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「みんな、アビスが来たよ!」
正午になる頃。モニターからマリンが飛び出してきた。
毎度モニターから飛び出してくる理由はなんなのかと揚羽が先日マリンに尋ねたところ、「その方が面白いから!」と無邪気に答えられた。非常にマリンらしいと、揚羽は裏表のないマリンの人となりをなんとなく理解し始めた。
「それじゃあ俺と瀬戸で――」
「ねぇねぇ。私、瀬戸さんのスキル見てみたいな」
出雲が立ち上がったところで、梨羅がうきうきとした調子で言う。
「どんなスキルかは聞いたけど、実際に見てないから気になるな」
「俺も一回くらいは見ておきたい」
ゲーミングチェアにもたれながら祢音が梨羅に続く。
「じゃあみんなで行こーう!」
まるで遠足に出かけるかのような、気軽な提案。気負わないのはいいことだが、あんな怪物と対峙するのだからもう少し緊張感を持った方がいいのでは。揚羽は呑気な出雲たちを思わず心配してしまった。
マリンは嬉しそうに全員の手を重ね合わせる。
「【さぁ、君もオーシャンに飛び込もう!】」
オーシャンに着くと、ウツボの姿をしたアビスが何匹も空中をうねうねと泳いでいた。
揚羽の知っているウツボより遥かに巨大で、おおよそ十メートルほどの長さをしている。あれがウツボではなく蛇なら、さながら神話に出てくるヤマタノオロチのようだと思った。
アビスの存在感に揚羽は息を呑む。怯んだ気持ちを振り払うように刀を具現化させる。
重さや形状もだいぶ現実の刀に近くなった。これならアビスを多少なりとも倒しやすくなったはずだ。
「ウツボ……は食ったことないな。ウツボって美味いのか?」
「……先輩は食に関する感想しか言えないのですか?」
アビスを見上げる出雲に揚羽は冷たい視線を送る。以前のアビス退治から薄々感じていたが、出雲は食い意地が張っているらしい。
「みんな、下がってて」
梨羅が揚羽たちの前に立ち、アビスに向けて手を翳す。するとアビスはふらふらと行き先を失ったように泳ぎ始め、次第に体が絡まっていく。最終的に、アビスは知恵の輪のように入り組んだ塊と化した。
なにが起こっているのかと、揚羽は刀を手にしたまま呆然とアビスを見上げていた。
「梨羅は幻覚を見せるスキル。撹乱させたり相打ちさせたりもできるんだよ」
揚羽の横でマリンが得意げに解説をする。普段の梨羅からは想像できない恐ろしいスキルに揚羽は冷や汗をかく。自分がアビスだとしたら、そんな力を持つ人間とはできるだけ戦いたくない。
「出雲さん、サポートよろしく」
「了解」
出雲と淡々とやり取りをした祢音が揚羽たちの横を駆け抜ける。
出雲が操った糸を踏み台にして、トランポリンの要領で跳ねていく。普段ゲーミングチェアに根を張っているとは思えない軽やかな動きに揚羽は驚嘆した。
アビスと同じ高さまで届くと、拳に炎を纏って一匹の顔面を殴りつけた。アビスはバランスを崩し、塊のまま海へと落下していく。
「祢音は火を操るスキル。かっこいいでしょ」
落下地点に糸が張られ、祢音は静かに砂浜へ着地する。
深夜にもアビス退治に行っていると言っていたのを揚羽は思い出した。手慣れた様子から、アビスを倒す回数は祢音が一番多いのかもしれない。
揚羽が分析する間に、絡まりが解けたらしいアビスが海から飛び出してきた。祢音は炎の壁を作ってアビスの突進を防ぐ。壁を越え、燃え盛りながら飛び込んできたアビスは、出雲の操る糸によってバラバラに切り裂かれていった。
連携のとれた戦い方から、出雲たちのポジションがなんとなく読めてきた。前衛は祢音、中衛は出雲、後衛は梨羅。それぞれのスキルを活かした編成になっている。
(私が入るなら、恐らく前衛になるのでしょう)
機敏な動きの祢音についていける自信はないが、きっと数をこなせば大丈夫だ。
思考する揚羽の元に、ほどけた一匹のアビスが向かってきた。恐らく梨羅のスキルで混乱したままなのだろう。軌道がめちゃめちゃだ。揚羽は刀を構え、観察してタイミングを見計らう。
今だ。
刀を振るい、アビスを横一閃に斬り裂く。勢いをなくしたアビスを次は上から斬り伏せる。頭部を失ったアビスは身を捩って悶えた。揚羽は追撃として逆手に持ち替え、アビスに深々と突き刺した。
刀のセオリーからは外れているかもしれないが、アビスを確実に倒すためだと自分に言い聞かせる。
「瀬戸さん、凄いね!」
近くにいた梨羅から感嘆の声が上がった。
「そんな、一匹倒したくらいですよ」
「それでも十分凄いよ。スキルをもう使いこなしてるね」
梨羅の横でマリンがうんうんと頷いていた。まさかこの程度のことで褒められるとは思わず、少し気恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。
その後も順調にアビスを倒していき、アビスは一匹残らず消滅した。
「みんなお疲れー! 流石!」
満面の笑みを浮かべて、マリンは揚羽たちの元にやってきた。
(……そういえば、マリンさんはどのような基準でスキルを与えているのでしょうか)
マリンが出雲たちと話す様子を、揚羽は少し遠くから見守っていた。
自分を含め、それぞれ全く異なる力だ。マリンの気まぐれか、はたまた理由があるのか。
(もっとスキルを使いこなせるようになってから尋ねても遅くはないですよね)
頭の片隅にしまい、揚羽たちはオーシャン専門管理局に帰還した。




