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「っらぁ!」
祢音が炎を纏った拳でアビスを殴りつけ、アビスは燃え尽きる。
アビスが祢音を取り囲むが、祢音は自身を中心にして巨大な火柱を起こした。
「×××、××××! ×××××××!」
揚羽の人生で聞いたことのない罵詈雑言を口にしながらアビスを倒す祢音。揚羽は顔を顰めながらも祢音についていく。
そのとき、揚羽の頬を風が撫でた。
(風……?)
ついさっきまで無風だったのに。
揚羽を通り過ぎた風は渦を巻き、周囲の空気を巻き込んで巨大な竜巻を形成していった。
(もしかして……)
稀に起こるステージギミック――ストーム。
突然のことに、揚羽も祢音も目の前の巨大なストームを呆然と見上げていた。
「なんでストームが起きてんだよ! ギミック止めるなら全部止めとけ!」
祢音は喚くように叫ぶ。アビスを倒す作戦の一つになると思って、ポセイドンが残したのではと揚羽は考えた。巻き込まれる心配を考えたのかは不明だが。
巻き込まれないように避けながら、揚羽は祢音に駆け寄る。
「先輩、ここは協力しましょう」
「は? 無理」
見るからに不機嫌そうな祢音に、揚羽は目線だけで罵られている気分になった。
だが、今は退いている場合ではない。非常事態に非常事態が重なっているのだから。
「マルチプレイだと思って、ぜひ一緒にお願いします」
「俺マルチ向いてないから。一人でやって」
「思いついた作戦があるのです。それには先輩の力が不可欠です」
風で乱れる髪を押さえながら揚羽は続ける。
「失敗したら先輩の言う通り、一人でアビスを倒します。ですが、一度だけ試していただくことはできないでしょうか」
風が吹き荒ぶ中、揚羽は祢音に向き直る。
「先輩の居場所を私にも守らせてください」
揚羽の真っ直ぐな瞳に、祢音の表情が一瞬だけ揺らいだ。
祢音は真横に迫っていたアビスを無言で消し飛ばし、揚羽をちらりと見る。
「……俺はどう動けばいいの?」
「アビスを一箇所に誘導します。そして集めたアビスを先輩のスキルで一気に倒してください」
「それだけ?」
頷く揚羽。
特に捻りのない、至ってシンプルな作戦。揚羽は自分のスキルでは大量のアビスを倒すのは不可能だと分かっていた。しかし、祢音のスキルなら。
「プラナリアという生き物がいますよね。あのアビスはプラナリアのように分裂して、新たな個として生まれている可能性を思いつきました。なので、先輩のスキルで纏めて倒してそれを確かめたいのです」
「……いいよ。やってみる」
「ありがとうございます」
揚羽は頭を下げ、そのまま視線をストームに移す。
「それと、ちょうどストームが起きていますし、巻き込んでみるのはどうでしょう」
「じゃあそうしようか」
作戦に賛同してくれたことに安堵した。土壇場で信頼関係が構築されていくのを感じた。
「せっかくなので、ウェーブ・サバイバーのプレイのコツも教えてください」
「え、なんでこのタイミングで……」
「ウェーブ・サバイバーのフィールドにいるので。またとない機会じゃないですか」
「……基礎の基礎だけなら」
「ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
辛うじて同意してくれたことを嬉しく思い、揚羽は再び頭を下げた。
「行くよ。ついてきて」
走り出す祢音を、揚羽は刀を具現化しながら追いかける。
「キャラは誰使ってるか知らないけど、どのキャラでも視野角を最大にして、視点は基本的にキャラが中心に来るようにする。逸れたら中心に戻すことを意識」
倒さないよう、祢音はアビスの目の前で炎を操る。アビスはストームの近くへと散っていく。
喜ぶには早い。まだ一片だ。
揚羽は近くにいたアビスに斬りかかり、同じようにアビスを誘導していく。
「初心者は回復キャラを選んだ方がいいと攻略サイトには書いてあったので、私はそうしています!」
「ならそれでいい。試合も慣れるまでは攻撃より回復を重視して」
祢音には、分かりやすい丁寧な解説をしてくれるくらいには余裕がある。自分もついていかなければと、揚羽は走る速度を上げた。
炎の壁を作り、押し出すようにアビスをストームへ向かわせる。
祢音の誘導はストームの軌道を完璧に読み取っていた。ほんの少し逸れたのも見逃さず、ズレを修正しながら誘導を続ける。
「スキルゲージは時間経過だけど、通常攻撃でも貯められるから積極的に攻撃する。落ちてるアイテムで補うのもあり。でも最初は回復アイテムを優先で拾って。とにかく生き残る方が大事」
アビスがストーム付近に集まるのに比例して、ストームの勢いも増していく。
揚羽は目の前に現れるアビスに集中しながらも、祢音の解説を頭の中に叩き込んだ。
どうやら祢音はマルチタスクが得意なようだ。手ではアビスを誘導し、口ではウェーブ・サバイバーの解説、頭では恐らく初心者の自分にも伝わるように言葉を選んでいる。
「スキルは勿体ぶるものじゃないから、貯まり次第使う。最初は今言ったのを意識して。相手を倒すのは、数をこなせば自然とできるようになるから」
「分かりました。丁寧な解説、ありがとうございます」
全てのアビスを誘導したところで、二人は立ち止まる。ストームは既に海を吹き飛ばすくらいの勢いになっていた。
(それにしても、先輩の動きって……)
ウェーブ・サバイバーのキャラクターと同じ動きをしているのでは。見様見真似でプレイングを真似していたから、どれも見覚えがあった。
沖田祢音は賢く器用な人間なのだと、揚羽はようやく気がついた。




