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「沖田って空気読めないよな」


 始まりは中学のときだった。中高大一貫校のエスカレーター式で、なにもなければエリートを約束された道だった。

 でも、俺は違った。


「次の授業、確か小テストあったよな」


 休み時間が終わって次は移動授業。俺は入学時から仲がいいクラスメイトに声をかけた。


「……そういえば、昨日見たアニメがさ――」


 声をかけたはずのクラスメイトは、俺ではない別の奴と教室を出て行った。

 聞こえなかっただけかもしれない。元から通る声でないのは分かっている。運動部の奴らが盛り上がっていたから、そのせいで声が掻き消されたのだろう。

 特に気にすることなく、俺は一人で次の授業の準備をした。


 翌日。教室に入ると、教室中の視線が俺に集まった。なにかあったのかと焦ったが、視線を集めたのは一瞬だった。すぐに俺から視線は外れて、見慣れた教室の風景に戻っていった。

 疑問は晴れないまま俺は席に向かう。この前の席替えで窓際の一番後ろという完璧な場所を手に入れた。今月の運はこれで使い切ったかもしれない。


「おはよ」


 前の席には幸運にも、仲のいいクラスメイトが座っている。いつものように軽く挨拶をして、今日の授業の内容であれこれ盛り上がる――はずが。

 クラスメイトから挨拶は返ってこなかった。


「どうした?」


 俺が席についても、挨拶どころか目も合わない。


「なぁ、聞こえてんだろ――」

「おはよー」


 俺の言葉を遮り、そいつは前の席のクラスメイトと会話を始めた。昨日とは違って確実に声は届いている。

 そのとき、俺の中に一つの嫌な予感が生まれた。

 嫌な予感は、すぐに確信へと変わった。

 無視をされる。机に落書きをされる。体育でわざとボールをぶつけられる。あからさまに距離を置かれる。鞄や机にゴミを詰め込まれる。すれ違いざまに肩をぶつけられる。金をたかられる。物が失くなったと思ったらゴミ箱に入っている。クラスメイトの前でジャージを下げられる。提出するノートが自分だけ出ていなかったことにされる。廊下で足を引っかけられて転ばされる。給食に消しカスを乗せられる。

 殴る蹴るの暴力は制服の下、ぱっと見て分からないところに受けた。

 一体俺がなにをしたのか。教室の中どころか、学校の中には誰も味方がいなかったから、理由さえ聞けなかった。

 休み時間はいつもトイレの個室に篭っていた。そこしか逃げる場所がなかったから。

 期間にしてどれくらいか。もしかしたら一ヶ月も経っていないかもしれない。でも、俺には数ヶ月――それ以上に感じた。それほど長い苦しみが、じわじわと俺を侵食した。

 日に日に学校へ向かう足が重くなっていった。まるで鉛を足につけられているようだった。


(サボろうかな……)


 あるとき、普段なら絶対に思いつかない行動が頭に浮かんだ。あの苦しみから逃げ出したいという気持ちが勝ったのかもしれない。

 既に家を出たあとだったから、家にはいられない。

 当てもなく歩いていると、誰もいない公園が目についた。俺は引き寄せられるように公園へと向かい、ベンチに力なく座り込む。


(……学校、行きたくないな)


 学歴主義の両親に言っても反対されるに違いない。せっかくエスカレーター式の学校に入ったのに、怒られるどころでは済まないだろう。

 ぼんやりと見上げた空は雲一つない晴天で、その爽やかさが今の俺には鬱陶しく感じた。


(どこかに行ったら制服でバレるし……このまま公園にいるしかないか)


 今度のテストの予習でもしておこう。

 教科書を取り出そうとすると、奥の茂みでなにかが光った。――光で反射したと言った方が正しいかもしれない。


「……ゲーム?」


 茂みをかき分けるとゲーム機が落ちていた。確か製造は終了していて、今は中古品しか売られていない。

 見ると、ゲームソフトが挿さっている。外してみると有名なRPGのゲームソフトだった。シリーズとしては結構前のものだ。少なくとも俺の周りでプレイしている奴はいない。

 なにを思ったか、俺はそのゲームを持ち帰ることにした。多少の罪悪感はあったが、それなりに砂を被っていたので、捨てられてから時間が経っていると判断したからだ。なにより、そのゲームをプレイしてみたいという興味の方が強かった。

 ほどよい時間に家に帰り、親にバレないように部屋に持って行った。電池式だったので、家にあった電池を嵌めた。電源を入れると予想より大きい起動音が鳴って、慌てて音量を下げた。

 起動したことにも驚いたが、【つづきから】と表示されたセーブデータはそれなりにプレイした証があった。ここまで進めてなぜ捨てられていたのかは分からないが、これもなにかの縁だろうと思い、大事にしようと決めた。

 俺は【はじめから】を選択し、その日から新しい冒険を始めた。

 その日から、俺は親に隠れて毎日ゲームをプレイした。最初は木の棒しか持っていない主人公だったが、レベルが上がって強くなり、物語が進むにつれて仲間も増え、装備も整い、色んなスキルを覚えた。ラスボスを倒したときの感動は、テストで満点を取ったときの何倍も嬉しかった。

 ゲームをプレイするうちに、俺もゲームの主人公のように強くなった気がした。虐められているなんて主人公の数多くの困難に比べれば大したことない。

 そうして、俺も主人公のように困難に立ち向かおうと決意した。

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