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「雨、止みませんね」
揚羽は窓越しに外の景色を眺めて呟く。
朝から雨予報で、小雨だった朝に比べて昼下がりの今現在、雨は強さを増していた。
月日が流れるのは早く、揚羽がオーシャン専門管理局に来てから一ヶ月が経とうとしていた。すっかり定位置になったソファに腰掛けながら、揚羽はいつものようにパソコンを開いていた。
(それにしても……)
揚羽はつい先ほどの出来事を思い出していた。アビスが現れたと言って、マリンが画面の向こうからやってきた。そしてオーシャンに向かう流れになったとき、
「俺と梨羅さんで行くから」
と、祢音が提案し、そのまま梨羅とマリンと共にオーシャンへ向かった。祢音にしては積極的で珍しいと思ったが、そんな日もあるだろうと揚羽は気に留めなかった。
そのため、オーシャン専門管理局には揚羽と出雲の二人きりだった。
「……瀬戸」
「なんでしょうか」
出雲の呼びかけで揚羽はパソコンから顔を上げる。
出雲がスマホを触る手を止め、組んでいた足を下ろすと、自然と揚羽と向き合う体勢になった。なにを改まっているのかと、揚羽は出雲の姿勢を見て首を傾げる。
「梨羅たちに二人になりたいってお願いした」
「……なぜですか?」
普段見ない神妙な面持ちの出雲に、揚羽も表情が引き締まる。
雨が降っていることもあり、空気もどことなく重い。なぜ二人きりという状況を作ったのか。気に入らないことがあり、それを叱責するつもりなのか。
「なにかありましたか?」
揚羽の問いに、出雲はすぐに答えなかった。少しの間黙っていた出雲は深く息を吐き、揚羽を真っ直ぐ見つめる。その表情はどこか覚悟を決めているように見えた。
「……もう無理すんな」
「え?」
出雲の口から告げられたのは揚羽を気遣う言葉。身構えていた揚羽はきょとんとする。
「なんのことですか?」
「お前が一番よく分かってるだろ」
出雲に言われ、揚羽は訝しげな表情を浮かべる。一体なんの話をしているのか。
「あの、会話の流れが読めないのですが……」
「……俺の口から言っていいのか?」
「はい。先輩がなにをお伝えしたいのか分からないので」
揚羽の毅然とした態度に、出雲は気まずそうに視線を逸らす。
(勿体ぶるなんて先輩らしくない……)
揚羽は不思議そうにする。いつものようにハッキリと言ってくれればいいものを。
真剣な顔をした出雲の眉間がさらに深くなる。
「……お前、公安から来たんだろ」
「……は?」
出雲の言葉に、揚羽から素っ頓狂な声が出る。窓を打ちつける雨音が部屋の中に響いた。
「……すみません、公安ってなんですか?」
「知らないふりはしなくていい。俺たちは全部知ってる」
明るく答える揚羽とは反対に、出雲は翳りのある顔を見せる。その言葉を口にしたくないと言わんばかりに。
「ですから、公安ってなんのこと――」
「オーシャンの調査をしてるんだろ?」
追い立てるように出雲は口を開く。揚羽の笑顔は固まったままだった。
いつ、どのタイミングでバレた?
「……まぁ、マリンからそこまで細かい話は聞いてないけど――」
「……なんで」
作り笑いを浮かべる揚羽の唇が震える。辛うじて出たのは短い疑問の言葉だった。
「なぜ……知らないふりをしていたのですか……」
出雲は目を伏せ、揚羽の疑問には答えなかった。
揚羽の脳内に、オーシャン専門管理局に来た日から今日までの出来事が、走馬灯のように駆け巡った。
終わりだ。全てが一瞬で崩れた気がした。
気がついたときには、揚羽はオーシャン専門管理局を飛び出していた。
「瀬戸揚羽。お前にオーシャンの調査を命じる」
警察庁公安部に所属する彼女――瀬戸揚羽は小さく頷いた。
「期間は設けない。得た情報は都度報告するように」
「承知しました」
揚羽はその日から早速、オーシャンの概要を調べ始めた。
オーシャン。
公開されてから数年で利用ユーザー数が五億人を超えたインターネット仮想空間の名称。
《海を超えた繋がり》をモットーとしていて、世界中とのチャット機能やネットショッピング、ゲームはもちろん、オーシャンに目をつけた各企業や医療分野の参加、そして行政の各種手続きなど、ありとあらゆるものがオーシャンで完結するようになった。
スマートフォンやパソコンなど、インターネット環境があれば簡単にアカウントを作成できる。誰でも気軽に利用できるという便利さから、オーシャンはあっという間に日常と密接な関わりを持つ仮想空間となった。
オーシャンは世界中と繋がっている。あまりにも広大なネットワークは犯罪の温床となる可能性が高い。もしかしたら、水面下でテロ行為が計画されているかもしれない。
(まずはセキュリティチェックから始めましょう……)
素性をバラすことなく、滞りなく調査を終えて戻る――はずだった。
なのに、なぜ。
どこで間違えた?




