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「じゃあ、いくよ」
ストームの周囲には大量のアビスが蠢いていると言ってもいいくらいに溢れている。
祢音が手を向けると、巨大な火柱が上がった。
火柱はストームを巻き込み、天に届くくらいの高さになる。逃げ惑うアビスを飲み込んで火はさらに燃え広がっていく。
それは先日の、ウェーブ・サバイバー世界大会の決勝戦と同じ光景だった。
揚羽は太陽の熱を直接浴びているような眩しさと熱波を、全身で受け止めた。
「対あり」
祢音がぽつりと呟く。
揚羽が隣にいた祢音に視線を移すと、祢音は楽しそうに笑っていた。
ストームが消え去ると、そこにアビスは一匹も残っていなかった。流れる静寂と月明かりが静かに輝いていた。
「二人とも、本当にありがとー!」
尾鰭を動かしながら、揚羽たちに急いで近づくマリン。マリンの表情は感謝に溢れているのがよく分かった。
「緊急メンテ分の詫びコインよろしく」
「ポ、ポセイドンに言っとくねー……」
飛びつこうと両手を広げたマリンはその場で固まり、誤魔化すように口笛を吹いた。誤魔化しきれていないと揚羽は苦笑する。
「沖田先輩」
表情を改めた揚羽は祢音の前に立ち、深々と頭を下げる。
「先ほどはありがとうございました。頂いたアドバイスを参考に、ウェーブ・サバイバーを楽しもうと思います」
「…………たまになら、マルチに付き合うよ」
顔を上げると、祢音は顔を逸らして腕を組んでいた。
「祢音、デレたね」
「デレてない」
「素直になりなよぉ」
揚羽と目を合わせようとしない祢音をマリンが肘で小突く。
祢音なりに心を開いてくれた証だと、揚羽の口角は自然と上がっていた。
オーシャン専門管理局に戻り、揚羽たちは帰る準備を始めた。窓から見える景色はすっかり暗くなっていて、紺碧と呼ぶに相応しいものだった。
「そうだ。アビス退治に行く前の質問だけど」
飲み終えた空き缶を捨て、祢音は揚羽の方に振り返る。
「俺はマリンに誘われてオーシャン専門管理局に来た」
「マリンさんに、ですか?」
頷く祢音。
なんの偶然か、自分と同じ理由だ。思わぬ共通点が生まれ、祢音に親近感を抱いた。
「……俺からも質問いい?」
「はい。なんでも聞いてください」
「瀬戸さんさ、えっと……」
そこまで言って祢音は口ごもる。視線を左右に動かし、どう伝えるべきか迷っているような雰囲気だった。
「ずっと気になってたんだけど……なんで演技してるの?」
「え?」
「真面目キャラってやつ?」
揚羽は頭に疑問符が浮かんだ。なぜそんな質問をするのだろうと。
「いえ、真面目なのは元からです」
「……ならいいけど」
祢音はそれ以上会話を広げようとはしなかった。揚羽は不思議に思いながらパソコンを鞄にしまう。
「他に聞きたいことあれば答えるけど」
以前は嫌な顔をしていたのに、祢音が質問待ちの状態になるとは思わなかった。
(今ならあの疑問も答えてくれるのでは……)
揚羽は居直って祢音を見据える。
「先日、藤波先輩がオーシャンで人を探していると言っていました。先輩はそれについてなにかご存知ですか?」
揚羽の問いに祢音は目を見開いた。
確実になにかを知っている。祢音の反応から確信を得た揚羽は言葉を続ける。
「私が知りたいだけです。先輩がお答えしたくなければ全く問題ありません」
逡巡した様子の祢音は、落ち着かせるように深く息を吐いた。
「……潮、可夢偉さん」
「それが、藤波先輩が探している方のお名前ですか?」
リュックを背負いながら祢音は頷く。
「可夢偉さんは俺たちと一緒にオーシャン専門管理局で働いてた。俺たちのリーダー的なポジションで、なんでもできる完璧な人だった。……でも、あるときオーシャンで行方が分からなくなった」
目を伏せて、ぽつぽつと呟く祢音。
一方で、揚羽は祢音の話を訝しげに聞いていた。現実世界ならともかく、仮想空間内で行方不明など有り得るのか。
「例えばの話ですが、マリンさんの力でその方を探せないのですか?」
揚羽の疑問に祢音は首を振る。表情から察するに、試してみたが駄目だったのだろう。
「今話したの、出雲さんには内緒な。バレたら怒られるかもしれないから」
「もちろん言いません。口は堅いので」
揚羽の内心は喜びで溢れかえっていた。秘密を共有してくれるまでに信頼してくれたのだと。
揚羽はまた一歩、オーシャン専門管理局に歩み寄れた気がした。
帰り道。揚羽は祢音が言っていた人物名を調べてみた。どこかで聞いたが、どうしても思い出せなかった。
検索バーに『うしおかむい』と入力すると、検索候補に『潮可夢偉』と表示された。トップヒットに過去のネットニュース記事も表示され、名前を思い出したと同時に目を疑った。
『天才ハッカー・潮可夢偉さん死去。未明に遺体となって発見。原因は水死か』




