可笑しそうに笑う可夢偉。


「僕はスキルをもらう際、彼女に聞いてみました。『記憶に関係ないものでも力は得られるのか』と。彼女はイェスと答えました」

「だから物体を複製するスキルを得たと?」


 頷く可夢偉。

 なにを望んでそんなスキルを与えてもらったのか。

 思案する揚羽を覆うように「さて、」と可夢偉は足を組み直す。


「また僕から話を始めますね。瀬戸揚羽さん、あなたは死を救いだと思いますか?」


 揚羽の表情がピクリと動く。可夢偉は柔らかな笑みを浮かべていた。


「僕はそう思いますよ。ストレス社会と呼ばれる現代は様々な問題がある。生きるのが辛いなんて思うのは当たり前です。ときには逃げ出したいと思ったり、なにかを諦めたりすることもあるでしょう。そんなときに頭に浮かぶのは死、という単語です。そもそも、死は人間と密接な関係にあります。なにげない会話の中で軽々しく『死にたい』と口にする方もいるくらいですからね。毎日誰かが生まれるたび、誰かが死んでいきます。切り離そうとしても切り離せない。それが死です。絶望に苛まれると、すぐ隣にいる死という存在に助けを乞うてしまう。近くにいるのですから、当然の行為かもしれませんね。次第に死しか頼れるものがなくなり、救いを求め始める。僕や出雲たちも救われたいと思って死を選びました。結果としてマリンに救われ、オーシャンで第二の人生を歩もうと決めました」


 堂々と、大衆に呼びかけるように可夢偉は言う。

 時代が時代なら人々を扇動するリーダーだっただろう。思わず耳を傾けてしまう。揚羽が思うくらい、可夢偉の目には自信が満ちていた。


「僕ばかりが話していても面白くありませんね。あなたはどう思いますか?」


 促すように、揚羽に微笑みかける可夢偉。

 しばらくの間黙っていた揚羽は、鋭い視線を可夢偉に向ける。


「私は、あなたの考えには賛同しません」

「……ほぅ、なぜですか?」


 可夢偉の目がほんの少し細くなった。


「私も死を選び、新たな人生を来世の自分に託そうとしました。ですがあるとき、私が生きていることが救いだと言われました」


 揚羽の脳内に思い浮かぶのは出雲の姿。死の淵にいた自分を引き上げてくれた。


「生きるべきか死ぬべきか。過去の私にはその二択しかありませんでしたが、今は違います。どう生きるかという選択肢に変わりました。具体的には決まっていませんが、生きることを選んだ方が、選択肢が多いのは確かです」


 可夢偉と同じように揚羽は堂々と続ける。


「あれこれ悩んでいること自体が、どう生きるかを選んでいるからです。……あとは、未練ができたので」

「それはお聞きしても?」

「藤波先輩に美味しいコンビニ弁当とお酒を教えてもらうことです」


 揚羽は小さく笑う。


「……なるほど。それがあなたの答えですか」


 頷く揚羽の瞳には、確固たる意志が宿っていた。


「なぜ現実世界という困難しかない世界で生きるのですか?」

「困難がある方が、生きていると実感できるからです」

「……そうですか」


 可夢偉は笑みを崩さないまま、軽く息を吐いた。


「あなたの考えはよく分かりました。どうやら僕とは相容れないようですね」

「そのようですね」

「短い時間でしたが、お話しできて楽しかったです。今日はこの辺にしておきましょう」


 可夢偉が指先を動かすと、揚羽を拘束していた触手がゆっくりと離れていく。最初と同じように片足だけ拘束が解かれなかった。


「出雲たちによろしく伝えてください」


 次の瞬間、揚羽は勢いよく足を引っ張られる。――海面に向けて。

 最後に揚羽の視界に映ったのは、可夢偉が優しく手を振っている様子だった。

 揚羽は勢いよく海面に投げ出され、衝撃で体が打ちつけられた。反動で再び海に沈むが、なんとか藻掻いて顔を出す。


「瀬戸!」


 声のした方を見ると、出雲がざぶざぶと海の中へ入ってきていた。


「先輩……!」


 体は濡れていないし、水の抵抗もほとんどない。だが、水の中というだけで本来の海を思い出してしまい、上手く体が動かなかった。それでもなんとか腕だけで泳ぎ、出雲の元へ向かう。

 足がついたところで出雲と合流すると、出雲が揚羽の腕を掴んで引き寄せた。


「無事で良かった……」


 引き寄せられたことで、揚羽は自然と出雲に体を預けることになった。

 出雲は揚羽の背に腕を回し、しっかりと揚羽を受け止めていた。


「可夢偉さんみたいに、いなくなるかと思った……」

「……大丈夫ですよ。私はここにいます」


 身を委ねていた揚羽は暖かさを感じながら、微かに震える出雲を落ち着かせるように呟く。


「私はちゃんと生きています」


 顔を上げると、出雲は見たことないほど不安げな顔をしていた。


「先輩、そんな表情もするのですね。普段はほぼ表情筋が動かないのに」


 揚羽は眉を下げて笑うが、出雲はなにも返さなかった。


「……すみません、冗談です」

「分かってるよ」


 揚羽の冗談で緊張が解れたように、小さく笑みを浮かべる出雲。

 出雲に支えられながら揚羽は砂浜へと向かう。


「揚羽ぁー!」


 岸に上がると、マリンが勢いよく揚羽に飛びついた。あまりの勢いに揚羽は受け止めきれずに、マリンと共に砂浜に倒れ込む。


「すみません。ご心配をおかけしました」

「どこも怪我してないよね!?」


 揚羽のあちこちに触れるマリン。マリンの慌てっぷりに揚羽は思わずくすりと笑った。


「……二人にお伝えしなければならないことがあります」


 揚羽は表情を引き締めて出雲たちに向き直る。


「先ほど、潮可夢偉さんにお会いしました」


 出雲とマリンは目を見開く。


(確かに、その反応が当然ですよね)


 海に引き摺り込まれたかと思えば、行方が分からなくなっていたはずの可夢偉と再会するなんて。話だけ聞けば突拍子もないように思える内容だ。


「可夢偉さんは、海の中にいたってことか……?」

「はい。彼が複製したというアビスと一緒にいました」


 揚羽は自身と可夢偉のやり取りの全てを伝える。二人は信じられないといった様子で揚羽の話を聞いていた。


「梨羅たちにも早く伝えた方がよさそうだな」

「そうですね。またどのタイミングでお会いするか分からないですから」


 そこまで言って、揚羽はふと口を閉じる。


「どうした?」

「先輩に先ほどのお礼を言えていなかったので。助けてくださってありがとうございました」


 深々と頭を下げる揚羽。


「お礼なんていい。当たり前のことだろ」

「これで二度も救われましたね。本当にありがとうございます」


 揚羽はふっと微笑む。

 二人から少し離れたところでは、マリンがニコニコと――ニヤニヤと言ってもいい笑顔を浮かべていた。


「……マリンさん、なにか言いたげな顔をされていますね」

「えー、なんにもないよー」


 口笛を吹きながらマリンは顔を逸らす。揶揄うのならまだ直接言ってくれた方がいいと、揚羽は溜め息をついた。


「じゃあ、今度こそ戻ろっか」


 揚羽と出雲はマリンの手を取る。


(そうです、私たちが生きるのはオーシャンではない。現実世界です)


 どれだけ辛くても、現実と向き合うべきなのだ。

 マリンを中心に放射状の白い光が放たれ、揚羽たちはオーシャン専門管理局へと戻った。

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