5
現実世界では小さなプレハブ小屋を案内された。ここがオーシャンと行き来するための場所だと。
「秘密基地のようですね」
「……いや、ボロすぎだろ」
「リフォームしていいか聞いてみましょう」
各々のプライベートも保証しようと、同時に近くのアパートも借りることにした。
現実世界では帰って寝るだけの生活。だが、本来の生活はプレハブ小屋の中と、画面を超えた先にあるオーシャンでのアビス退治。出雲たちは二つの世界を行き来する生活が始まった。
「皆さん、オーシャン専門管理局という名前はどうでしょうか」
アビス退治に慣れたある日。梨羅の淹れたコーヒーを飲みながら、可夢偉は出雲たちに提案した。
「なんの名前?」
「僕たちの活動名です。ただアビス退治の集団と名乗るのではつまらないでしょう」
へぇ、とスマホから顔を上げながら祢音が反応する。
「ゲームのギルドも名前つけるし、俺はいいと思うよ」
「気に入っていただけたようでなによりです」
その日から、オーシャン専門管理局という名前で活動することにした。
偶然の出会いから始まった出雲たちは、オーシャン専門管理局という居場所を確立した。
あるとき、可夢偉が遺体となって発見されたニュースが報道された。
「……え?」
全員がモニターに注目し、衝撃的なニュースを呆然と眺めていた。
「……どういうことだ?」
「僕の物体を複製するスキルを使ったのですよ」
唖然としている出雲の呟きに可夢偉は平然と答えた。
「なんで、わざわざこんなことをしたの……?」
「自由に生きるためです。現実世界で死んだことにすれば、今後の行動が楽になると思いまして。僕なりの現実世界からの決別の方法ですよ」
潮可夢偉は天才だ。凡人である自分たちの何歩先も前を行っている。だから、理解の及ばないことも簡単に考えつくのだろう。出雲たちはそう結論づけた。
そんな彼は、ある日突然オーシャンで姿を消した。出雲と一緒に、いつものようにアビスを退治していた日のことだった。
「可夢偉さん、どこ行ったんだよ……」
出雲たちはオーシャンで可夢偉を探し続けたが、なんの手がかりも見つからなかった。マリンの力を持ってしても可夢偉は見つからなかった。
まるで神隠しにあったかのように、忽然と姿を消した。
「出雲、一旦戻ろ」
「まだだ。可夢偉さんを見つけるまで……」
歯を食いしばる出雲の背中を、マリンは不安げに見守っていた。
可夢偉がオーシャンにいるのは間違いない。いつかきっと見つかるはずだ。
「可夢偉さんは絶対に見つける」
「もちろん。まだ一緒にやる予定のゲームあるし」
「私も、またコーヒーを淹れるって決めてるよ」
出雲たちは自分たちを繋げてくれた人物を、一日たりとも忘れることはなかった。
「オーシャン専門管理局に、新人?」
可夢偉を探してしばらく経った頃、マリンから出雲たちに伝えられた。
「うん! スカウトしたの!」
マリンの明るい声がオーシャン専門管理局に響いた。
「なんで新しい子が入るの?」
「……まさか、可夢偉さんの代わりってわけじゃないよな?」
梨羅の疑問と出雲の鋭い瞳がマリンに向く。マリンは穏やかな笑みとともに首を振った。
「あたしが助けたいって思ったの」
マリンが突き動かされるなにかがあったのだろう。マリンの儚げな瞳に出雲たちは押し黙る。
「その子、オーシャンの調査をしてるみたい」
「調査? なんで?」
「警察庁の公安なんだって」
マリンの発言に出雲たちは目を見開いた。
「……なんで」
気色ばむ出雲。声の調子がいくらか低くなる。
「なんでスカウトなんかしたんだよ。ここに来たらマリンのこととかアビスのこととか、オーシャン専門管理局の全部が知られるだろ」
怒気を孕んだ出雲の声。梨羅と祢音は口に出さずとも出雲に同意していた。
自分たちはオーシャン専門管理局で第二の人生を歩んでいる。なのに、その事情を知らない人間――公安の調査が来てしまえば、素性が知られて自分たちの居場所がなくなってしまうのでは。
「出雲たちの気持ちもすっごく分かるよ。でもね、その子も新しい人生を歩みたいって言ってくれたの。――出雲たちと同じだよ」
新しい人生を歩もうと言うマリンからの誘い。その状況は全員が一致していた。
つまり、自殺を図った。
見も知らぬ人物の境遇を知り、出雲たちはなにも言い返せなかった。
「調査に来たところで、あたしとかアビスのことなんてどうせ信じないだろうから大丈夫!」
へらりと笑ったマリンは、「だからね」とマリンは改まって出雲たちに向き直る。
「自分らしく生きられる場所があるんだって安心して欲しいの。いきなりじゃなくていい。出雲たちも少しずつでいいから受け入れてくれたら嬉しいな」
「……分かった」
出雲に続いて、梨羅と祢音も頷いた。
調査という名目でも、同じ境遇の人間なら見捨てるわけにはいかない。
やってくる人物は敵ではない。オーシャン専門管理局に新しく来た仲間として迎え入れよう。
出雲たちはそんな共通認識を抱き、彼女――瀬戸揚羽を迎えた。




