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 藤波出雲が次に目を覚ましたのは、柔らかな砂浜の上だった。


「ここは……」


 照りつける眩しい日差しに目を細め、思わず手で影を作る。風が吹くと、潮の香りが出雲の元に届いた。


「海……?」


 体を起こすと、青い海が出雲の視界に映った。白い砂浜と青い海――絵に描いたような風景が目の前に広がっていた。

 辺りをぼんやりと見渡していた出雲は、途中で意識が一気に覚醒する。

 人が倒れている。しかも三人も。

 出雲は立ち上がり、一番近くに倒れていた人影へ向かう。


「大丈夫ですか?」


 倒れていた男性に声をかけながら様子を確認する。呼吸はしている。目立った怪我もしていない。

 他に異常はないかと男性の顔を見たところで、出雲は目を見開いた。


「可夢偉さん……?」


 男性はあの日ファミレスで出会った――潮可夢偉。

 出雲の声が届いたらしく、可夢偉はゆっくりと目を開けた。


「あなたは……」

「前にファミレスで会った……藤波出雲です」


 あぁ、と覚醒前の出雲と同じ調子で応える可夢偉。首を左右に動かし、周囲の状況を確認していた。


「ここはどこでしょうか?」

「分かりません……俺も目が覚めたらここにいて……」


 可夢偉は体を起こすと、小さく感嘆の声を上げる。


「綺麗な景色ですね」


 混乱している出雲とは反対に、海を眺める可夢偉は落ち着き払っていた。


「ここで待っててください。あっちの人たちも起こしてきます」


 砂に多少足を取られながらも、出雲は足早に倒れたままの二人へ向かう。

 横たえていた二人のうちの一人――女性を起こすと、またも出雲が見知った人物だった。


「梨羅さん……」


 梨羅の隣に倒れていたのは、祢音。


「えっと……?」


 梨羅が目を開けると、祢音も同様に目を覚ました。


「あれ、あなたたち……」

「皆さん、大丈夫ですか?」


 出雲たちの元に来た可夢偉が二人に優しく呼びかける。混乱した様子で頷く頷く梨羅と祢音。


「……ねぇ、俺たちって前に会ってるよね?」


 祢音の問いに出雲たちは同意する。ファミレスで出会った、あの日の出来事。


「まさか、再び会えるとは思いませんでしたね」


 くすりと笑う可夢偉によって、別れる最後の可夢偉の言葉が蘇った。

 ――次は来世でお会いしましょう。


「あの、ここってどこですか?」

「異世界じゃない? だって俺たち、死ん――」


 そこまで言って祢音はハッとする。出雲たちの脳内に、祢音の言おうとした次の言葉が浮かび上がった。


「ここって、天国――」

「オーシャンだよ」


 出雲が言いかけたが、溌剌とした言葉に遮られる。

 振り返ると、人魚の姿をした少女が出雲たちに微笑みかけていた。


「あなたは……」

「改めまして、あたしはオーシャンの公式マスコットキャラクタ―、マリンでーす!」


 マリンと名乗った少女は可愛らしく敬礼のポーズを取る。

 出雲たちは呆然と、空中を泳ぐように浮いているマリンを見つめていた。


「CG、じゃないよな……」

「違いますぅ。あたしはちゃんと存在してますぅ」


 唇を尖らせて答えるマリン。出雲たちはさらに状況が飲み込めなくなった。


「……今、あなたはここがオーシャンと言いましたが、どういうことでしょうか」

「仮想空間の名前だよ。みんな知ってるよね?」


 マリンの問いかけに出雲たちは顔を見合わせて頷く。

 公開されてから数年で利用ユーザー数が五億人を超えたインターネット仮想空間の名称。利用していなくとも、その名前を知らない者はいなかった。


「……そうじゃない」


 出雲は悲痛な表情を見せながらマリンの前に立ちはだかる。


「俺は……死んだはずだろ」

「ううん。死んでないよ。あたしが助けたから」


 出雲たちの脳裏に浮かんだ自分の最期を掻き消すように、マリンは微笑む。

 マリンが出雲の鼻先をつんとつつくと、ひやりとした感覚が出雲に伝わった。


「みんなは新しい人生を歩みたいんだよね? だから、これからオーシャンで新しい人生を送ってもらおうと思ったの!」


 手を広げながらマリンは高らかに言う。


「……どうやら、一からしっかりと説明してもらう必要がありそうですね」


 可夢偉は平静を保とうと笑みを取り繕う。

 そこから、マリンは出雲たちに説明を始めた。今いるのはオーシャンであること、自分は異世界から来たこと、出雲たちを死の間際に助けたこと。出雲たちが理解できるまで丁寧に説明を続けた。


「僕からいいでしょうか」


 ひと通りマリンの話を聞き終えたところで可夢偉が手を挙げた。

「あなたが僕たちを助けた理由はなんですか? あなたの説明した通りなら、他にも救えた人間はいたはずです」

「だって、オーシャンのチャットでやり取りしてたでしょ?」


 マリンはニコリと微笑む。全てお見通しと言わんばかりに。


「忙しくても、ポセイドンはちゃんとチェックしてるんだよ」

「……あぁ、全て最初から決まっていたのですね」


 オーシャンの設立者は管理者でもある。考えれば簡単な話だと、可夢偉はふっと笑う。


「僕はあなたについていきますよ。同じ体で二度目の人生を――しかもオーシャンという仮想空間で第二の人生を送れるなんて。これほど面白いことはありません」

「良かった。これからよろしくね」


 マリンが差し出した手を、可夢偉はしっかりと握り返した。


「実はね、あたしを追いかけてアビスもオーシャンに一緒に来ちゃったんだ。ポセイドンは最近忙しくなってきたし、みんなにはアビスを退治して欲しいの」

「アビスとはなんですか?」

「あたしの元の世界を壊そうとする怪物、かな。アビスを倒す力もあたしがあげられるよ」

「なるほど。それもせっかくですからやってみましょう」


 乗り気な可夢偉に、マリンは「ありがとう」と笑みを返した。


「……アビスっていうは、あなたの敵ってこと?」


 問いかけたのは祢音だった。頷くマリン。


「リアルすぎるVRゲームだと思ってやってみない?」

「……いいよ。新しいゲーム始めたいって思ってたし」


 祢音は小さく笑い、差し出されたマリンの手を握り返した。


「それは、私でもできるの?」


 おそるおそる尋ねる梨羅に、マリンは大きく首を縦に振る。


「少なくとも、今のあたしには梨羅が必要だよ」

「……分かった。やってみる」


 梨羅は決意を固めた表情で頷き返した。よろしくね、と可夢偉と祢音と同じように手を握る。


「さて、残りはあなただけですが……どうしますか?」

「……俺は」


 全員の視線が、答えあぐねている様子の出雲に集中する。


「誰も強制しません。決めるのはあなた自身です」

「……生きる理由が見つかるかもしれない。だから、俺はここで新しい人生を歩んでみる」


 出雲の静かな呟きに、マリンは安心した顔で笑いかけた。


「でも、みんなが生活する環境が整ってないんだよね」

「ここは仮想空間ですから、生活環境が整っていないのは当然でしょう。……そうだ。マリンさん、あなたはポセイドンと知り合いなのですよね?」

「うん。あたしの恩人だよ」

「では、ポセイドンに僕たちの生活を保証して欲しいと伝えてください。僕たちはあなたやオーシャンを守るためにアビスを倒すのですから、それくらいの要望は出してもいいでしょう。オーシャンの業務を滞りなく行うには、衣食住は必要不可欠ですからね」

「分かった! 伝えておくね!」

「あぁ。それとも、こういうのはどうでしょう」


 可夢偉はにこやかに続ける。


「人間としての必要最低限の生活は本来生きていた世界で、アビスを倒す際はオーシャンに戻る。仮想空間と現実世界を行き来して生活するのは面白いのではないでしょうか。……これについては可能ですか?」

「多分できると思うよ。ポセイドンに相談してみるね!」

「ありがとうございます」


 穏やかな笑みを見せたまま、可夢偉は出雲たちへ向き直る。


「ここまで僕一人で話を進めてしまいましたが、皆さんはどうでしょうか」


 可夢偉の提案には誰も反対しなかった。この状況でそこまで頭が回る可夢偉を尊敬するばかりだった。

 そこで出雲たちは改めて自己紹介をした。藤波出雲、入江梨羅、沖田祢音、潮可夢偉。全てを打ち明けた者同士で今さら気を遣う必要などなく、出雲たちはすぐに絆を深めた。

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