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「お待たせ。マリン呼べばいいの?」


 数分後。祢音がスマホを置いてモニターに向かう。出雲と梨羅の会話は聞こえていたらしい。


「うん。新人さんと顔合わせがしたいって伝えてもらえる?」

「オッケー」


 揚羽は梨羅と祢音の隙間から、オーシャンのチャットルームらしき画面を確認した。

 マリンという人物は、この場に不在なら在宅勤務をしていて、ビデオ通話でもするつもりか。揚羽は祢音の流れるようなタイピングを黙って見守っていた。

 梨羅と祢音がモニターから離れると、同時に画面から放射状に明るい光が放たれた。突然のことに揚羽は思わず目を細める。

 すると、画面から一本の腕が伸びてきた。どこぞのホラー映画のような光景に、揚羽は目を見開いてソファの端に逃げる。悲鳴が出そうになったのを両手でなんとか押さえた。

 現れた腕はバタバタともがき、続いてもう一本の腕と頭と胴体、最後に魚の尾鰭が画面から飛び出した。


「おっはよー! 朝からどうしたの?」

「今日から新人さんが働くから、マリンちゃんにも挨拶してもらおうと思ったの」

「あぁ、そういえば今日だったね!」


 揚羽はこれまでにないくらい目を見開き、梨羅と話す人物を見つめる。


「マリンちゃん、いつもならスムーズに出てくるけどどうしたの?」

「えへ、みんなに驚いてもらおうと思って!」

「ふふ、驚くっていうより可愛かったよ」


 揚羽の気も知らず、梨羅は楽しそうに会話を続ける。


「そ、その子って……」


 口をはくはくと動かし、宙に浮く目の前の姿を捉える揚羽。今朝、街頭広告で今日の運勢を伝えていた姿と全く同じ。


「はーい! オーシャンの公式マスコットキャラクター、マリンちゃんでーす!」


 マリンは元気よく、アイドルがファンサービスをするようにウインクを飛ばした。


「もしかして、あたしの可愛い姿に言葉も出ない感じ?」


 動揺している揚羽が可笑しかったのか、マリンはケラケラと笑う。


「どう見ても違うだろ」

「分かってますぅ。出雲は冗談通じないなぁ」


 出雲のぼやきに、マリンは腕を組んで頬を膨らませて応える。


「え、オーシャンの……存在するはずが……」


 どうにか言葉にしようと必死になる揚羽の声は震えていた。

 宙に浮く目の前の存在を理解しようとするが、揚羽の頭はただ混乱していくばかりだった。


「また夢だと思ってる?」


 マリンは揚羽の目の前に飛んでいき、人差し指で揚羽の鼻先をつんとつつく。ひやりとした感覚は本物で、揚羽の頭はさらに混乱していった。


「びっくりさせてごめんね。最初から順番に説明するね」


 唖然としている揚羽の様子を見て、梨羅はくすりと笑う。


「長くなると思うし、飲み物用意しよっか。瀬戸さんはなにが好き? 紅茶もコーヒーも、ジュースもあるよ」

「……では、コーヒーをお願いします」


 状況は飲み込めないままだが、受け答えをきちんとできた自分を揚羽は褒めたかった。


「梨羅、あたしはラムネがいい!」


 キッチンに向かう梨羅を追いかけながら、食い気味に挙手をするマリン。


「この前買ったのが残ってるよ。……あれ、ラムネって今日の占いのラッキーアイテムだよね?」

「そう! あたしが飲みたいからラッキーアイテムにした!」

「そうだったんだ。マリンちゃんらしいね」


 無邪気な様子のマリンに梨羅は笑みをこぼす。

 揚羽は頭の片隅で思案する。自分は今日の占いでラムネがラッキーアイテムだった。飲みたいからラッキーアイテムにしたと言うのなら、占いはマリンがしているのか。

 揚羽が思考を巡らせている間に、梨羅はケトルでお湯を沸かし、冷蔵庫を開けてラムネ瓶をマリンに手渡す。ラムネを受け取ったマリンはお風呂上がりに牛乳を飲むように、手を腰に当ててぐいっとラムネを呷った。


「揚羽も飲む?」


 ぷはぁと幸せそうな笑顔を見せたマリンは、薄青色の瓶を揚羽に向ける。


「いえ、お気持ちだけで結構です……」

「そっか。じゃあ飲むね!」


 勢いよくラムネを飲み干すマリン。傾けた勢いで瓶の中のビー玉がカラン、と軽い音を立てた。


「出雲くんはなにか飲む?」

「一番上にある青い方のエナドリ。自分で取りに行く」

「祢音くんはどうする?」


 梨羅が視線を向けると、祢音はいつの間にかコントローラーを取り出して別のゲームを始めていた。先ほどと同じように返事はなく、視線も画面に向けられていた。


「水分は大事だから、お水だけ用意しておくね」


 と言って、梨羅は冷蔵庫から水を取り出してコップに注いでいく。

 キッチンで盛り上がる出雲と梨羅とマリンと、黙々とゲームをしている祢音。


(なんでしょう、この光景は……)


 まるで休日の他愛のないひとときを見ているようで。

 完全に取り残された揚羽は、呆然と出雲たちを見つめていた。


「お待たせ。それじゃあ、どこから話せばいいかな?」


 揚羽の目の前に淹れたてのコーヒーが置かれる。独特の香ばしい匂いが揚羽の鼻をくすぐり、気持ちをほんのいくらか落ち着かせた。

 目の前の椅子には梨羅、近くのスツールには出雲、ゲーミングチェアにはゲームを中断したらしい祢音。宙に浮いているマリン。全員の視線が揚羽に向いていて、まるで取り調べのようだと揚羽はどきりとする。

 各々用意した飲み物に手をつけるが、揚羽は緊張のせいでコーヒーの苦味も酸味も感じられなかった。


「仕事内容からだろ。俺が話す」


 長い足を組み直して出雲が言う。


「単刀直入に聞くけど、お前はどこまで知ってる?」


 会話の流れもない、会って間もない人間をお前呼び。出雲の人間性を疑ったが、揚羽はそれらをコーヒーと共に胃の中へ流し込んだ。


「名前からして、オーシャンの管理をするのはなんとなく分かります。ですが、具体的な内容はなにも分かりません」

「じゃあ、なにをすると思う?」

「専門管理局という名前ですから、セキュリティチェックや不正なアカウントがないかを監視するのだろうと思っています」


 話すと言ったのに、なぜ質問をされているのか。質問に質問で返したくなったが、揚羽は顔に出さずに毅然とした態度で答えた。

 揚羽が答えると、出雲から次の質問は来なかった。視線を外し、なにかを考えているようだった。梨羅と祢音とマリンは会話に入らず、二人のやり取りを黙って見守っていた。


「あの、私なにか変なことを――」

「ピコーン! アビスの反応をキャッチ!」


 重い沈黙を感じ取った揚羽は口を開くが、言いかけた言葉はマリンに遮られた。


「俺が行く」


 出雲は立ち上がりながらエナジードリンクを一気に飲み干す。空になった缶をキッチンに置き、揚羽の方に振り返る。


「あと、そいつも連れてく」


 目が合ったと揚羽が理解すると同時に、そいつ呼びは失礼ではと眉が微かに寄る。


「揚羽も?」

「実際に見てもらえば分かるだろ」


 冷静に続ける出雲に向けて、マリンはニンマリと笑う。


「出雲、今日の占い一位だったから積極的だね」

「マリンが適当に考えたのを占いって言うな」


 二人の会話も気になるが、揚羽はそれよりもマリンが発した聞き慣れない単語が気になっていた。


「すみません。アビスとはなんですか?」

「行けば分かるよ!」

「行くって……どこにですか?」

「オーシャンだよ!」


 疑問を口に出す前に、マリンが揚羽の手を掴んで立ち上がらせる。繋いだ手から、ひやりとした感覚が揚羽に伝わった。

 同じように出雲の手も握り、マリンは大きく息を吸う。


「【さぁ、君もオーシャンに飛び込もう!】」


 マリンは高らかに叫ぶ。

 そのとき、マリンを中心にして眩い光が広がり、揚羽は思わず目を閉じる。同時に、体が浮くような感覚に襲われた。

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