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「揚羽ちゃん、話ってなに?」


 現実世界に帰還した揚羽は梨羅を外に呼び出した。屋上から見える空は薄曇りで、生ぬるい風が吹いていた。


「いくつかお聞きしたいことがあります」


 表情から察するに明るい話題ではないのだと、揚羽につられて梨羅の表情が幾分硬くなる。


「潮可夢偉さんについて、先輩が知っていることを教えてください」

「……可夢偉さんのこと?」

「その方はオーシャンで行方不明になったと聞きました」


 梨羅はなぜ、揚羽が可夢偉のことを知っているのかと言いたげな顔をしていた。梨羅から質問が来る前に、揚羽は素早く口を開いた。


「潮可夢偉さんはどのような方ですか?」

「……可夢偉さんは頭が良くて、人を惹きつける魅力があるの。みんな可夢偉さんについていきたくなる、そんな素敵な人だよ」

「先日、彼は既に亡くなっているというニュースを見つけました。それなのに、オーシャンで行方不明というのはどういうことでしょうか」


 梨羅は口を噤む。答えたくないというより、どう伝えるべきかと言葉を選んでいるように見えた。


「……可夢偉さんのスキルだよ」


 ようやく出た梨羅の返答に揚羽は目を丸くする。まさかスキルが関わってくるなんて思わなかった。思わぬ事実を知り、昂り始めた感情を必死に抑えながら、揚羽は慎重に尋ねる。


「どのようなスキルなのですか?」

「物を複製できるの。そのスキルでもう一人の自分を作ったんだって」


 死体の偽装。

 それが揚羽の頭に思いついた結論だった。


「現実世界で死を偽装したのち、オーシャンで行方不明になったということでしょうか?」

「うん。ニュースで見たときは私たちもびっくりしたよ」


 揚羽は出雲たちが驚いている姿が容易に想像できた。

 一緒に過ごしている人間が亡くなったニュースが流れるなんて、普通ならあり得ない状況だ。しかも当人は生きている。人ではない力――スキルがあったから成立したことだ。

 梨羅のおかげで揚羽は一気に謎が解けた気がした。だが、まだ足りない。もう少し掘り下げて聞いてみよう。


「彼はなぜ、スキルで現実世界での死を偽装したのか。先輩はご存知ですか?」

「具体的には……でも、可夢偉さんは『自由に生きるため』って言ってたよ」

「自由、ですか……」


 梨羅の言葉で、揚羽の中に新たな疑問が生まれる。

 自由になるためにわざわざ死を偽装する必要があるのか。名前も顔も一般人に知られているから、生活が制限されると思ったのか。それならば人前に出ず、ひっそりと生きていくのではいけなかったのか。


「そもそも、彼はどういった経緯でオーシャンで行方不明になったのですか? アビス退治の際になにか事件があったのですか?」


 梨羅は静かに首を横に振る。


「本当に、ある日突然いなくなったの」

「なにも予兆やきっかけなどはなかったということですか?」


 そうなの、と伏し目がちに頷いた。

 以前祢音と話したときも、祢音は具体的な理由を言っていなかった。誰にも気づかれないまま、突然行方不明になったのだろう。


(しかし、なぜ行方不明になったのでしょう……)


 仮想空間であるオーシャンで行方が分からなくなる理由が揚羽には思い浮かばなかった。人知れずアビスに襲われたのだろうか。

 黙考する揚羽に、梨羅はどこか悲しそうな笑顔を向ける。


「……揚羽ちゃん。出雲くんに聞いてみるのはどうかな」

「藤波先輩ですか?」


 唐突に出た出雲の名前に、揚羽から気の抜けた声が出る。


「出雲くんは可夢偉さんを誰よりも尊敬してたの。出雲くんからなら、揚羽ちゃんが知りたいことも聞けるんじゃないかな」


 思い返すと、出雲からは『人を探している』ということしか聞けていなかった。信頼関係を多少なりとも築けた今なら、新しい情報も手に入るはずだ。

 すると、タイミングを見計らったかのように出雲がオーシャン専門管理局から出てきた。


「二人でなにしてんの?」

「ガールズトークだよ」


 ニコリと微笑む梨羅に、「はぁ」と興味なさげな返答をする出雲。病み上がりだが、出雲の雰囲気は見慣れた気怠いものだった。


「出雲くんとゆっくり話したら?」


 揚羽に囁き、梨羅は中に戻っていった。

 梨羅が立ち去ると、屋上に沈黙が訪れる。


(どう話を切り出しましょうか……)


 最初から潮可夢偉の話題を出したら怪しまれるに違いない。まずは他愛のない話で盛り上げていこう。

 揚羽が思案する一方で、出雲はフェンスに寄りかかってポケットから煙草を取り出していた。アビス退治に行く前に梨羅に止められていたのに。揚羽は出雲に歩み寄る。


「先輩。梨羅先輩に言いつけますよ」

「一本だけだよ」

「熱がぶり返したらどうするのですか」

「吸ったくらいで熱出るかよ」


 そこまでして煙草を吸いたいなんて。ニコチンとタールを摂取するためだけの有害物質に、一体なんの価値があるのか。

 揚羽のじとりとした視線を無視して、出雲は煙草を吸い始めた。


「……いつの間にか、祢音と梨羅と仲良くなってるな」

「え? えぇ、まぁ……」


 出雲が息を吐くと、生ぬるい風に煙が乗って屋上を抜けていった。

 突然なにを言い出すのか。その場に立ち尽くしたまま、揚羽は曖昧に同意する。


「オーシャン専門管理局にも慣れたか?」

「はい。先輩方のおかげです」


 そうかよ、と出雲は小さく笑う。

 やはりどこか雰囲気が柔らかいと揚羽は思った。風邪を引いたせいで別人になったのか。


「お前が元気でやれてるなら、マリンも喜んでるだろ」


 どうやら出雲なりの労いの言葉のようだ。煙を燻らせる出雲を見ながら、揚羽は話を切り出そうと決めた。


「……先輩、オーシャンで探していた方は見つかりましたか?」


 煙草を吸おうとした出雲の手が止まる。

 出雲が探している人物が誰かは知っているが、少し遠回しに聞いてみよう。


「……見つかってたら、あの人はとっくにオーシャン専門管理局に戻ってる」


 小さく呟きながら出雲は煙草を捨てる。普段に比べて随分吸い終わるのが早いと、揚羽は携帯灰皿に捨てる様子をまじまじと観察していた。


「瀬戸」

「なんでしょうか」


 緊張感のある声に、思わず揚羽の背筋が伸びる。


「あの人を……可夢偉さんを見つけたら教えて欲しい」

「可夢偉さん、ですか」

「潮可夢偉さん。どんな小さなことでもいい。なにか手掛かりを見つけたら教えて欲しい」


 出雲はフェンスに置いた手を握りしめる。


「あの人は俺が一番尊敬してた人。会えるなら今すぐにでも会いたい」


 翳りのある、苦しげな、見たことのない出雲の表情に、揚羽の心が揺さぶられた。


「……その方は、潮可夢偉さんはどんな方なのですか?」

「俺たちを纏めてくれた人。可夢偉さんがいなかったら俺たちは今ここにいない。可夢偉さんがいたから、俺もオーシャン専門管理局で働くって決めた」


 出雲たちの話を聞いて、揚羽は潮可夢偉という人物像が段々と見えてきた。

 オーシャン専門管理局の人間は全員、潮可夢偉に好印象を抱いている。むしろ悪い感情を抱いていないほどに、口を揃えて潮可夢偉を褒め称えている。特に出雲は潮可夢偉に傾倒していると言っても差し支えない。

 そこまで慕われ、尊敬されるなんて、潮可夢偉はどれほど凄い人間なのか。


(私も、潮可夢偉さんに会ってみたい)


 一度くらい話をしてみたい。もしかしたら意外と気が合って盛り上がれるかもしれない。

 一日でも早く潮可夢偉を見つけ出さなければと、揚羽は決意した。


「もし見つけた際には、必ず先輩にお伝えします」

「……あぁ、頼むよ」


 中に戻ると、不思議そうな顔をした梨羅が揚羽を迎えた。


「あれ、出雲くんは?」

「コ、コンビニに行くと言っていました」


 隠れて煙草を吸っていたとは言えない。梨羅の問いかけを誤魔化し、ソファに腰掛けてパソコンを開く。

 潮可夢偉についての謎も大分解けてきた。まさか潮可夢偉の死に、スキルが関わっているとは思わなかった。世間を騙せたのだから、複製された潮可夢偉は全く同じ身体だったのだろう。


(ですが、核心を突けてはいない気がする……)


 揚羽は手を止めて思考を巡らせる。行方不明になった原因がなにかしらあるはずだ。

 出雲たちからある程度の情報を得たから、これからはオーシャンでの調査が必要になる。

 しかし、マリンがいなければオーシャンに行けないし、マリンの力でも見つからないと言っていた。仮に探す手段ができたとて、そもそも生きているのかさえ不明だ。オーシャンにいればアビスに襲われている可能性だってある。

 だが、簡単に諦めてはいけない。出雲たちは誰も諦めた目はしていなかった。きっと見つかるはずだと信じている。


(私も、彼が見つかるように尽力すべきですね)


 揚羽は顔に出さず、静かにタイピングを再開させた。

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