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「祢音、帰らないのか?」


 日が傾き、オーシャン専門管理局の勤務時間が終了する時刻になった。

 各々帰宅する準備をしていたが、祢音だけはモニターの前から動かなかった。


「もう少しだけやってから」

「じゃあ、鍵任せたぞ」

「オッケー」


 揚羽は祢音をちらりと見やり、すぐに出て行こうとする出雲に視線を移す。


「あの、私も少し残ってよろしいでしょうか。業務日記を纏めたいと思いまして」

「別にいいけど。相変わらず真面目だな」


 帰りは気をつけろよ、と言いながら出雲は出ていく。

 出雲なりに心配してくれたらしい言葉を耳にして、揚羽は鞄を置いてパソコンを開いた。

 今日起こった出来事を纏めていき、部屋にはしばらくキーボードの打鍵音とコントローラーの操作音だけが響いていた。

 一息ついたところで、揚羽は変わらずモニターと向き合っている祢音に目を向ける。隙間から見えたモニターにはウェーブ・サバイバーのホーム画面が映っていた。

 パソコンをしまい、出雲がいつも座っているスツールに移動する揚羽。少しだけ祢音が座っているゲーミングチェアに寄せて。


「……なにしてんの?」


 祢音も休憩中だったらしく、揚羽の動きにすぐ気がついた。


「先輩がウェーブ・サバイバーをプレイする様子を見学させてください」

「無理。集中できないんだけど」

「いつも私たちを気にせずやっているじゃないですか」


 ニコリと微笑む揚羽。

 祢音は冷ややかな視線を送り、モニターに向き直る。小さく舌打ちが聞こえた気がしたが、揚羽は聞こえないふりをした。

 ヘッドフォンを装着し、ウェーブ・サバイバーの試合が始まった。

 祢音のプレイ捌きは流石世界チャンピオンといったところか。画面が忙しなく動き、揚羽の目では追うのがやっとだった。巧みにキャラクターを操作して相手プレイヤーを倒していく。

 アイテムを使用して回復し、休む暇なく再び相手プレイヤーに立ち向かう。祢音以外にはチームを組んだプレイヤーたちもいたはずなのに、気づけば祢音によってあっという間に倒されていた。

 これだけの域に達するまでどのくらいの時間を注ぎ込んだのか。祢音の目元に深く刻まれた隈がそれを物語っているのかもしれない。


「沖田先輩は本当にゲームがお好きなのですね」

「……まぁ、ゲームやるのが向いてるとは思う」


 祢音が返事をした。ゲーム中はなにも答えてくれないと梨羅が言っていたのに。

 驚く揚羽だったが、このチャンスを逃すまいと前のめりになる。


「よろしければ、私にもゲームを教えてください。先日の大会を見て興味が沸いてきました」

「初心者のキャリーとか絶対嫌だ」


 食い気味に即答され、揚羽は聞き慣れない単語に首を捻る。


「キャリーとはなんですか?」

「……とにかく無理。一人でやって」


 どうやら、好きなものを共有すると言う思考は祢音にはないらしい。

 その言葉を最後に会話は途切れた。誘いを断られた時点で、なんと続けるべきか揚羽には分からなかったために。

 無言で見守った試合は祢音の圧勝だった。ホーム画面に戻ると、祢音は息を吐いてヘッドフォンを肩にかける。


「先輩は、なぜそんなにゲームがお好きなのですか?」


 視線だけを揚羽に向けた祢音は、机に置いていたエナジードリンクを一気に呷る。


「……俺の居場所だから」

「居場所、ですか」

「学生時代虐められてて、親とも仲良くなかったから。居場所はゲームの世界だけだった」


 これで満足かと言いたげな視線をぶつける祢音。

 地雷を踏んでしまったかもしれない。揚羽は急いで話題を切り替えようと、頭の中で質問を捻り出す。


「先輩はどのようなゲームがお好きなのですか? やはりウェーブ・サバイバーですか?」

「なんでもやるけど、強いて挙げるならRPG」

「ゲーム自体はいつ頃から始めたのですか?」

「中学。そのときは親に隠れてやってた」

「隠れてですか……やはり親御さんはゲームをやることに反対されていたのですか?」

「さぁね。バレてないから分かんないけど、多分いい顔はしなかっただろうね」


 祢音はおもむろに立ち上がり、空になった缶をゴミ箱に捨てに行く。


(朝のやり取りが嘘のようですね……)


 揚羽は祢音を目で追いながら一人感心していた。

 質問責めをしている状態だが、今の祢音からは会話をしようという意思が感じられる。ゲームをしていなければ意外と会話は成り立つようだ。


「なんでそんな色々聞いてくるの?」

「先輩がどんな方かを知るためです」

「……まぁ、これくらいなら答えるけど」


 モニターの電源を落とし、リュックを背負う祢音。


「そろそろ鍵閉めるから出て」


 追い立てられるようにして、揚羽は荷物を纏めて外に出る。

 空は深い青に染まっていて、ところどころで星がちらついていた。


「それじゃあ、お疲れ」

「お疲れ様です」


 祢音と別れ、しばらく歩いたところで揚羽は立ち止まる。忘れないうちに祢音についての情報を纏め始めた。

 沖田祢音。虐めによりゲームの世界にのめり込む。ゲームは幅広くプレイし、オーシャン内でリリースされているゲーム――ウェーブ・サバイバーでは、田中というユーザーネームで世界チャンピオンにもなっている。


(せっかくですから、ウェーブ・サバイバーを始めてみましょう)


 もしかしたら祢音との距離が縮まるかもしれない。

 ひらめいた自分を褒めながら、揚羽は帰路に着いた。

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