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(沖田先輩、いつ寝ているのでしょうか……)


 オーシャン専門管理局の仕事を終えた夜、部屋には揚羽と祢音の二人きりだった。

 揚羽が知る限りではここ数日、祢音は遅くまでモニターの前に居座っていた。そして揚羽が来る九時頃には既にモニターの前に座っている。もしかしてずっとオーシャン専門管理局にいるのではないかとまで考えてしまった。

 祢音の健康面を心配したが、揚羽も業務日記を纏めると称してオーシャン専門管理局に残っていたので、とやかく言える立場ではなかった。

 祢音と話をした日から、揚羽もウェーブ・サバイバーを始めた。しかし、今までゲームを遊んだことがなかったために、試合は散々なものだった。解説動画を参考に見様見真似でプレイをしてみたが、簡単にはいかなかった。


(ウェーブ・サバイバーのことはさておき……)


 祢音自身についてはおおよそ知れたが、どのようにしてオーシャン専門管理局に来たのかが不明だった。これは祢音だけでなく、出雲や梨羅についても言える話だ。

 信頼関係が完全に構築されたわけではないが、親睦を深めるという体でもう少し踏み込んでみてもいいかもしれない。

 揚羽はモニターに向かい合っている祢音に視線を移した。


「沖田先輩」


 声をかけるが、祢音から返事はない。画面を見るとウェーブ・サバイバーをプレイしていた。

 それなら仕方ない。この前反応してくれただけでも奇跡なのだから。揚羽は感情を乱すことなく、試合が終わるのを待った。


「なに?」


 数分後、祢音はヘッドフォンを肩にかけて振り返る。


「最近、私もウェーブ・サバイバーを始めました。ですがどうしても上手くできなくて……先輩のように上達する秘訣はありますか?」


 いきなり本題ではなく、まずは確実に広がる話題から入ろう。


「毎日やる」


 揚羽の問いに即答する祢音。あまりにも簡素な返事に揚羽は固まった。


「……なにかこう、具体的な方法はありませんか?」

「ない」


 祢音は机に置いていたエナジードリンクを飲み干す。

 思い返すと、祢音はエナジードリンクばかり飲んでいる気がする。梨羅のように面倒見がいいわけではないが、やはり健康状態を心配してしまう。


「まず毎日一試合だけやる。試合できるレベルじゃないなら、十分くらい練習場でキャラコンの練習をすればいい」

「それだけで上達できるのですか?」

「その程度もできない奴がほとんどだから。勉強と同じで、すぐに上手くなるわけじゃないし」


 揚羽は納得した。日々の積み重ねが何事も上達に繋がるのだと。


「センスとかは多少あっても、基本的な操作に慣れるのが一番近道だと思ってる」


 祢音は世界チャンピオンになっているのだから、言葉の重みが段違いだ。揚羽は祢音の話に聞き入っていた。


(ウェーブ・サバイバーの話はここまでにして……)


 揚羽はふぅと息を吐く。場は暖まり始めた。本題はこれからだ。


「少し話は変わりますが、一つお聞きしてもいいですか?」

「また質問? 俺が答えられる内容で良ければどうぞ」


 面倒くさそうな表情でゲーミングチェアにもたれかかる。


「先輩はどういった経緯でオーシャン専門管理局に来ることになったのですか――」

「みんなぁー!」


 揚羽の質問と重なるように、モニターからマリンが勢いよく飛び出してきた。

 危うくマリンと衝突しかけた祢音は不機嫌そうにマリンを見やる。マリンは祢音の感情など露知らず、祢音の肩をガッチリと掴んだ。


「アビスがウェーブ・サバイバーの中に来たの!」


 マリンの言葉に祢音は怪訝な顔をする。揚羽も信じられないという表情を浮かべた。


「アビスがゲームの中に来るはずないでしょ」

「来たの! 嘘じゃないもん!」


 祢音の肩を掴んで揺り動かすマリンと、されるがままに揺れる祢音。


「もしかして、今って揚羽と祢音しかいない!?」

「はい。一応業務時間は過ぎているので」


 どうしよう、と頭を抱えるマリン。こんなに焦っているマリンを見るのは初めてだ。


「今は緊急メンテナンスってことにしてるの! だから、二人でアビスを倒してくれない!?」


 マリンは祢音から離れ、縋るように揚羽の手を取る。

 どんな状況でもアビスを倒すのがオーシャン専門管理局の仕事だ。マリンの願いを断る理由がない。


「出雲さんたちを待つ余裕はなさそうだね」

「そうかもしれません。マリンさん、お願いします」


 マリンの手を取り、揚羽たちはオーシャンへと向かった。


 オーシャンは現実世界と同じように夜を迎えていて、空も砂浜も深い青色に変わっていた。もちろん街灯などはなく、月の光だけが頼りだった。幻想的な光景だが、見惚れている場合ではない。

 空中にはクラゲの姿をした大量のアビスがふわふわと浮いていた。アビスは揚羽の背丈ほどあり、水族館で見るような魅惑的で神秘的な姿とはかけ離れていた。


(なるほど……ここで試合が行われているのですね)


 周辺をぐるりと見回す揚羽。今いるのはラグーンを中心にした小島のエリア――確かコーラルラグーンというステージ名だったか。


(試合が開始すると、必要なデータがここに呼び出される形なのでしょうか)


 試合で見るキャラクターはおらず、アイテムも落ちていない。だが地形自体は存在している。ウェーブ・サバイバーの仕組みに揚羽は一人感心していた。


「へー、ここってこんな感じなんだ」


 祢音も揚羽と同様に、周囲の様子をまじまじと観察していた。ゲームの世界に入るなど、後にも先にもないだろうから。


「ジップラインは止まってる?」

「うん。アイテムも落ちない仕様にしたみたい」

「じゃあギミックに頼れないか、了解」


 祢音とマリンのやりとりを耳に入れながら、揚羽は漂うアビスを見上げる。揚羽たちには気がついていないようで、ゆらゆらと不規則に漂っていた。


「さっさと終わらせるよ」


 祢音は手に炎を纏わせ、近くにいたアビスを殴り倒す。それを合図に、アビスが一斉に揚羽たちに迫ってきた。

 刀を具現化して揚羽は触手を斬り落とす。ゼリーを切るようなぐにゃりとした感覚に、思わず目を細めた。

 一方で祢音は火球を飛ばし、襲い来るアビスを次々と倒していく。火の勢いは海の上でも衰えず、一帯のアビスを纏めて焼き尽くした。次に炎の壁を作ってアビスを牽制し、アビスの動きが乱れた隙に再び火球を飛ばしてアビスを倒す。

 祢音から放たれる火は明かりの代わりになっていて、おかげで揚羽はアビスを楽々と倒すことができた。


(沖田先輩がいればすぐに終わりそうですね)


 迫り来るアビスを斬り裂き、安心した揚羽は刀を構え直した。

 ――それから、三十分ほどが経った。


(どういうことでしょうか……アビスの数が一向に減らない……)


 いつもなら既に終わっているはず。倒すのが比較的簡単なアビスで、なにより祢音もいるというのに。

 イレギュラーな事態が起こっていると、怪訝な顔で空中を漂うアビスを見上げる。

 祢音も異変には気がついているようで、苛立ちが顔に表れていた。


「なんでこんなにいるんだよ……」


 ギリ、と祢音は奥歯を噛み締める。

 アビスは揚羽たちに迫り続けた。倒して、現れて、倒して。その手順を延々と繰り返すばかりだった。

 どうすればこの状況を打開できるか。揚羽は目の前のアビスを倒しながら必死に考えを巡らせた。


「俺の世界を奪おうとするな……」


 声を震わせながら呟いたのは祢音だった。


「お前らみたいな雑魚に奪われてたまるか!」

「先輩!」


 揚羽の制止も虚しく、祢音は大量のアビスへ突っ込んでいった。

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